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第八章 旧都邂逅
186.声がそろった
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旧都の静かな街並みで出くわした、水色がかった銀髪にアイカは見覚えがあった。
すらりとした顔の輪郭は往時のままであったが、そこに浮かぶ表情には翳がさしている。美しさを引き立てているようにも見えたが、人を遠ざける陰気さを放ってもいた。
アイカを認めると、視線を下げ二頭の狼をチラッと見た。
そして、足早に立ち去ろうとする美形の千騎兵長を、アイカが走って呼び止めた。
「カリトンさん! カリトンさんですよね!?」
アイカに袖をつかまれたカリトンは、しばらく無言でいたが、観念したようにゆっくりと顔を向けた。
「……久しゅうございます」
「ご無事でしたか……」
「ええ……」
アイカが、カリトンと最後に会ったのはリティアとの王都脱出の晩のことだ。
バシリオスとルカスの、スパラ平原での決戦直前。踊り巫女に扮して脱出を図ったリティアを発見したカリトンの太ももを、アイカが射抜いた。
立ち去ろうとする気配の消えたカリトンの袖から、そっと手を放した。
「……脚は……大丈夫ですか?」
「脚……?」
カリトンはしばらく考えて、ようやく思い出したようであった。
バシリオスの決起以来、多くの戦場を駆けた。それは、カリトンからすれば失態続きの記憶でもある。その一つでしかないアイカから受けた矢傷のことは、すっかり失念していた。
自らの名声を落とす出来事のひとつでもあり、無意識で忘れようとしていたのかもしれない。と、自嘲気味に口の端をゆがめた。
「……よかったら、二人でお話ししてくれませんか?」
というアイカの言葉を、追い付いていたカリュが遮った。
「なりません。せめてアイラをお側に。……お立場をお考えください、アイカ殿下」
「……殿下?」
カリトンが眉を寄せ、訝しむ声をあげた。
「ヴィアナ騎士団千騎兵長カリトン様とお見受けいたします。私は、側妃サフィナ様の元の侍女長カリュ。現在は第3王女リティア殿下の侍女でございます」
「……存じております。リティア殿下にお仕えされたのは、王都を脱出される前のことでしたから」
「恐れ入ります。……アイカ様は、リティア殿下と義姉妹の契りを結ばれ御義妹君となられました。先ごろ王太后陛下よりも、ご自身の義孫とお呼びいただいた身。ゆえに、殿下とお呼びしております」
「…………」
カリュに促されたアイラが一歩前に出て、頭を下げた。
「北の元締シモンの娘、アイラにございます。アイカ殿下とタロウ、ジロウの、王都北郊の森での狩りの際にお目にかかったことがございます」
「……覚えております」
「今は、アイカ殿下に侍女としてお仕えしております」
カリトンは胸につかえるものを耐えるように、ぎこちなく息を吸い目を閉じた。
「…………時は……流れてゆくのですね」
「はい……」と、アイカが応えた。
「私の《時》は……いつからか、止まったままです……」
苦しそうな顔つきをしたカリトンを、アイカはそのままに別れることが出来なかった。
*
旧都を見晴らせる高台のテラスで、アイカはカリトンと並んでベンチに座った。側にはアイラが控え、少し離れたところでカリュやネビたちも待機している。
異世界に転生し、7年間のサバイバル生活を終え、王都ヴィアナに入った当日、アイカは既にカリトンと出会っている。配下の騎士に奴隷として売り飛ばされそうになったところをリティアに助けられた土間でのことだ。
リティア宮殿に入ってからは、毎日の狩りに護衛として付き添ってくれた。
弓の腕を褒めてくれ、不愛想な美少年騎士ヤニスの言葉を優しく通訳してくれた。獲物をさばいて昼食を一緒に食べた。リティアもいた。クロエもクレイアもいた。いちばん楽しかった頃の記憶に、カリトンの姿もあった。
