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第十章 虜囚燎原
216.心地よい旅
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「いつも、お遣いばかりで申し訳ないんですけど……」
「今度はなんだ?」
と、ちいさくなるアイカに、アイラが笑って応えた。
「出てきたばかりなんですけど、ザノクリフに……」
「ほうほう。なんの用事だ?」
「槍を買い付けてきてほしいんです」
「おおっ、分かった! 槍だな」
「……《山々の民》の領域まで勝手に木を切りに行ったら、揉めごとになりそうですし、そもそも内戦が終わってザノクリフには武器が余ってると思うんです」
「なるほど。むしろ、余分な武器は吐き出させておいた方がいいかもしれないな」
「そうなんです! だから弓矢も出せるみたいなら買ってきてください。特に矢はいくらあっても困りそうにありません」
「分かった。……それで、今回の支払いはどうする?」
「いま長老さんたちの呼びかけで、皆さんがおカネを出し合ってくれてます。あと……」
「ん……?」
「護衛なんですけど、ジョルジュさんがカリュさんと行っちゃったんで、オレグくんの弟さんにお願いしました。馬術がお上手だそうです」
「たしかに大金を持ち歩くことになるし、ひとりでない方がいいな」
アイカは、そっとアイラの耳元に口を寄せた。
「オレグくんの弟なんで……、なかなか愛で甲斐がありますよ?」
目を見あわせたふたりは、ニヤリと笑って堅く握手を交わした。
*
アイラを東に送り出し、奴隷狩りへの反転攻勢にむけて必要な手を打ち終えたアイカは、自分もいそぎ南へと旅だった。
カリトン、ナーシャ、それにオレグが同行する。
いつ敵兵に出くわすか分からない旅でもあり、ナーシャには残るように言ったのだが、
「それはアイカちゃんだって一緒でしょ!? 行く行く! 私も連れて行ってよぉ~~~」
と、ふりふり腰を振られては、アイカも苦笑いしてうなずくしかなかった。
ちなみに、第1王女ソフィアの同じ仕草を目にして、
――母娘っ!
と、アイカが感銘を受けるのは、もう少し先の話しである。
足早な移動ではあるが、どこまでも続くおだやかな草原の旅は、戦つづきのアイカの心を癒しもした。すぐそばに悪辣な奴隷狩りの軍が迫っているとは思えない、心地よい旅であった。
部族を見つけてはオレグを介し《祖霊の託宣》を伝え、コノクリアに向かうようにと告げる。
ほかの部族がいそうな場所を聞いて、次はそこに向けて移動する。
ふとアイカは、果てしなく広がる草原に、見た目よりも起伏があることに気がついた。
なだらかな傾斜ではあるが、人の背丈ほどのアップダウンがある。
となりを駆けるカリトンに尋ねた。
「これ……、落とし穴とか掘れば有効ですかねぇ?」
「ふむ。たしかに使えそうですね」
「あ。ヴィアナ騎士団では、そんな戦い方はしませんよね」
「たしかにそうですが、率いる兵によって戦法を変えるのは当然のことですから」
クスリと笑ったカリトンの笑顔が爽やかで、アイカは思わず見惚れてしまった。
旧都テノリクアで再会したときの翳は、もう感じない。なにが、カリトンの心から暗雲を吹き飛ばしてくれたのかは分からない。
が、かつて北郊の森を駆けたときのような笑みに、アイカはちいさく安堵を覚えた。
――復活! 王都の美形さん! 完全復活です! その笑顔が見たかったのですぅ!!!
