上 下
217 / 307
第九章 山湫哀華

204.若いふたりの恋の花園

しおりを挟む
 ザノクリフ王国に入って以来、アイカとアイラのは盛り上がりに欠いた。


 ――みなさん……、どうにも垢抜けない。


 いまのところ、クリストフが最も美形――、というのが、ふたりの見解であった。

 王太后カタリナに、アイラの守護聖霊が美麗神ディアーロナであると審神みわけられてから、はより鋭さを増している。つまり、評価が辛口になった。


 ――ちょっとやそっとの美形で《美しい》と称えては、ディアーロナに申し訳ない。


 と、妙な信仰心が芽生えている。

 その中にあってアイカは、顔を寄せるヴィツェ太守ミハイに対して、


 ――見込みはありますね。


 と、謎の上から目線で、何度もうなずいてみせた。

 そのミハイは、自分の眼光から目を逸らさないアイカを、すこし見直していた。

 天幕に入って来るやオドオドとしていた小柄な少女であるが、肝のすわったところもある。

 ふっ、と、鼻を鳴らしたミハイは、ほかの太守たちを見渡した。


「だって、そうだろう? この可愛らしいお嬢ちゃんが、本当にイエリナ姫かどうか証すものは、いまのところ王太子妃ミレーナ様の遺された小刀しかない」

「充分ではないと?」


 アイカを挟んで座る、老貌のヴィスタドル太守セルギウが問うた。

 ミハイはアイカから顔をはなし、皮肉めいた声音で応える。


「たまたま拾っただけかもしれねぇ」

「王家の古紋が刻まれておる。王家にあらざる者が所持しておれば、精霊の怒りをかうぞ?」

「実際にどんな怒りをかうのか、いまとなってはただの言い伝えだ」

「……古紋を手にする者など、おらんかったからのう」


 セルギウは眉間にしわを寄せ、長い顎ひげをなでた。

 職人めいた風情のプレシュコ太守ニコラエが、ミハイを見据えた。


「ミハイの言うことにも一理ある」

「だろう?」

「だが、ならば、どうせよと言うのだ?」

「精霊の《審判》を受けるべきだ。略式ではなく、正式な手順でな」

「それは、即座に、国王――女王に即位していただくのと同義だぞ?」


 と、ボディビルダーのような巨体を反らせたグラヴ太守フロリンが、話しに割ってはいった。

 ミハイは肩をすくめた。


「どうせ同じだろ? 俺たちが推戴した後で偽物にせものでしたっていうより、よっぽどいいじゃねぇか?」

「ふむ……」


 エドゥアルドが、みなを見渡した。

 ミハイの言うことに、皆、一定の納得をしている様子である。

 エドゥアルドが優しい口調でアイカに語りかけた。


「イエリナ姫のお考えはどうでしょう?」

「そ、それで、戦争は止まるんですよね?」


 精霊の《審判》というものが、どういうものなのか、アイカには分かっていない。

 しかし、悲惨な内戦を終わらせることができるのなら、なんでもするという気持ちであった。

 左隣に座るミハイが、今度は穏やかな口調で応えた。


「あんたが本物のイエリナ姫で、女王に即位するなら、戦争は止まる。……精霊にも認められた正統な王位が戻れば、皆、従う」

「分かりました! それで行きましょう!」


 力強く応えたアイカに、皆の見る目が変わった。

 小柄な少女の決意に応える――、侠気にみちた視線がアイカに注がれた。

 エドゥアルドが立ち上がると、みなもそれに続く。そして、アイカに向けて恭しく頭をさげた。


「内戦終結のため、命をも賭けてくださるというイエリナ姫のお覚悟。ふかく感銘を受けました」

「え゛っ……?」


 ――い、命を賭けて……!?


 ひるんだアイカであったが、厳粛な雰囲気に対して、口をはさむことができない。


「……ご即位いただくにあたって、いずれ避けては通れぬ道とはいえ、まずは身を挺してでも戦争を止めたいというお覚悟に、我らも全身全霊をもって応えさせていただきます」

「あ……、よ、よろしくお願いします……」


 アイカも、ぎこちなく頭をさげた。

 命もかかるという儀式が、どのようなものかは分からない。

 また軽率な判断をしてしまったと、すこし悔やんだが、


 ――や、やるしかないですよね……?


 と、あとには退けなかった。

 みなが、ふたたび着席している間に、アイカの耳元でカリュがそっとささやいた。


「……アイカ殿下のお命は、我らが必ずお守りいたします」

「あ……、はい……。すみません……」

「いえ。侍女のつとめにございます」


 精霊の《審判》の挙行について合議が始まったが、それを老貌のセルギウが制した。


「もうひとつある」

「もうひとつ? なんだ、ご老体?」


 ミハイが口の端をあげながら問うた。

 セルギウは場の長老として、厳かな口調で応えた。


「《審判》の後とはなるが……、王配のことじゃ」


 アイカは、むずかしい顔をしてうなずいた。

 そして、視線をすーっと滑らせて、カリュの瞳を見つめた。


 ――王配ってなんですか?


