195 / 307
第八章 旧都邂逅
183.『おまけ』のようなもの
しおりを挟む
小刀をなでるカタリナに、アイカが口を開いた。
「私の瞳……、黄金色なんです……」
見たままのことを言うアイカに、アレクセイは怪訝な表情になった。
しかし、盲目のカタリナにとっては驚愕の事実であった。そして、小刀に刻まれた紋様を改めて指先で確認する。
「そう……。あなたがイエリナだったのね……」
「らしいんです……」
「……異界の神の守護があるのは、反魂の秘法のせいだったのね」
「はい…………」
アイカからすれば、この事実をカタリナが『よい報せ』として受け止めてくれるのか分からない。兄の孫イエリナの魂は既にこの世にないという報せでもあるのだ。
緊張して続く言葉を待つアイカだったが、カタリナは深々と頭をさげた。
「ありがとう、アイカさん。ザノクリフ王家の命脈を保つため、求めに応じてくださって」
「いえ……そんな…………」
そんなためではなかったが、頭をさげるゴッドマザーに口ごたえするほどのことでもない。アイカは小さく手を振って恐縮する。
公子クリストフとザノクリフ王国の聖地《精霊の泉》で邂逅した話を、カタリナは何度も頷きながら聞いてくれた。
ようやく話の飲み込めたアレクセイが、感嘆の声をあげる。
「……我が叔父、ザノクリフ王ヴァシル陛下の孫娘であったか」
「クリストフさんと約束したので、これからザノクリフ王国に向かおうと思います。……私に何ができるか分からないんですけど」
カタリナが威儀を正してアイカに語りかけた。
「ザノクリフは激しい混乱の末、東候エドゥアルド殿と西候セルジュ殿の勢力に二分される形で収斂しています。……私も実家の騒乱に心を痛めてきました。どうか、これ以上の流血を避けられるよう、お骨折りください」
実家で兄と弟が殺し合い、親戚同士が殺し合い、嫁ぎ先では息子が孫に殺されたことに端を発する動乱にあるカタリナの悲しい境遇が、改めてアイカの胸に刺さった。
「クリストフというのは東候の縁者ですね? ……私は西候との血縁が濃い。私から西候セルジュ殿への紹介状をしたためます。どうか、お持ちください」
「母上。気持ちは分かりますが、いきなりの謙った物言いに、アイカが困っておるではないですか」
アレクセイが悪戯っぽい笑みで母の背をなでた。
しかし、アイカは目にいっぱいの涙をためてカタリナを見据えた。
「いえ。カタリナ陛下のお気持ち。しっかりと受け止めさせていただきました。私も戦争はキライです。西の方とも東の方とも、よく話してみるようにいたします」
万事ひかえ目なアイカのスイッチは突然入る。この時は、カタリナの深い悲しみに共鳴して、心の置きどころが定まった。
しかし、アレクセイからすれば、アイカのそのような姿を見るのは初めてのことであった。
一瞬、目を見張った後、ふふっと笑って口を開いた。
「なるほど。リティアの義姉妹であるな」
「アイカさん。あなたは自身がザノクリフ王家の一員であることを世に知らしめたいかしら?」
カタリナが一語ずつ確認するように問うた。
「いいえ。……私はリティア義姉様の義妹であるということだけで満たされております。あとのことは、みんなおまけのようなものです」
「そうね……。分かりました。この話はここだけの話といたしましょう」
「ありがとうございます」
「義姉リティアの使者の役目、ご苦労様でした。たしかに受け取りましたよ」
カタリナの優しい響きがする言葉に見送られ、アイカたちは退出した。
アイラが大きく息を吐き出す。
「エラいさんと会うのは肩が凝るな」
「アイラさんだって王族なのにぃ」
「エセだエセ。王族としての教育もなにも受けてないのに、いきなりお姫様でしたって言われてもピンとくる訳ないだろ?」
「それは、そうですねぇ。私も似たようなもんですけど」
アイラの軽口に、アイカがつられて笑うと、ようやくカリュもいつもの表情を見せた。
その晩、アイカは自分の宿舎に皆を集めた。
「リティア義姉様のご用事が終わりましたので、このパーティは一旦、解散にしようと思います」
皆が驚きの表情を見せる中、アイカの話は続いた――。
「私の瞳……、黄金色なんです……」
見たままのことを言うアイカに、アレクセイは怪訝な表情になった。
しかし、盲目のカタリナにとっては驚愕の事実であった。そして、小刀に刻まれた紋様を改めて指先で確認する。
「そう……。あなたがイエリナだったのね……」
「らしいんです……」
「……異界の神の守護があるのは、反魂の秘法のせいだったのね」
「はい…………」
アイカからすれば、この事実をカタリナが『よい報せ』として受け止めてくれるのか分からない。兄の孫イエリナの魂は既にこの世にないという報せでもあるのだ。
