上 下
235 / 307
第十章 虜囚燎原

221.良き商人がおったもの

しおりを挟む
「しかし……」と、アーロンとリアンドラの動揺を鎮めるように、サラリスがゆったりと口を開いた。


「もし、西南伯様も同じところに送られているのだとすると、リーヤボルク本国がその事実を秘す理由がありません。むしろ大々的に喧伝し、西南伯家を脅迫するはずです。……もともと、王都を占拠するリーヤボルク兵には謎が多い。本国と連携が取れているようには見えぬのです」

「たしかに、それはそうです」


 つばを飲み込みながら、アーロンが応えた。


「……いずれにせよ、バシリオス殿下の移送先が判明したら、とも力を合わせ、我らでお救い申し上げましょう」


 馬車は野営を繰り返すが、あとを追うアーロンたちは焚火を使えない。

 干し肉やビスケットなどで飢えをしのぎながら草むらに身を潜めて監視する。いつ出立するか分からないので、交代で寝ずの番をして見張る。


 そうして追い続けること、さらに数日。

 距離をおいて停止した馬車を囲んで、なにやら騒ぎが起きていた――。


「ご、ご命令に、そ、背くのかぁー!?」


 と、ヨハンの雷のような怒鳴り声が響く。

 異変に気付いたアローンが抜剣して様子を窺うと、護送のリーヤボルク兵たちが内輪もめしていた。


「うるせぇ! こんな何もないとこ旅するのは、もう、うんざりなんだよ!」

「女を待たせたままだ。ほっておいて浮気でもされたらどうしてくれるんだ!」

「で、でも、命令に背くの、よくない」

「さっさと王都ヴィアナに帰りたいんだよ!」

 と、制止するヨハンの巨体を押し退け、馬車の扉に手をかけるリーヤボルク兵。


 チッ。


 苦々しげに舌打ちしたアーロンが飛び出す。

 あとに、リアンドラ、アメルも続く。

 護送の兵たちは、バシリオスを移送するのが面倒になって、途中で斬り捨ててしまおうというのだ。

 質の悪い蛮兵たちのふる舞いに、苛立ちながら斬りかかる。


「敵だ! 敵襲! 敵襲!」


 騒ぎ出したリーヤボルク兵を次々に斬り捨てるが、さすがに数が多い。

 アメルの目に、馬車から引きずり出されたバシリオスとサラナの姿が映った。


「お祖父様!!」


 その叫びに、兵士たちが色めき立つ。


「お祖父様だと!? まさか、こいつもテノリアの王族か!?」

「じゃあ、捕えたら褒美がもらえるんじゃねぇか!?」

「おう! やってしまえ!! 多少ケガさせても、生きてりゃいい!!」


 兵士たちの興味がアメルに向いた瞬間、

 ポーンッと高く、一本の剣が投げられ、それをバシリオスがつかんだ。

 たちまち、嵐のような剣塵が舞い、周囲の兵たちが斬り伏せられる。


「よう、奇遇だな」


 と、アーロンの肩を叩いたのは、北の元締めシモンの若頭ピュリサスであった。

 ピュリサスの投げた剣は、バシリオスの足もとに死体の山を築きつつある。


 ――敵ではない。味方である。


 いまのアーロンには、それだけで良かった。ピュリサスが何故ここにいるのか、問うているいとまはない。

 サラナの声が鋭く飛ぶ。


「ヨハン! うしろ!」


 しかし、蛮兵の剣がヨハンの脇腹を貫く。

 巨体をよろめかせ、馬車に寄りかかるようにしてサラナの前をふさぐヨハン。

 その背に次々と剣が突き立てられる。


「ヨハン!!」

「……サラナ。……仲良く、してくれて……、嬉しかった……」

「馬鹿! そんなこと……」

「サラナ……、の中……、とても気持ち……よかった……」

「ほんとに、なに言ってんだお前!? こんなときに!!!」

「……いい、お嫁さんに……、なれ……る……」


 崩れ落ちるヨハンの巨体が、サラナに圧し掛かる。

 その重みを、サラナはよく知っていた。決して愉快な記憶ではない。しかし、自分を守って死んでゆくヨハンに涙があふれた。

 自分もこのまま消えてなくなる方がよいのではないかと――、涙が頬をつたった。


 バシリオスを囲む蛮兵は、まだ数十名にのぼる。

 その輪の外側からアーロンやリアンドラが斬りこんでいるが、まだ遠い。むしろ、アメルに集中し始めた攻撃をしのぐのに手をとられた。


 ――くっ。届かぬか?


