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第八章 旧都邂逅

183.『おまけ』のようなもの

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 小刀をなでるカタリナに、アイカが口を開いた。


「私の瞳……、黄金色なんです……」


 見たままのことを言うアイカに、アレクセイは怪訝な表情になった。

 しかし、盲目のカタリナにとっては驚愕の事実であった。そして、小刀に刻まれた紋様を改めて指先で確認する。


「そう……。あなたがイエリナだったのね……」

「らしいんです……」

「……異界の神の守護があるのは、反魂の秘法のせいだったのね」

「はい…………」


 アイカからすれば、この事実をカタリナが『よい報せ』として受け止めてくれるのか分からない。兄の孫イエリナの魂は既にこの世にないという報せでもあるのだ。

 緊張して続く言葉を待つアイカだったが、カタリナは深々と頭をさげた。


「ありがとう、アイカさん。ザノクリフ王家の命脈を保つため、求めに応じてくださって」

「いえ……そんな…………」


 そんなではなかったが、頭をさげるゴッドマザーに口ごたえするほどのことでもない。アイカは小さく手を振って恐縮する。


 公子クリストフとザノクリフ王国の聖地《精霊の泉》で邂逅した話を、カタリナは何度も頷きながら聞いてくれた。

 ようやく話の飲み込めたアレクセイが、感嘆の声をあげる。


「……我が叔父、ザノクリフ王ヴァシル陛下の孫娘であったか」

「クリストフさんと約束したので、これからザノクリフ王国に向かおうと思います。……私に何ができるか分からないんですけど」


 カタリナが威儀を正してアイカに語りかけた。


「ザノクリフは激しい混乱の末、東候エドゥアルド殿と西候セルジュ殿の勢力に二分される形で収斂しています。……私も実家さとの騒乱に心を痛めてきました。どうか、これ以上の流血を避けられるよう、お骨折りください」


 実家ザノクリフで兄と弟が殺し合い、親戚同士が殺し合い、嫁ぎ先テノリアでは息子が孫に殺されたことに端を発する動乱にあるカタリナの悲しい境遇が、改めてアイカの胸に刺さった。


「クリストフというのは東候の縁者ですね? ……私は西候との血縁が濃い。私から西候セルジュ殿への紹介状をしたためます。どうか、お持ちください」

「母上。気持ちは分かりますが、いきなりのへりくだった物言いに、アイカが困っておるではないですか」


 アレクセイが悪戯っぽい笑みで母の背をなでた。

 しかし、アイカは目にいっぱいの涙をためてカタリナを見据えた。


「いえ。カタリナ陛下のお気持ち。しっかりと受け止めさせていただきました。私も戦争はキライです。西の方とも東の方とも、よく話してみるようにいたします」


 万事ひかえ目なアイカのスイッチは突然入る。この時は、カタリナの深い悲しみに共鳴して、心の置きどころが定まった。

 しかし、アレクセイからすれば、アイカのそのような姿を見るのは初めてのことであった。

 一瞬、目を見張った後、ふふっと笑って口を開いた。


「なるほど。リティアの義姉妹しまいであるな」

「アイカさん。あなたは自身がザノクリフ王家の一員であることを世に知らしめたいかしら?」


 カタリナが一語ずつ確認するように問うた。


「いいえ。……私はリティア義姉ねえ様の義妹いもうとであるということだけで満たされております。あとのことは、みんなのようなものです」

「そうね……。分かりました。この話はここだけの話といたしましょう」

「ありがとうございます」

義姉あねリティアの使者の役目、ご苦労様でした。たしかに受け取りましたよ」


 カタリナの優しい響きがする言葉に見送られ、アイカたちは退出した。

 アイラが大きく息を吐き出す。


「エラいさんと会うのは肩が凝るな」

「アイラさんだって王族なのにぃ」

「エセだエセ。王族としての教育もなにも受けてないのに、いきなりお姫様でしたって言われてもピンとくる訳ないだろ?」

「それは、そうですねぇ。私も似たようなもんですけど」


 アイラの軽口に、アイカがつられて笑うと、ようやくカリュもいつもの表情を見せた。

 その晩、アイカは自分の宿舎に皆を集めた。


「リティア義姉ねえ様のご用事が終わりましたので、このパーティは一旦、解散にしようと思います」


 皆が驚きの表情を見せる中、アイカの話は続いた――。
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