緊張して続く言葉を待つアイカだったが、カタリナは深々と頭をさげた。
「ありがとう、アイカさん。ザノクリフ王家の命脈を保つため、求めに応じてくださって」
「いえ……そんな…………」
そんなためではなかったが、頭をさげるゴッドマザーに口ごたえするほどのことでもない。アイカは小さく手を振って恐縮する。
公子クリストフとザノクリフ王国の聖地《精霊の泉》で邂逅した話を、カタリナは何度も頷きながら聞いてくれた。
ようやく話の飲み込めたアレクセイが、感嘆の声をあげる。
「……我が叔父、ザノクリフ王ヴァシル陛下の孫娘であったか」
「クリストフさんと約束したので、これからザノクリフ王国に向かおうと思います。……私に何ができるか分からないんですけど」
カタリナが威儀を正してアイカに語りかけた。
「ザノクリフは激しい混乱の末、東候エドゥアルド殿と西候セルジュ殿の勢力に二分される形で収斂しています。……私も実家の騒乱に心を痛めてきました。どうか、これ以上の流血を避けられるよう、お骨折りください」
実家で兄と弟が殺し合い、親戚同士が殺し合い、嫁ぎ先では息子が孫に殺されたことに端を発する動乱にあるカタリナの悲しい境遇が、改めてアイカの胸に刺さった。
「クリストフというのは東候の縁者ですね? ……私は西候との血縁が濃い。私から西候セルジュ殿への紹介状をしたためます。どうか、お持ちください」
「母上。気持ちは分かりますが、いきなりの謙った物言いに、アイカが困っておるではないですか」
アレクセイが悪戯っぽい笑みで母の背をなでた。
しかし、アイカは目にいっぱいの涙をためてカタリナを見据えた。
「いえ。カタリナ陛下のお気持ち。しっかりと受け止めさせていただきました。私も戦争はキライです。西の方とも東の方とも、よく話してみるようにいたします」
万事ひかえ目なアイカのスイッチは突然入る。この時は、カタリナの深い悲しみに共鳴して、心の置きどころが定まった。
しかし、アレクセイからすれば、アイカのそのような姿を見るのは初めてのことであった。
一瞬、目を見張った後、ふふっと笑って口を開いた。
「なるほど。リティアの義姉妹であるな」
「アイカさん。あなたは自身がザノクリフ王家の一員であることを世に知らしめたいかしら?」
カタリナが一語ずつ確認するように問うた。
「いいえ。……私はリティア義姉様の義妹であるということだけで満たされております。あとのことは、みんなおまけのようなものです」
「そうね……。分かりました。この話はここだけの話といたしましょう」
「ありがとうございます」
「義姉リティアの使者の役目、ご苦労様でした。たしかに受け取りましたよ」
カタリナの優しい響きがする言葉に見送られ、アイカたちは退出した。
アイラが大きく息を吐き出す。
「エラいさんと会うのは肩が凝るな」
「アイラさんだって王族なのにぃ」
「エセだエセ。王族としての教育もなにも受けてないのに、いきなりお姫様でしたって言われてもピンとくる訳ないだろ?」
「それは、そうですねぇ。私も似たようなもんですけど」
アイラの軽口に、アイカがつられて笑うと、ようやくカリュもいつもの表情を見せた。
その晩、アイカは自分の宿舎に皆を集めた。
「リティア義姉様のご用事が終わりましたので、このパーティは一旦、解散にしようと思います」
皆が驚きの表情を見せる中、アイカの話は続いた――。
40
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!!
僕は異世界転生してしまう
大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった
仕事とゲームで過労になってしまったようだ
とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた
転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった
住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる
◇
HOTランキング一位獲得!
皆さま本当にありがとうございます!
無事に書籍化となり絶賛発売中です
よかったら手に取っていただけると嬉しいです
これからも日々勉強していきたいと思います
◇
僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました
毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる