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第八章 旧都邂逅
182.塗り替える
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アイラの紫色の瞳は、まっすぐにアレクセイを見詰めている。
「無頼として生きる道を授けていただきました」
「儂の孫ではなく、ルクシアの娘であったか」
「シモンの娘でございます」
「見事。鮮やかな覚悟である」
そばに立つアイカに2人が交わす、無頼の心意気に根差したやり取りのすべてが理解できたわけではない。ただ、2人に漂う気配から、落ち着くべきところに落ち着いたんだろうなと安堵した。
改めてアレクセイに目を移すと、年齢を感じさせない偉丈夫ぶりに圧倒される。
アレクセイ、ファウロス、カリストス。
老いてなお王国を睥睨した三兄弟。その長子からは、大神殿にならんだ武神のような勢威を感じる。
そして、老貌いちじるしい王太后カタリナが彼らの母であることを思い起こすと、王国の武力平定を先導したゴッドマザーの迫力が浮かび上がる。
カタリナが盲いた瞳をアイラに向けた。
「あら……」
アレクセイに促されたアイラが、カタリナの前で片膝を突いた。
皺だらけの手が、アイラの頬をなでた。
「美麗神ディアーロナ様が、守護してくださろうとしているわね」
「……えっ?」
「ディアーロナ様が守護してくださることは、とても珍しいわ。アイラは篤く信仰を深めてきたのね」
アイラとアイカは、盛大に微妙な表情を浮かべた。
悪いことをした覚えしかない。
むしろ、呪われているのを守護されていると王太后が誤認したのではないかと疑ったほどだ。
しかし、王国でもっとも審神の術に長けた王太后の言うことである。アイラは黙って頭を下げた。
「きっと、ディアーロナ様がアイラの審美眼を認めてくださったのね」
心当たりしかなかった。
アイカと交わす秘めた《愛で語り》が、嫉妬深い美麗神をも頷かせるものであったとするなら、誇らしい気持ちにすらなる。
「アイラとアイカ。稀な神様の守護がある曾孫と孫がそろって会いに来てくれるなんて、今日はいい日ね」
なにげないカタリナの一言であったが、リティアと義姉妹の契りを結んだアイカを、正式に王家の一員として迎えるという重たい意味も含まれている。
そのことに、アイカはまだ気が付いていないが、アレクセイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「王太后陛下は息子に先立たれるという大きな不幸にみまわれた。アイラとアイカがそろって顔を見せてくれ、いささかなりとも、その傷を癒されたことだろう」
「あら。サッサと家を飛び出して私を傷付けた放蕩息子がよく言うわね」
「ですから今、こうして寄り添っておるではないですか」
「……今にカリストスも死ぬわ。ファウロスと同じように息子に殺されるの」
「母上……」
「アレクセイだけは、私の冥府への旅立ちを見送るのよ? 子どもに全員先立たれるなんて、私、イヤよ」
話している内容の重たさに比べて、カタリナとアレクセイの軽すぎる口調にアイカもアイラも「へら」っと笑うことしか出来ない。背後に控えるカリュにいたっては、カチコチに緊張している。
カタリナへの謁見にあたっては、この3人で宮殿に向かった。
「みんなで行きましょう!」
と、アイカは言ったのだが、チーナもネビもジョルジュも「恐れ多い」と固辞した。
ひとりで向かいたくなかったアイカが、アイラとカリュだけは半ば強引に引っ張ってきたのであった。
老いた母と息子の、反応に困る会話がひと段落すると、アイカはリティアの言葉を伝えた。
伝えた内容に過不足ないか後ろのカリュに目で問うと、小さく頷きを返してくれた。この確認役のために連れてきたのに等しい。
カタリナはしばらく静かに考えた後、
「……いい孫ね。リティアは」
と、つぶやいた。
息子を孫が殺すという凄惨な出来事を、荘厳な神話に塗り替えるリティアの言葉は、カタリナの心に深く染み渡った。
やがて、古神の父神ロスノクの《古くから伝わる新しい神話》が、吟遊詩人たちの奏でる詩となって王国全土に広がってゆく。もちろん《無頼姫の狼少女》が無頼姫の義姉妹として王家の一員に加わったという調べにあわせて。
しかし、この時のカタリナは、それ以上なにも言わなかった。
リティアの使者という大役を果たしたアイカが、まだ何かを言いたそうにモジモジとしている。
アレクセイが苦笑いを浮かべた。
「婆さん、歳なんだから、言いたいことがあるなら言っておく方がいいぞ。いつ冥府に旅立つか分からん」
老いたとはいえ、母を前にして悪童の口調にもどっているアレクセイ。その言いぶりは、アイカに戸惑いを生じさせたが、言っていることは正しいと思う。