心の中が大騒ぎのアイカをよそに、しばらく思案していたカリトンが口をひらく。
「……いかに落とし穴に誘い込むかが肝になるでしょうね」
「誘い込む」
「兵に負けたふり、押されたふりをさせ、引いて、追い駆けさせる……、といった方法がひとつ」
「なるほど~」
「勢いにのらせて突っ込んできた敵兵の先頭が落とし穴にかかれば、軍勢全体の足が止まります。そこで、横腹に突撃してゆくか、弓矢を浴びせかけるか……」
鋭くひかるカリトンの両眼は、ふたりの前に広がる無人の草原に、刃をまじえる軍勢の姿を描き出している。
アイカは、
――いかに虚を突くか。
というヒメ様の言葉を思い出しながら、カリトンの視線をたどり、戦闘を思い描く。
調査に潜入した侍女のカリュは、きっと敵の正確な情報をもたらしてくれるだろう。
それまでは、想像のなかで演習してみるほかない。カリトンがその話し相手をずっと務めてくれ、アイカはうなずいたり首をかしげたりを繰り返す。
それをナーシャが微笑ましく眺め、オレグは耳をそばだてて一緒に学んでゆく。
*
アイカたちが順調に旅をつづけているころ――、
王都ヴィアナの一角で、ちいさな揉め事がおきていた。男たちが怒鳴り合う大声に、道ゆく者たちが眉をひそめる。
北離宮にヨハンを訪ねた後のアーロンとリアンドラも足を止めた。
旅装の男女が、なにやらタチの悪いリーヤボルク兵に絡まれている。罵り合う騒ぎ声に、周囲の者たちは関わりあいにならないようにと、そっと立ち去る。
リーヤボルク兵が王都に進駐してからは、よく見かける光景。
アーロンも同様に背をまるめて通り過ぎようとしたが、リアンドラが袖を引いた。
「おい……、あれは……」
「ん? なんだ?」
と、アーロンも旅装の男女を眺める。よく見れば、男性ひとりに女性がふたり。ひとりは泰然とした雰囲気で騒ぎを眺め、ひとりは男性の前に立って騒ぎを止めようとしている……。
あわてたアーロンとリアンドラが、わめき立てるリーヤボルク兵に駆け寄った。
「なんだあ!? 貴様らは!?」
「しがない商人でございますよ。こんなところで騒ぎを起こしては兵隊さん方の株が下がりましょう……」
と、似合わないえびす顔をつくったアーロンが、リーヤボルク兵の胸を押すふりをしながらカネを握らせる。
その間に、いきりたつ旅装の男性を、リアンドラが街路の端に引き離した。
「……アメル親王殿下でございますね?」
「ぬっ!? ……おまえは?」
「西南伯幕下、近衛兵のリアンドラと申す者にございます」
と、懐から西南伯の紋を見せる。
「あちらは、同じく近衛兵のアーロン。ここは目立ちます。ひとまず、我らにお任せくださいませ」
「……殿下。ここは、おふたりに甘えましょう」
サラリスの耳打ちに、不満げな表情をみせたアメルであったが、おとなしくリアンドラに導かれるままにその場を離れた。
そのあとを、侍女のサラリスと母アリダも追った――。
王弟カリストスの本陣から、アリダに連れ出されたアメル。
戦に敗れ、その上に曽祖父を置いて自分だけ逃げだした形となり、うちひしがれていたアメルに、母のアリダはなんの言葉もかけなかった。
「……母上、なぜ何も言ってくださらぬのです?」
「そなた自身が決めねばならぬ」
やっと搾り出したアメルの問いに、アリダは感情の読めない声で応えた。
「……決める?」
「この先、どう生きるのか。……母の言葉を待っているようでは、そなたは何者にもなれまい」
「お、恐れながら申し上げます」
サラリスが、膝をつきアメルに頭をたれた。
「なんだ……」
「アメル殿下が、これより採り得る選択肢を言上させていただきます」
「しかし、母上が……」
「決めるのは殿下ご自身。私が申し上げるのは、その選択肢にございます」
