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第十一章 繚乱三姫

240.勝利の先にある景色

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 ペノリクウス軍の将兵は虚をつかれたようにピクリとも動かない。

 単騎その前に立つガラの、澄んだ声だけが響く。


「わがヴールが迎える客人の見送り、誠にご苦労にございました。これより先は、われらにてお送り申し上げます。どうぞペノリクウス候にも、よろしくお伝え願います」


 なめらかで友好的に語りかけるガラの背後では、ヴール軍の全員が抜剣し臨戦態勢にある。

 ペノリクウス領内に無断で侵入しているのはヴール側だ。

 戦闘になれば大義はペノリクウス側にある。

 しかし、ややあってからペノリクウス軍は兵を退きはじめた。


 ――ペノリクウス軍はヴールに伍す強兵。


 と評したのはカリュであるが、ヴール兵2000とペノリクウス兵3000では、互角か、ややヴールの方に軍配があがる。よくて双方全滅。

 しかも、追っていた300の兵もヴールに加わり、これも手ごわい。


 ――主君の許しもなしに戦端を切るには、想定される損害が大きすぎる。


 そう考えたペノリクウスの将は、ガラに返答もせずに立ち去った。

 自領侵入に対し勝手に許しを与えることもできず、かといって許さないとなれば即戦闘でなければ筋が通らない。

 一軍を率いる将程度の身分では、こたえる言葉がなかったのだ。

 ペノリクウス軍が完全に姿を消したのを確認し、

 ふう~っ!! と、ガラは大きく息をぬいた。


   *


 ガラがアイカたちを救ったおなじ頃、

 ラヴナラに向けて出兵直前のリティアのまえでミトクリア候が平伏していた。

 かつてリティアの命をねらい、逆に惨敗を喫して制圧されたミトクリア候。

 その際に心酔したリティアのメテピュリア建設を聞き付け、手勢を率いて馳せ参じたのだ。

 ミトクリアは王都の北東に位置し、メテピュリアに近い。


「久しいな! ミトクリア候よ!」


 と、駆け寄ったリティアは満面の笑みでミトクリア侯の手を取る。

 顔をあげたミトクリア侯の表情からは、敬慕の念さえ窺えた。


「リティア殿下に過日のご恩をお返ししようと、わずかながら配下の兵を引き連れ参上いたしました。どうぞ、いかようにもお使いくださいませ」

「ちょうど良かった!」

「え……?」

「西南伯公女ロマナ殿から密書が届いたところだったのだ! ……ミトクリア候。ご令嬢は敗れたサヴィアス兄を、なんとひとりで匿い、無事にヴールに送り届けたそうだぞ!?」

「なんと……」

「良かったな。ご令嬢のソーニャ殿はヴールでご無事だ」

「……サヴィアス殿下がアルナヴィスに敗れたと聞き、娘のことはすでに諦めておりました」

「人質とかわらぬ身の上でありながら見事、主君を守り抜いたのだ。ミトクリアの英名があがったな! 立派なご令嬢だ! 帰ってこられたら、たっぷり褒めてやるのが良かろう!」

「はっ。ありがたき幸せ……」


 ロマナがミトクリア候に直接ではなく、あえてリティアに報せたのは、情報を武器にさせるためである。

 この辺りは阿吽の呼吸であった。

 リティアは、ミトクリア候の肩に手をおき、いたわるように微笑んだ。


「しかも、逃避行中にはサヴィアス兄を、し――っかりと躾けてくれたそうだ。ロマナ殿はじめ、ヴール滞在中のわが姉、第1王女ソフィアもいたく感心しているそうだぞ?」

「はは……、気のつよい娘で……」

「おお、そうだ! もうひとつ、ちょうど良かった!」

「はっ。なんなりと」

「わたしは、いまから第六騎士団全軍を率いてサーバヌ騎士団を討ちにゆく。ミトクリア候がお手すきならメテピュリアの警護をお願いできぬか?」

「な……、なんと……。そのような大事なお役目を、われらに……? い、いや。王都のリーヤボルク兵が動いたらなんとされます? われらだけの守備では、さすがに……」

「リーヤボルクは動かぬ。いや、動けぬのよ」

「それは……」


 リティアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ま、もっとも……。メテピュリアの留守を守るおかみさんたちは、元は砂漠の賊のおかみさんだ。ミトクリア候の手を煩わせずとも、リーヤボルク兵のごときは追い返してしまうかもしれんがな?」

「そうだよーっ! 姫様! わたしらに任せときなーっ!」


 と、大荷物をかかえて通りかかった恰幅のよい女性たちが明るい声をあげた。

 リティアも手を振って応える。

 まだ謁見の間がないメテピュリア。

 通りからも丸見えの広場でミトクリア候からの拝謁を受けていた。


「とはいえ、賊の襲撃などあれば、兵士でもない女性を矢面に立てるのは心苦しい。頼まれてくれると嬉しいのだがな」

「……わたしなどに篤き信頼を寄せていただき光栄のいたり。この身に替えてもリティア殿下の新都をお守りいたします!」

「そうそう。ラヴナラから戻れば、ミトクリア侯にはもうひとつ頼みたいことがある」

「かしこまりました。お帰りの際には、なんなりとお申し付けくださいませ!」

「うむ。頼りにしているぞ!」


 快活に笑ったリティアは、自分が使う公宮がわりの仮小屋をミトクリア候に任せ、そのまま出陣していった。

 留守居役の侍女ゼルフィアから宿舎に案内されるミトクリア候。

 その表情からは高揚が隠せず、恍惚としていると言ってもよい。

 またひとり《天衣無縫の懐》に包み込んだリティアは、進軍してくるサーバヌ騎士団を討つため全軍を率いて出兵してゆく。

 指揮を執るのは、3人の万騎兵長。

 筆頭万騎兵長ドーラは、かわらぬ寡黙な佇まいで屈強な兵士たちを従え、赤黒い髪を無造作に揺らす。

 かつて、祭礼騎士団にあって女の身ながら強すぎるが故に浮いていたところをリティアにスカウトされた。

 感情の起伏を見せないタチだが、息子とも再会でき意気軒昂である。

 アイラの母でリティアの従姉妹でもある万騎兵長ルクシアは馬上に片脚をあげ、楽しげに配下の兵たちとの雑談に興じている。

 無頼の大親分アレクの娘として育ったルクシアは末端の兵士たちとも同じ目線で語らい、周囲には笑いが絶えない。

 そしてアイカの推薦で登用した万騎兵長パイドル。こけたほおに細剣レイピアのような鋭い視線。

 独特の緊張感を身にまとい、元賊の兵士たちからも仰ぎ見られている。

 その個性豊かな軍勢を背に率い、天衣無縫の笑みで晴天を見上げる第3王女、――無頼姫リティア。

 最強剣士である三衛騎士を従え、軽快に馬をすすめる。

 新生第六騎士団の初陣である。

 しかし、夕暮れ色をしたリティアの瞳が映すのは、目先の勝利ではない。

 その先にある景色であった。


 ――悪いが、サーバヌ騎士団にはどうしても潰滅してもらわねばならぬ。


 唇をキュッと結び、赤茶色の髪を陽に輝かせながら南へと駆ける――。
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