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第十一章 繚乱三姫

241.再会

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 ペノリクウス軍を撤退させたガラ率いるヴール軍。

 その2000人の兵士たちは皆、ベスニクの乗る馬車を取り囲んで跪いた。

 扉を開け放ち、身体を起こしたベスニクが、近衛兵リアンドラに支えられながら臣下の拝跪に応える。

 兵はみな、主君の痩せ衰えた姿に驚き、リーヤボルクとルカスの仕打ちに眉をしかめ、しかし無事を喜び、声を忍んで嗚咽を漏らす者もいた。

 公子セリムは抑えられない涙を両眼から流しながらも笑顔で拝謁する。


「お祖父さま……、お帰りなさいませ」

「うむ……、苦労をかけた」


 ペノリクウス軍に追われ、馬車の猛スピードに揺られたベスニクは顔色を青白くしつつ、孫セリムにいたわりの笑顔をむけた。

 公子セリムを筆頭に、2000人の兵士が忍び泣く感動の再会を目にして、アイカもぽろぽろと涙をこぼす。

 グッと腕で涙をぬぐったセリムが、手招きしてガラを呼んだ。


「お祖父さま! こちらはロマナ姉様の侍女となったガラです!!」

「おお……、そなたがガラか」


 かぼそい笑顔を向けるベスニクのまえに進み出るガラ。

 礼容にかなう美しい所作で膝をつく。


「初めてお目にかかります。公女ロマナ様より格別のご配慮を賜り、侍女という身に余る栄誉をお与えいただきましたガラと申します。またヴールが誇る猛将ダビド様には養女むすめに迎えていただき、非才の身ながらヴールに尽くすべく、日々研鑽に励んでおります」


 その堂々たる振る舞いに、アイカは目を見張り、そして涙に濡れた顔をほころばせる。

 ガラは巡ってきた得難いチャンスを見事につかんだのだ!

 そして、主君ロマナから篤く信頼され、ふかい愛情をもって重用されていることは、身に着けた優雅な振る舞いからもビシビシと伝わってくる。


 ――良かった! ほんとうに良かったね! ガラちゃん!!


 と、さらに涙があふれた。

 なぜか自慢げな表情を浮かべたセリムが、ベスニクとガラを交互に見る。


「ガラが、お祖父さまの危急をヴールに報せてくれたのです! この華奢な身体で、王都ヴィアナから単騎7日で駆けてくれたのです!」

「うむ……、うむ……」


 ベスニクは目をほそめ、なんども頷いた。

 高貴な身分ではあるが、囚われた自分のためにたくさんの者たちが汗を流してくれていたことに感極まるものがある。

 その祖父の表情をみたセリムの目がふたたび涙で濡れる。


「……身を挺したガラの報せがなければ、ヴールはなんの対処もとれず、今頃どうなっていたか分かりません。……ガラは、……ガラは、……ほんとうにヴールの大恩人なのです」

「左様であるか……。世話になった。私からも礼を言う」

「もったいなきお言葉……」


 と、ガラは、涙がとまらないアイカに目を向けた。


「わたしはアイカ殿下に救われた身……。アイカ殿下のお取りなしで、リティア殿下によって王都の地下水路に住まう孤児の身からすくい上げていただきました」


 そして、ベスニクの瞳を真っ直ぐに見詰めた。



「リティア殿下の秘めたるご親友ロマナ様の危機にあって、受けた大きなご恩をお返しする機会を得たのは私の方にございます」

「そうか、そうか……、そうであったか」

「また、そちらに控えるピュリサス殿が騎馬を貸してくださらなければ、到底ヴールに至ることはできませんでした」


 みなの前でガラから突然に名前をあげられたピュリサスは、照れくさそうに頭をかいた。

 隣ではアイラが誇らしげに、ピュリサスの顔を見上げる。

 ガラは王都にいた頃からふたりのことを知っている。

 特にアイラは親友の侍女クレイアと共に、いつも自分たち姉弟のことを気にかけてくれた。

 アイカと出会った食堂に誘ってくれたのも元孤児のクレイアであり、そこにはアイラもいた。

 貧しく困窮していたが、あたたかく笑顔に満ちた思い出だ。


「いま私がこうしてベスニク様にお目通りかなう身となりましたのは、わたしひとりの力によるものではございません。すべては、寄る辺なき私と弟を皆さまが温かく見守ってくださり、そしてアイカ殿下が私を見つけてくださったことが今につながっているのでございます」