 と、アーロンが奥歯を噛みしめたその時、


 狼の遠吠えが響いた――。


 次の瞬間、目のまえの蛮兵の首に、矢が突き立つ。

 矢筈には西南伯の紋。

 さらにアーロンたちとは反対側から、水色がかった銀髪をした騎士が斬り込んでくる。

 流麗な剣筋は舞っているかのごとくで、蛮兵の首がみるみる宙を飛ぶ。

 あらたな敵の出現に狼狽えた蛮兵。

 一瞬の逃げ腰を見逃すアーロンではない。


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお! そこを退けぇいぃぃ!!!」


 体当たりで敵を吹き飛ばすアーロン。

 転がるようにしてバシリオスの横にいたり、剣を構えた。


「バシリオス殿下! 西南伯公女ロマナ様が近衛兵アーロン! 義によりお救い申し上げる!」

「うむ、大儀である……」


 息を乱しながら応えるバシリオス。

 往時に比べれば痩せ衰えているが、剣をおおきく構えるその姿に、王者の威風は健在であった。

 身震いしたアーロンが、蛮兵の胴をなぎ払う。


「アメル親王もいらっしゃいます!」

「左様か」


 会話を交わしつつも、ふたりの剣は休むことなく蛮兵を斬り裂きつづける。


「さすがは猛将バシリオス殿下の武威! 剣を並べて闘うは、我が一生の誉れにございます!」

「どこぞの商人が、牛の肉をたらふく食わせてくれたからな!」

「はっは! それは良き商人がおったものですな!」


 やがて、


「殿下! ヴィアナ騎士団千騎兵長カリトンにございます!」

「大儀である」


 と、バシリオスの両脇をアーロンとカリトンが固めた。

 半数以下にまで減った蛮兵のひとりが、踵を返した。


「だ、だめだ! こんな奴ら、相手にしてられるか! 逃げろ、逃げろ――っ!」


 それを合図に、散り散りに逃げてゆくリーヤボルクの蛮兵たち。

 バシリオスはふり上げた剣を地面に突き立て、その場に座り込んだ。

 そこに、駆けてきたナーシャが飛びついた。


「バシリオス……、バシリオス……」

「母上。このようなところで、なにを……」

「そんなこと……、そんなこと……、一言では説明できぬわ――ん!!」


 最後は泣き声になったナーシャは、バシリオスを堅く抱きしめて放さない。

 やがて、アリダも父のまえに膝をついた。


「お父様……。よくぞ、ご無事で……」

「無事とは言えぬが……」


 ヨハンの巨体の下から引っ張り出されたサラナに、ロザリーが寄り添う。


「バシリオス殿下……。お久しゅうございます」

「ロザリーまで……。ひょっとして、私は死んだのか? 死んで夢でも見ておるのか?」

「いいえ、すべてまことのこと。……天空神ラトゥパヌのお導きにございましょう」


 そして、バシリオスを囲む輪に、アイカも加わった。


「おお……、そなたは《無頼姫の狼少女》ではないか」

「はいっ!」


 微笑んだアイカは、リティアから贈られた肩当てにかけた布を、そっと外す。


「……バシリオス殿下。《無頼姫の狼少女》は、リティア殿下から義姉妹しまいの契りを交わしていただきました」

「左様か……。時は流れゆくな」

「ご無事でなによりにございます。義姉あねリティアも、おおいに喜ぶに違いありません」


 スパラ平原の決戦に敗れ、囚われの身となっていた王太子バシリオス。

 混迷ふかめる大地の、表舞台に返り咲いた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...