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第八章 旧都邂逅
184.膝にあたる
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自分の宿舎に集まった皆を、アイカは車座に座らせている。
本来、王家の一員であるアイカは上座に座って皆を見下ろすのが相応しい。しかし、もとはと言えば日本の小市民であるアイカには、どうにもしっくりこない。皆が平等な立ち位置に座れる、車座を好んだ。
一人ひとりの目を見ながら、ゆっくりと考えを伝えていく。
「皆さんはリティア義姉様の家臣です。この先は、私の私用になりますから、リティア義姉様のもとに戻りたい方は、お引き留めいたしません」
リティアはリティアで砂漠の賊を糾合し、自らの民にするという大事業に取り掛かっている。ここにいる有能な人たちが側に戻れば、いくらでも働き場が残っているはずである。
アイカとしてはタロウとジロウだけいれば充分という心持ちであった。
最初に意思を明らかにしたのは百騎兵長のネビであった。
「私が受けたリティア殿下からの命は、アイカ殿下の護衛です。殿下が行かれるところに最後までついて参ります」
「儂もじゃな。のこのこ一人で帰ってはリティア殿下から大目玉を喰らわせられるわ」
と、ジョルジュが豪快に笑った。
アイカとしては、本人たちがついて来てくれると言うのを断るつもりはない。小さく頭を下げて謝意を伝えた。
カリュもアイカへの同行を申し出た。
「……ただ、いずれは故郷アルナヴィスに顔を出すと、父に約束しております」
山奥での大渋滞で再会した父マテオから、アルナヴィス候が側妃サフィナと第5王子エディンの遺体を探していることが伝えられていた。
ただ、今うかつに明らかにして、情報が洩れれば、ルカスやリーヤボルク兵からどのような辱めを受けるか分からない。
父とは、時が来れば必ず知らせると約束を交わして、旧都に入る前に別れた。
また、自分が戻るまでの間に、アルナヴィスの領民が衷心からサフィナを受け入れられるよう環境を整えてほしいとも伝えてある。悲運の母子を秘密裡に埋葬したのは、アルナヴィス領民が抱くサフィナへの複雑な想いのせいでもあった。
遺体を故郷に帰してあげても、かえって騒がしいことになるのであれば、たとえ誰からもお参りされなくても、静かに母子で眠っていてほしかった。
この動乱が収まったとき自分に命があるなら、そっと花を手向ける日もくるだろうと考えていた。
しかし、サフィナの兄であるアルナヴィス候ジェリコが、妹の死を悼む気持ちでいるのなら、故郷に帰らせてあげたい。
もったいぶるつもりはなかったが、忠誠を捧げた主君サフィナへの最後の奉公という決意であった。
アイカは躊躇いなく返事した。
「いいですね! 行きましょう! アルナヴィスにも!」
「いや…………、えっ?」
カリュの方が戸惑った。
「リティア義姉様からは、私の心が求めるままに寄り道してこいって言われてます! せっかくですから、カリュさんの里帰りにもご一緒させてください!」
「ははっ……里帰り……ですね」
「はいっ!」
「……ありがとうございます。でも、私の用事は急ぎません」
アルナヴィスはサヴィアス率いるアルニティア騎士団と交戦状態にあると伝わる。
傲慢で横柄なサヴィアスが招いた事態であることは想像に難くないが、その母であるサフィナを静かに迎え入れられるような状況でないことは間違いない。
「アイカ殿下が旅される、最後にちょこっと寄れるようなことがあれば、それで充分でございます」
「分かりました! まずは真逆のザノクリフ王国に向かいますしね。でも、絶対忘れませんから! 美味しいお店とか案内してくださいね!」
こまかな事情を聞かず快諾するアイカに、カリュは深く頭を下げた。
アイカは、
――おっぱい、膝にあたるんだ……。
と、思っていたが顔にも言葉にも出さない。
次に口を開いたのは、眼帯美少女チーナだった。ただ、その口から出た言葉は皆の予想を裏切るものであった。
「私も同行させていただきたい」
「えっ? ロマナさんのところに帰らなくていいんですか?」