懐から小刀を取り出し、カタリナに渡した――。
「無頼として生きる道を授けていただきました」
「儂の孫ではなく、ルクシアの娘であったか」
「シモンの娘でございます」
「見事。鮮やかな覚悟である」
そばに立つアイカに2人が交わす、無頼の心意気に根差したやり取りのすべてが理解できたわけではない。ただ、2人に漂う気配から、落ち着くべきところに落ち着いたんだろうなと安堵した。
改めてアレクセイに目を移すと、年齢を感じさせない偉丈夫ぶりに圧倒される。
アレクセイ、ファウロス、カリストス。
老いてなお王国を睥睨した三兄弟。その長子からは、大神殿にならんだ武神のような勢威を感じる。
そして、老貌いちじるしい王太后カタリナが彼らの母であることを思い起こすと、王国の武力平定を先導したゴッドマザーの迫力が浮かび上がる。
カタリナが盲いた瞳をアイラに向けた。
「あら……」
アレクセイに促されたアイラが、カタリナの前で片膝を突いた。
皺だらけの手が、アイラの頬をなでた。
「美麗神ディアーロナ様が、守護してくださろうとしているわね」
「……えっ?」
「ディアーロナ様が守護してくださることは、とても珍しいわ。アイラは篤く信仰を深めてきたのね」
アイラとアイカは、盛大に微妙な表情を浮かべた。
悪いことをした覚えしかない。
むしろ、呪われているのを守護されていると王太后が誤認したのではないかと疑ったほどだ。
しかし、王国でもっとも審神の術に長けた王太后の言うことである。アイラは黙って頭を下げた。
「きっと、ディアーロナ様がアイラの審美眼を認めてくださったのね」
心当たりしかなかった。
アイカと交わす秘めた《愛で語り》が、嫉妬深い美麗神をも頷かせるものであったとするなら、誇らしい気持ちにすらなる。
「アイラとアイカ。稀な神様の守護がある曾孫と孫がそろって会いに来てくれるなんて、今日はいい日ね」
なにげないカタリナの一言であったが、リティアと義姉妹の契りを結んだアイカを、正式に王家の一員として迎えるという重たい意味も含まれている。
そのことに、アイカはまだ気が付いていないが、アレクセイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「王太后陛下は息子に先立たれるという大きな不幸にみまわれた。アイラとアイカがそろって顔を見せてくれ、いささかなりとも、その傷を癒されたことだろう」
「あら。サッサと家を飛び出して私を傷付けた放蕩息子がよく言うわね」
「ですから今、こうして寄り添っておるではないですか」
「……今にカリストスも死ぬわ。ファウロスと同じように息子に殺されるの」
「母上……」
「アレクセイだけは、私の冥府への旅立ちを見送るのよ? 子どもに全員先立たれるなんて、私、イヤよ」
話している内容の重たさに比べて、カタリナとアレクセイの軽すぎる口調にアイカもアイラも「へら」っと笑うことしか出来ない。背後に控えるカリュにいたっては、カチコチに緊張している。
カタリナへの謁見にあたっては、この3人で宮殿に向かった。
「みんなで行きましょう!」
と、アイカは言ったのだが、チーナもネビもジョルジュも「恐れ多い」と固辞した。
ひとりで向かいたくなかったアイカが、アイラとカリュだけは半ば強引に引っ張ってきたのであった。
老いた母と息子の、反応に困る会話がひと段落すると、アイカはリティアの言葉を伝えた。
伝えた内容に過不足ないか後ろのカリュに目で問うと、小さく頷きを返してくれた。この確認役のために連れてきたのに等しい。
カタリナはしばらく静かに考えた後、
「……いい孫ね。リティアは」
と、つぶやいた。
息子を孫が殺すという凄惨な出来事を、荘厳な神話に塗り替えるリティアの言葉は、カタリナの心に深く染み渡った。
やがて、古神の父神ロスノクの《古くから伝わる新しい神話》が、吟遊詩人たちの奏でる詩となって王国全土に広がってゆく。もちろん《無頼姫の狼少女》が無頼姫の義姉妹として王家の一員に加わったという調べにあわせて。
しかし、この時のカタリナは、それ以上なにも言わなかった。
リティアの使者という大役を果たしたアイカが、まだ何かを言いたそうにモジモジとしている。
アレクセイが苦笑いを浮かべた。
「婆さん、歳なんだから、言いたいことがあるなら言っておく方がいいぞ。いつ冥府に旅立つか分からん」
老いたとはいえ、母を前にして悪童の口調にもどっているアレクセイ。その言いぶりは、アイカに戸惑いを生じさせたが、言っていることは正しいと思う。
懐から小刀を取り出し、カタリナに渡した――。
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