 しみじみと語るガラの言葉にベスニクは、あらためて感銘を受ける。

 孫娘ロマナからはじまる人と人のつながりが、かぼそい糸のように結び合い、網の目のように伸びて、サグアの砦の石室に囚われた自分にまで届いたのだ。

 ベスニクはアイカに目を向け、静かに頭をさげた。


「……アイカ殿下に、ヴールは幾重にも恩を受けました」

「い、いえ……、そんなぁ……」


 あわてて涙をぬぐい、それを言うならばリティアが自分を見つけてくれたからだ――と、手を小刻みに振るアイカ。

 その小動物のような仕草に「そうそう! アイカちゃんはこうだった!」と、ほほの緩んだガラがあらためてベスニクに顔を向けたとき、

 ベスニクの背後から、ひょこっとレオンが顔を出した。
 

「すごいや、ねえちゃん!! 王様とも友だちなんだね!!」

「レオ……」


 一瞬でガラの視野に流れ込む膨大な情報量、


 ――レオン……無事で……ベスニク様のうしろ? ……やっと会え……え? 馬車に陪乗? ……元気そう……嬉しい! ……ベスニク様にそんな馴れ馴れしく……わたしは『友だち』では、ない……ベスニク様も笑顔?……え? わたし「お目通りかなう身」とか言ったけど、レオンは? ……王様? ……え? え? え?


 結果、フリーズした。

 ガラは口をちいさく開いたまま、


「だから私は王ではないと言っているではないか」

「ええ~? でも、ベスニク様カッコイイよ?」

「はははっ。そうか。カッコよい者は王であるか?」


 と、笑い合うレオンとベスニクを、ポカンとして眺める。

 ススッと、となりに来たアイカが腰を降ろし、ガラの脇腹をつつく。


「レオン君も頑張ったんだよ?」

「……え?」

「レオン君!」

「なに? アイカちゃん?」

「おねえちゃんのところに、おいでよ!!」

「……うん」


 と、不意にほほを赤くして、うつむいてしまうレオン。

 たしかにずっと仲良く一緒に過ごしてきた姉なのだが、青銀の壮麗な鎧を身にまとい、化粧も覚えたガラは別人のように美しい。

 いざ、そばに行こうとしたら、急に気恥ずかしくなってしまったのだ。

 ベスニクは、自分も幼心に覚えのある男児の心の働きを察し、微笑みながらやさしくレオンの頭を撫でた。


「さあ、遠慮することはない。ながく離ればなれに過ごしたのであろう? 恋しい姉に甘えてまいれ」

「う、うん……」

「ガラも私に憚ることはない。レオンを抱き上げてやれ」

「はっ……」

「さあ、レオン……」


 と、ベスニクに促され、

 トットットッと、ぎこちなく馬車を降りてガラに近寄るレオン。

 ガラは膝をついたまま、その顔をジッと見詰めた。


「レオン……」

「ねえちゃん……、お帰り」

「もう……、お帰りは変でしょ?」


 と笑ったガラは膝をたて、レオンの身体をギュッと抱きしめた。

 たちまち、ふたりの瞳に涙があふれる。


「ねえちゃん!  ねえちゃん!! ねえちゃ――ん!!」

「レオン……」

「会いたかったよお!!」

「ごめんね……ひとりにして……、ごめんね……、ごめん」


 うわーんっ! と声をあげて号泣するレオンを抱きしめるガラ。

 堪えきれない嗚咽が「うっ……、うっ……」と漏れる。

 かたく抱き合うふたりの姿に、主君ベスニクとの再会を重ねるヴール兵たち。

 すすり泣きの声が広がってゆく。

 アイカも鼻をすすってガラとレオンを見つめ、

 セリムも想い合う姉弟に涙し、

 ベスニクもほほを濡らす。

 しかし、心身の打撃になることを憂慮した周囲の気遣いによって、ベスニクはいまだ太子レオノラの死さえ知らされてはいない。

 西南伯家を襲った数多の悲劇をベスニクは知らぬまま、ロマナの待つヴールに向けて進発した――。
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