 というアイカの視線に、カリュが微笑みながら顔を寄せた。


「女王の配偶者……、つまり、アイカ殿下の旦那様のことです」

「だっ!!!」


 思わず出た大声に、アイカは慌てて口を手でおさえた。

 セルギウは、ふかい皺を、さらに深くして、悲痛な響きのする声で話しをつづけた。


「国王の妃を巡っては、これまで何度も争いの種となってきた。この場合は婿、王配であるが、先に定めておく方がよい」

「余計な火種はのこさず、精霊の《審判》を受けるべきか……」


 筋肉の塊のような太い腕を組んだグラヴ太守のフロリンがうなずいた。


 ――あわわっ。……私、まだ13、……年が改まって14歳ですよ?


 と、挙動不審になったアイカであったが、よく考えると、17歳で転生して8年、通算では25歳になる。リティアの義妹いもうとにしてもらったり、すっかり自分が幼いつもりでいたが、適齢期といえなくもない。

 ミハイが鼻を鳴らした。


「エドゥアルドの旦那は、そのためにクリストフを連れて来たんだろ?」


「えっ!?」と、応えたのはアイカである。

 ミハイが、エドゥアルドの顔を見据えた。


「主だった太守は、皆、政略結婚で正妻を迎えている。この乱世では当然のことだが、王配には相応しくない。……ところが、なぜか、どこからも嫁をとろうとしない太守が、ひとりいる」

「さて……?」

「エドゥアルドの旦那の遠謀深慮には頭がさがるぜ。……いずれ戻られるイエリナ姫の王配にと、クリストフの隣をあけておいた。そうだろう?」


 つんと、クリストフの汗の匂いが、アイカの鼻によみがえった。


 ――ク、クリストフさんと……、結婚!? 私が!?


 そしらぬ顔をしたエドゥアルドが、アイカを見た。


「……イエリナ姫のお気持ち次第である」


 そして、一堂の顔を見渡す。


「みな……、考えてもみよ。この内戦が、いかにして始まったのか」


 アイカも、かつて《精霊の泉》でクリストフが訥々と語り聞かせてくれた内戦勃発の経緯を思い返す。


 ――王弟ラドウは長年に渡って、王妃カミレアと密通してやがった……。


 おそらく王妃にとっては意に染まぬ結婚であったのだろう。

 男尊女卑の気風が濃いザノクリフ王国ではあったが、女性の恋心を軽んじ、モノのように扱ったツケが、数多の命を奪うことになったともいえる。

 アイカを囲む5人の主要太守たちは、ふかく考え込んだ。

 それはクリストフも同様であったが、その表情をみたアイカは、


 ――飽き飽きしてるんだよ。力づくでってヤツにな……。


 というクリストフの言葉を思い出していた。

 《精霊の泉》で再会して以降、自分を王配にという気配を感じさせたことは一度もない。

 口も態度も性には合わなかったが、つねにアイカの気持ちを大切に扱ってもらってきた。西候セルジュに幽閉されたときは、命懸けで救出もしてもらった。

 アイカは頬を赤く染め、うつむき気味の顔から上目遣いに、オズオズと口を開いた。


「ク……」


 みなの視線が、アイカに集まる。


「……クリストフさんの、……お気持ちは? 私と……、結婚して、……嫌じゃないですか?」


 場に緊張感が走ったが、実は主要太守5人の心は、ほのぼのとした好意的なもので満たされていた。

 女王の配偶者とは、このような甘酸っぱい恋のように語られるものではない。

 なんの気負いも感じられないアイカに、拍子抜けすると同時に、ひょっとすると名君になるのではないかという期待も抱かされた。

 それはクリストフも同じで、アイカの問いに――、はげしく赤面した。

 緊迫した政略の駆け引きの場が、急に若いふたりの恋の花園になったような生温かさに包まれる。

 もちろん、カリュとチーナは乙女の視線でアイカを見守る。

 アイカから視線を逸らしたクリストフが、つぶやくように応えた。


「嫌じゃ……ねぇ……よ……」


 ――俺たちは、なに見せられてんだ?


 と、あごに手を充てたミハイが、呆れたように言った。


「じゃあ、決まりでいいな? イエリナ姫も、クリストフも」


 その言葉に、アイカがクッと顔を上げた。


「じょ、条件があります!!!」

「なんだ?」

「く……、口が悪いのを……、なおしてほしいです…………」


 天幕の中が、爆笑に包まれた。

 カリュもチーナも堪えきれずに吹き出してしまい、その場にいる全員が、もっともだと、腹を抱えて笑った。

 バツの悪そうにしたクリストフに、ミハイが問うた。


「で? どうする?」

「……わ、わかっ……りました」


 熟れたりんごのように顔を真っ赤にしたアイカが、小さく頭をさげた。


「……よ、よろしくお願いします」


 みなが、生温かい表情で、祝福の意をあきらかにして、会見の場はお開きとなった。

 そして、アイカは命がかかるという《精霊の審判》に向かう――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

処理中です...