【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら

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第九章 山湫哀華

195.陛下でもやらなかった

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 なんども一緒に入浴したアイラである。

 が、


 ――服の中をのぞくっていうのは、また、べつの趣きが……。


 と、胸の高鳴りを感じるアイカの視線の先に、小さな包みがみえた。いわばブラのパッドのように、アイラの胸に貼り付いている。


 ――あ、上げ底っスか? そんなことしなくても、充分、立派なのに。


「非常食が入っている」

「えっ?」


 アイラの言葉に、余計なことを言わなくて良かったと、アイカは心の底から思った。


「3人ならば、3日はもつ。外の様子をうかがいながら、あとで食べよう」

「……そんな準備を」

「カリュ様にお指図いただいてたんだ」

「カリュさんが……」


 アイラが、アイカの耳に口を寄せた。


「カリュ様のには、もっと入ってる」

「へ、へぇ~」

「今度、ゆっくり語り合おう」


 と、アイラは、ナーシャをチラッとみた。

 アイカは、うなずきを何度も返しながら……、悔しい気持ちでいっぱいであった。

 自分の軽率さが招いた苦境に落ち込むアイカを、アイラは和ませようとしてくれている。口で伝えればいいものを、わざわざ近くに呼んでおっぱいを見せてくれた。そして、軽口を叩いてに誘ってくれている。

 クレイアやアイシェが、リティアにそうしているところなど、見た覚えがない。

 皆は自分のことを「殿下、殿下」と立ててくれる。しかし、その自分の至らなさに、泣きたい気持ちであった。

 アイラが、ポンポンっとアイカの肩を叩いた。


「奪おうとする者は、つねにいる。残念ながら、痛い目をみないと覚えないもんだ」

「……アイラさん」

「いい勉強になったな。アイカ殿下」


 ニマリと笑ったアイラに、アイカは情けない笑顔しか返せない。

 それを見ていたナーシャが、優しく沁みわたる声でアイカに話しかけた。


「たとえ命であろうと、奪おうとする者は、まだ可愛い」

「え……?」

「ほんとうに怖いのは、自分から奪おうとする者ではない。……自分を操ろうとする者よ」

「…………操る」

「王族は、つねに自分を操ろうとする《悪意》にさらされる」


 ナーシャは遠く王都にいるルカスのことを想っていた。あの単純な性情をした息子は、操りに操られているに違いなかった。いまごろ、自分が何者かさえ見失っていてもおかしくない。

 しかし、その悲しみを、目の前のアイカに漏らすことはなかった。

 優雅な微笑みをたたえたまま語りかける。


「アイカは自分の意を貫いた。だれにも操られなんだ。ならば、それで良い」

「……ナーシャさんは、セルジュさんが、私を閉じ込めようとしてるの、分かってたんですか?」

「まあの」

「それで、あんなに喰い下がって、一緒に閉じ込められてくれたんですか?」

「……カリュめの意図が読めておったからの」

「カリュさんの?」


 アイカには意外な応えであった。


「アイカが王族としての学びを得るというだけではない。この機会をとらえて、西候陣営を丸裸にするつもりであろう」

「……そんなこと……出来るんですか?」

「カリュはテノリア王宮において、もっとも権謀術数に長けたサフィナ宮殿で、侍女長を務めた者ぞ。……造作もなかろう」


 ――側妃サフィナ。


 その名前は、正妃であるナーシャ――アナスタシアには苦々しく響く。

 華々しく美しく、夫ファウロスの寵愛を一身に受けた美貌の側妃。その背後には、つねに侍女長カリュの姿があった。

 恐らくカリュは、バシリオスとルカスの追放にも関わっている。なんなら裏工作を主導したはずだ。サフィナの閨でのささやきと一体となって、息子2人を追い落とした張本人であった。

 しかし、いまは敵ではない。

 微笑むナーシャは、アイカとアイラを側に座らせた。


「若き主従よ。これからも、ツラいこと、苦しいこと。たくさんあろう。しかし、手をとりあって乗り越えておくれ。カリュも惜しみなく、その力を捧げてくれておる。学ぶべきは学び、考えるべきは考えよ。……若者は、いつもテノリアの希望なのだから」

「…………はい」


 アイカは深くうなずいた。


「配下の救けを信じて待つことも、主君の務めであるぞ」

「はいっ! 分かりました!」

「よい返事であるな」


 ナーシャは亡き夫ファウロスが憑依したような、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ファウロス陛下のつくられたテノリア王国は、若者ヤンチャが大好きだから。アイカちゃんにも、いい武勇伝ができたじゃない?」

「えっ……? へへっ……、そうでしょうか?」

「こんな怪しい塔に、無邪気に突っ込んでいくなんて、ファウロス陛下でもやらなかったわよ」

「あうっ……」

「ふふふ」


 ふと、アイラが立ち上がり、窓辺に立った。

 蝋燭と手鏡を持っている。

 アイカは監禁されてから、アイラのその姿をなんども目にしていた。が、凹みきっていたので、わけを聞いたことがなかった。


「……な、なにしてるんですか?」

「ん……。カリュ様と通信の時間だ……」


 蝋燭の灯りを鏡に反射させて信号を送っている。

 視線の先にある回廊から、チラチラと光が返ってくる。


「そんなことまで……」

「ふふっ。これは、私のだ」


 アイラが得意げに胸をはった。


「王都で《無頼の束ね》たるリティア殿下との非常時の連絡手段として私が考案したんだ。あの王宮内戦闘のときも、これで連絡を取り合っていた」

「え、うそ、すごい」

「むふん。カリュ様にも褒められた」


 ナーシャはおどけるように肩をすくめて、アイカを見詰めた。


「アイカちゃんは、臣下に恵まれてるわね」

「……はい」


 と、恐縮するアイカの頭を、ナーシャがなでた。


「臣下に感謝するのは良い。しかし、引け目に感じてはいけませんよ。あなたの価値は、あなたが決めるものではありません」

「自分の価値を……」

「そう。価値など所詮は、他人の値決め。自分が忠誠に値する者であるか、などと考えていては身が持ちません。感謝は忘れず、しかし、他者の目に、自分を見失ってはなりません」


 アイカが目を向けると、アイラも大きくうなずいている。

 忠誠、臣下、そういった概念に、アイカはまだピンときていない。

 しかし、


 ――出会う人には恵まれている。


 と、胸の奥にあたたかいものを感じた。


  *


 回廊を散歩していたカリュは、手鏡を仕舞った。

 あらたにとなったアイラに、自分では思いつかなかった通信方法を教えてもらった。まだまだ、自分にも『学び』があることに、カリュは満足していた。

 そして、夜の暗い廊下を、蝋燭の小さな灯りを頼りにひとりで歩く。


 ――食料をってきたか。


 あてがわれた部屋に戻ると、くつろぐジョルジュの側に腰をおろした。


「おや、ご指名ですかな?」


 と、ジョルジュは楽しげに顔を上げた。この孫のような年齢の侍女が、次々に繰り出すに、胸躍るものを感じ始めている。

 城の主はなにも気が付かないままに、すべてがカリュの掌の上に乗ろうとしていた。

 砂漠で賊をしているだけでは味わえなかった興奮だ。

 カリュは、にこりと笑った。


「そろそろ、ジョルジュ殿に《賊の本分》を発揮してもらわねばなりません」

「はっはっは! それはいい。なんでも命じてくだされ」


 ジョルジュが豪快に笑った――。
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