アメルが顔色をうかがうようにアリダをみると、静かにうなずいてみせた。
「……ならば、申せ」
「はっ。……ひとつには、お父君ロドス殿下に降伏なさること」
「それは、ない」
「ひとつには、王都に赴きルカス様に参朝なさること」
「もっと、ない」
「ひとつには、東にくだりプシャン砂漠を越えリティア殿下に助力なさること」
「……リティアか」
「はっ」
「俺の器量は……、リティアには遠く及ばなんだ」
息子の漏らした言葉に、アリダが眉をピクリと動かした――。
「今度はなんだ?」
と、ちいさくなるアイカに、アイラが笑って応えた。
「出てきたばかりなんですけど、ザノクリフに……」
「ほうほう。なんの用事だ?」
「槍を買い付けてきてほしいんです」
「おおっ、分かった! 槍だな」
「……《山々の民》の領域まで勝手に木を切りに行ったら、揉めごとになりそうですし、そもそも内戦が終わってザノクリフには武器が余ってると思うんです」
「なるほど。むしろ、余分な武器は吐き出させておいた方がいいかもしれないな」
「そうなんです! だから弓矢も出せるみたいなら買ってきてください。特に矢はいくらあっても困りそうにありません」
「分かった。……それで、今回の支払いはどうする?」
「いま長老さんたちの呼びかけで、皆さんがおカネを出し合ってくれてます。あと……」
「ん……?」
「護衛なんですけど、ジョルジュさんがカリュさんと行っちゃったんで、オレグくんの弟さんにお願いしました。馬術がお上手だそうです」
「たしかに大金を持ち歩くことになるし、ひとりでない方がいいな」
アイカは、そっとアイラの耳元に口を寄せた。
「オレグくんの弟なんで……、なかなか愛で甲斐がありますよ?」
目を見あわせたふたりは、ニヤリと笑って堅く握手を交わした。
*
アイラを東に送り出し、奴隷狩りへの反転攻勢にむけて必要な手を打ち終えたアイカは、自分もいそぎ南へと旅だった。
カリトン、ナーシャ、それにオレグが同行する。
いつ敵兵に出くわすか分からない旅でもあり、ナーシャには残るように言ったのだが、
「それはアイカちゃんだって一緒でしょ!? 行く行く! 私も連れて行ってよぉ~~~」
と、ふりふり腰を振られては、アイカも苦笑いしてうなずくしかなかった。
ちなみに、第1王女ソフィアの同じ仕草を目にして、
――母娘っ!
と、アイカが感銘を受けるのは、もう少し先の話しである。
足早な移動ではあるが、どこまでも続くおだやかな草原の旅は、戦つづきのアイカの心を癒しもした。すぐそばに悪辣な奴隷狩りの軍が迫っているとは思えない、心地よい旅であった。
部族を見つけてはオレグを介し《祖霊の託宣》を伝え、コノクリアに向かうようにと告げる。
ほかの部族がいそうな場所を聞いて、次はそこに向けて移動する。
ふとアイカは、果てしなく広がる草原に、見た目よりも起伏があることに気がついた。
なだらかな傾斜ではあるが、人の背丈ほどのアップダウンがある。
となりを駆けるカリトンに尋ねた。
「これ……、落とし穴とか掘れば有効ですかねぇ?」
「ふむ。たしかに使えそうですね」
「あ。ヴィアナ騎士団では、そんな戦い方はしませんよね」
「たしかにそうですが、率いる兵によって戦法を変えるのは当然のことですから」
クスリと笑ったカリトンの笑顔が爽やかで、アイカは思わず見惚れてしまった。
旧都テノリクアで再会したときの翳は、もう感じない。なにが、カリトンの心から暗雲を吹き飛ばしてくれたのかは分からない。
が、かつて北郊の森を駆けたときのような笑みに、アイカはちいさく安堵を覚えた。
――復活! 王都の美形さん! 完全復活です! その笑顔が見たかったのですぅ!!!