「アイカ殿下は、ザノクリフの女王になられるのであろう?」
チーナからの率直な問いかけに、アイカは返す言葉に詰まった――。
本来、王家の一員であるアイカは上座に座って皆を見下ろすのが相応しい。しかし、もとはと言えば日本の小市民であるアイカには、どうにもしっくりこない。皆が平等な立ち位置に座れる、車座を好んだ。
一人ひとりの目を見ながら、ゆっくりと考えを伝えていく。
「皆さんはリティア義姉様の家臣です。この先は、私の私用になりますから、リティア義姉様のもとに戻りたい方は、お引き留めいたしません」
リティアはリティアで砂漠の賊を糾合し、自らの民にするという大事業に取り掛かっている。ここにいる有能な人たちが側に戻れば、いくらでも働き場が残っているはずである。
アイカとしてはタロウとジロウだけいれば充分という心持ちであった。
最初に意思を明らかにしたのは百騎兵長のネビであった。
「私が受けたリティア殿下からの命は、アイカ殿下の護衛です。殿下が行かれるところに最後までついて参ります」
「儂もじゃな。のこのこ一人で帰ってはリティア殿下から大目玉を喰らわせられるわ」
と、ジョルジュが豪快に笑った。
アイカとしては、本人たちがついて来てくれると言うのを断るつもりはない。小さく頭を下げて謝意を伝えた。
カリュもアイカへの同行を申し出た。
「……ただ、いずれは故郷アルナヴィスに顔を出すと、父に約束しております」
山奥での大渋滞で再会した父マテオから、アルナヴィス候が側妃サフィナと第5王子エディンの遺体を探していることが伝えられていた。
ただ、今うかつに明らかにして、情報が洩れれば、ルカスやリーヤボルク兵からどのような辱めを受けるか分からない。
父とは、時が来れば必ず知らせると約束を交わして、旧都に入る前に別れた。
また、自分が戻るまでの間に、アルナヴィスの領民が衷心からサフィナを受け入れられるよう環境を整えてほしいとも伝えてある。悲運の母子を秘密裡に埋葬したのは、アルナヴィス領民が抱くサフィナへの複雑な想いのせいでもあった。
遺体を故郷に帰してあげても、かえって騒がしいことになるのであれば、たとえ誰からもお参りされなくても、静かに母子で眠っていてほしかった。
この動乱が収まったとき自分に命があるなら、そっと花を手向ける日もくるだろうと考えていた。
しかし、サフィナの兄であるアルナヴィス候ジェリコが、妹の死を悼む気持ちでいるのなら、故郷に帰らせてあげたい。
もったいぶるつもりはなかったが、忠誠を捧げた主君サフィナへの最後の奉公という決意であった。
アイカは躊躇いなく返事した。
「いいですね! 行きましょう! アルナヴィスにも!」
「いや…………、えっ?」
カリュの方が戸惑った。
「リティア義姉様からは、私の心が求めるままに寄り道してこいって言われてます! せっかくですから、カリュさんの里帰りにもご一緒させてください!」
「ははっ……里帰り……ですね」
「はいっ!」
「……ありがとうございます。でも、私の用事は急ぎません」
アルナヴィスはサヴィアス率いるアルニティア騎士団と交戦状態にあると伝わる。
傲慢で横柄なサヴィアスが招いた事態であることは想像に難くないが、その母であるサフィナを静かに迎え入れられるような状況でないことは間違いない。
「アイカ殿下が旅される、最後にちょこっと寄れるようなことがあれば、それで充分でございます」
「分かりました! まずは真逆のザノクリフ王国に向かいますしね。でも、絶対忘れませんから! 美味しいお店とか案内してくださいね!」
こまかな事情を聞かず快諾するアイカに、カリュは深く頭を下げた。
アイカは、
――おっぱい、膝にあたるんだ……。
と、思っていたが顔にも言葉にも出さない。
次に口を開いたのは、眼帯美少女チーナだった。ただ、その口から出た言葉は皆の予想を裏切るものであった。
「私も同行させていただきたい」
「えっ? ロマナさんのところに帰らなくていいんですか?」
「アイカ殿下は、ザノクリフの女王になられるのであろう?」
チーナからの率直な問いかけに、アイカは返す言葉に詰まった――。
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