しかし、バシリオスの決起――、いや、ファウロスによるバシリオスとルカスの追放で、風景は一変した。
リティア宮殿に使者として訪れたカリトンの葛藤に満ちた表情。脱出を図るリティアに追いすがる姿。
アイカ自身も、文字通りカリトンに矢を向けることになってしまった。
その2人が、並んで空を見上げる。
万騎兵長ノルベリ率いるヴィアナ騎士団8,000がハラエラに潜伏していることは伏せたが、いずれ王国に帰還するであろうリティアを援けるために旧都で時を待っている。カリトンはポツリポツリと、そのことを話した。
その口調からは、気力や気迫といったものが、ごっそり抜け落ちていた。
アイカは話を聞きながら、これまでのカリトンの来歴を、知っている限り頭の中でたどっていた。そして、リティアと関わることに複雑な想いを抱えているであろうことに、思いが至った。
カリトンの漂白されたような横顔を見上げた。
「あの……」
「はい」
「……リティア義姉様は、しばらく帰りません」
「…………そうですか」
「あの……もし、良かったら……」
その時、突然うしろから女の人の大きな声が聞こえた。
声のする方に目を向けると、カリュと押し問答をしている若そうな女性が見えた。すると、カリュを振り切るようにアイカの方に駆けて来る。
驚く間もなく女性はアイカの足もとで、滑り込むように平伏した。
「アイカ殿下! 私はナーシャと申します! どうか、どうか、私を召し抱えてくださいませ! どうか、どうか、私を殿下の旅にお連れ下さいませ!」
女性とアイカの間にはアイラが入っていたし、カリュやネビも追い付いてアイカの周囲を護る。また、カリトンも反射的にアイカを護る姿勢をとっていた。
ナーシャと名乗った女性が顔をあげた。表情からは悲壮な覚悟がうかがえる。
遠目には若く見えたが、近くで見るとそこそこ歳はいってそうな女性。青色の瞳に、青色の髪の毛。チワワのような可愛らしい顔立ち――、
「…………ア、アナスタシア……王妃陛下ですよね?」
アイカの言葉に、皆、ゆっくりと振り向いた。
「はあっ!?」
声がそろった。
すらりとした顔の輪郭は往時のままであったが、そこに浮かぶ表情には翳がさしている。美しさを引き立てているようにも見えたが、人を遠ざける陰気さを放ってもいた。
アイカを認めると、視線を下げ二頭の狼をチラッと見た。
そして、足早に立ち去ろうとする美形の千騎兵長を、アイカが走って呼び止めた。
「カリトンさん! カリトンさんですよね!?」
アイカに袖をつかまれたカリトンは、しばらく無言でいたが、観念したようにゆっくりと顔を向けた。
「……久しゅうございます」
「ご無事でしたか……」
「ええ……」
アイカが、カリトンと最後に会ったのはリティアとの王都脱出の晩のことだ。
バシリオスとルカスの、スパラ平原での決戦直前。踊り巫女に扮して脱出を図ったリティアを発見したカリトンの太ももを、アイカが射抜いた。
立ち去ろうとする気配の消えたカリトンの袖から、そっと手を放した。
「……脚は……大丈夫ですか?」
「脚……?」
カリトンはしばらく考えて、ようやく思い出したようであった。
バシリオスの決起以来、多くの戦場を駆けた。それは、カリトンからすれば失態続きの記憶でもある。その一つでしかないアイカから受けた矢傷のことは、すっかり失念していた。
自らの名声を落とす出来事のひとつでもあり、無意識で忘れようとしていたのかもしれない。と、自嘲気味に口の端をゆがめた。
「……よかったら、二人でお話ししてくれませんか?」
というアイカの言葉を、追い付いていたカリュが遮った。
「なりません。せめてアイラをお側に。……お立場をお考えください、アイカ殿下」
「……殿下?」
カリトンが眉を寄せ、訝しむ声をあげた。
「ヴィアナ騎士団千騎兵長カリトン様とお見受けいたします。私は、側妃サフィナ様の元の侍女長カリュ。現在は第3王女リティア殿下の侍女でございます」