心の中が大騒ぎのアイカをよそに、しばらく思案していたカリトンが口をひらく。
「……いかに落とし穴に誘い込むかが肝になるでしょうね」
「誘い込む」
「兵に負けたふり、押されたふりをさせ、引いて、追い駆けさせる……、といった方法がひとつ」
「なるほど~」
「勢いにのらせて突っ込んできた敵兵の先頭が落とし穴にかかれば、軍勢全体の足が止まります。そこで、横腹に突撃してゆくか、弓矢を浴びせかけるか……」
鋭くひかるカリトンの両眼は、ふたりの前に広がる無人の草原に、刃をまじえる軍勢の姿を描き出している。
アイカは、
――いかに虚を突くか。
というヒメ様の言葉を思い出しながら、カリトンの視線をたどり、戦闘を思い描く。
調査に潜入した侍女のカリュは、きっと敵の正確な情報をもたらしてくれるだろう。
それまでは、想像のなかで演習してみるほかない。カリトンがその話し相手をずっと務めてくれ、アイカはうなずいたり首をかしげたりを繰り返す。
それをナーシャが微笑ましく眺め、オレグは耳をそばだてて一緒に学んでゆく。
*
アイカたちが順調に旅をつづけているころ――、
王都ヴィアナの一角で、ちいさな揉め事がおきていた。男たちが怒鳴り合う大声に、道ゆく者たちが眉をひそめる。
北離宮にヨハンを訪ねた後のアーロンとリアンドラも足を止めた。
旅装の男女が、なにやらタチの悪いリーヤボルク兵に絡まれている。罵り合う騒ぎ声に、周囲の者たちは関わりあいにならないようにと、そっと立ち去る。
リーヤボルク兵が王都に進駐してからは、よく見かける光景。
アーロンも同様に背をまるめて通り過ぎようとしたが、リアンドラが袖を引いた。
「おい……、あれは……」
「ん? なんだ?」
と、アーロンも旅装の男女を眺める。よく見れば、男性ひとりに女性がふたり。ひとりは泰然とした雰囲気で騒ぎを眺め、ひとりは男性の前に立って騒ぎを止めようとしている……。
あわてたアーロンとリアンドラが、わめき立てるリーヤボルク兵に駆け寄った。
「なんだあ!? 貴様らは!?」
「しがない商人でございますよ。こんなところで騒ぎを起こしては兵隊さん方の株が下がりましょう……」
と、似合わないえびす顔をつくったアーロンが、リーヤボルク兵の胸を押すふりをしながらカネを握らせる。
その間に、いきりたつ旅装の男性を、リアンドラが街路の端に引き離した。
「……アメル親王殿下でございますね?」
「ぬっ!? ……おまえは?」
「西南伯幕下、近衛兵のリアンドラと申す者にございます」
と、懐から西南伯の紋を見せる。
「あちらは、同じく近衛兵のアーロン。ここは目立ちます。ひとまず、我らにお任せくださいませ」
「……殿下。ここは、おふたりに甘えましょう」
サラリスの耳打ちに、不満げな表情をみせたアメルであったが、おとなしくリアンドラに導かれるままにその場を離れた。
そのあとを、侍女のサラリスと母アリダも追った――。
王弟カリストスの本陣から、アリダに連れ出されたアメル。
戦に敗れ、その上に曽祖父を置いて自分だけ逃げだした形となり、うちひしがれていたアメルに、母のアリダはなんの言葉もかけなかった。
「……母上、なぜ何も言ってくださらぬのです?」
「そなた自身が決めねばならぬ」
やっと搾り出したアメルの問いに、アリダは感情の読めない声で応えた。
「……決める?」
「この先、どう生きるのか。……母の言葉を待っているようでは、そなたは何者にもなれまい」
「お、恐れながら申し上げます」
サラリスが、膝をつきアメルに頭をたれた。
「なんだ……」
「アメル殿下が、これより採り得る選択肢を言上させていただきます」
「しかし、母上が……」
「決めるのは殿下ご自身。私が申し上げるのは、その選択肢にございます」
アメルが顔色をうかがうようにアリダをみると、静かにうなずいてみせた。
「……ならば、申せ」
「はっ。……ひとつには、お父君ロドス殿下に降伏なさること」
「それは、ない」
「ひとつには、王都に赴きルカス様に参朝なさること」
「もっと、ない」
「ひとつには、東にくだりプシャン砂漠を越えリティア殿下に助力なさること」
「……リティアか」
「はっ」
「俺の器量は……、リティアには遠く及ばなんだ」
息子の漏らした言葉に、アリダが眉をピクリと動かした――。
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