「……存じております。リティア殿下にお仕えされたのは、王都を脱出される前のことでしたから」
「恐れ入ります。……アイカ様は、リティア殿下と義姉妹の契りを結ばれ御義妹君となられました。先ごろ王太后陛下よりも、ご自身の義孫とお呼びいただいた身。ゆえに、殿下とお呼びしております」
「…………」
カリュに促されたアイラが一歩前に出て、頭を下げた。
「北の元締シモンの娘、アイラにございます。アイカ殿下とタロウ、ジロウの、王都北郊の森での狩りの際にお目にかかったことがございます」
「……覚えております」
「今は、アイカ殿下に侍女としてお仕えしております」
カリトンは胸につかえるものを耐えるように、ぎこちなく息を吸い目を閉じた。
「…………時は……流れてゆくのですね」
「はい……」と、アイカが応えた。
「私の《時》は……いつからか、止まったままです……」
苦しそうな顔つきをしたカリトンを、アイカはそのままに別れることが出来なかった。
*
旧都を見晴らせる高台のテラスで、アイカはカリトンと並んでベンチに座った。側にはアイラが控え、少し離れたところでカリュやネビたちも待機している。
異世界に転生し、7年間のサバイバル生活を終え、王都ヴィアナに入った当日、アイカは既にカリトンと出会っている。配下の騎士に奴隷として売り飛ばされそうになったところをリティアに助けられた土間でのことだ。
リティア宮殿に入ってからは、毎日の狩りに護衛として付き添ってくれた。
弓の腕を褒めてくれ、不愛想な美少年騎士ヤニスの言葉を優しく通訳してくれた。獲物をさばいて昼食を一緒に食べた。リティアもいた。クロエもクレイアもいた。いちばん楽しかった頃の記憶に、カリトンの姿もあった。
しかし、バシリオスの決起――、いや、ファウロスによるバシリオスとルカスの追放で、風景は一変した。
リティア宮殿に使者として訪れたカリトンの葛藤に満ちた表情。脱出を図るリティアに追いすがる姿。
アイカ自身も、文字通りカリトンに矢を向けることになってしまった。
その2人が、並んで空を見上げる。
万騎兵長ノルベリ率いるヴィアナ騎士団8,000がハラエラに潜伏していることは伏せたが、いずれ王国に帰還するであろうリティアを援けるために旧都で時を待っている。カリトンはポツリポツリと、そのことを話した。
その口調からは、気力や気迫といったものが、ごっそり抜け落ちていた。
アイカは話を聞きながら、これまでのカリトンの来歴を、知っている限り頭の中でたどっていた。そして、リティアと関わることに複雑な想いを抱えているであろうことに、思いが至った。
カリトンの漂白されたような横顔を見上げた。
「あの……」
「はい」
「……リティア義姉様は、しばらく帰りません」
「…………そうですか」
「あの……もし、良かったら……」
その時、突然うしろから女の人の大きな声が聞こえた。
声のする方に目を向けると、カリュと押し問答をしている若そうな女性が見えた。すると、カリュを振り切るようにアイカの方に駆けて来る。
驚く間もなく女性はアイカの足もとで、滑り込むように平伏した。
「アイカ殿下! 私はナーシャと申します! どうか、どうか、私を召し抱えてくださいませ! どうか、どうか、私を殿下の旅にお連れ下さいませ!」
女性とアイカの間にはアイラが入っていたし、カリュやネビも追い付いてアイカの周囲を護る。また、カリトンも反射的にアイカを護る姿勢をとっていた。
ナーシャと名乗った女性が顔をあげた。表情からは悲壮な覚悟がうかがえる。
遠目には若く見えたが、近くで見るとそこそこ歳はいってそうな女性。青色の瞳に、青色の髪の毛。チワワのような可愛らしい顔立ち――、
「…………ア、アナスタシア……王妃陛下ですよね?」
アイカの言葉に、皆、ゆっくりと振り向いた。
「はあっ!?」
声がそろった。
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