上 下
194 / 307
第八章 旧都邂逅

182.塗り替える

しおりを挟む
 アイラの紫色の瞳は、まっすぐにアレクセイを見詰めている。


「無頼として生きる道を授けていただきました」

「儂の孫ではなく、ルクシアの娘であったか」

「シモンの娘でございます」

「見事。鮮やかな覚悟である」


 そばに立つアイカに2人が交わす、無頼の心意気に根差したやり取りのすべてが理解できたわけではない。ただ、2人に漂う気配から、落ち着くべきところに落ち着いたんだろうなと安堵した。

 改めてアレクセイに目を移すと、年齢を感じさせない偉丈夫ぶりに圧倒される。

 アレクセイ、ファウロス、カリストス。

 老いてなお王国を睥睨した三兄弟。その長子からは、大神殿にならんだ武神のような勢威を感じる。

 そして、老貌いちじるしい王太后カタリナが彼らの母であることを思い起こすと、王国の武力平定を先導したゴッドマザーの迫力が浮かび上がる。

 カタリナが盲いた瞳をアイラに向けた。


「あら……」


 アレクセイに促されたアイラが、カタリナの前で片膝を突いた。

 皺だらけの手が、アイラの頬をなでた。


「美麗神ディアーロナ様が、守護してくださろうとしているわね」

「……えっ?」

「ディアーロナ様が守護してくださることは、とても珍しいわ。アイラは篤く信仰を深めてきたのね」


 アイラとアイカは、盛大に微妙な表情を浮かべた。

 悪いことをした覚えしかない。

 むしろ、呪われているのを守護されていると王太后が誤認したのではないかと疑ったほどだ。

 しかし、王国でもっとも審神さにわの術に長けた王太后の言うことである。アイラは黙って頭を下げた。


「きっと、ディアーロナ様がアイラのを認めてくださったのね」


 心当たりしかなかった。

 アイカと交わす秘めた《愛で語りサバト》が、嫉妬深い美麗神をも頷かせるものであったとするなら、誇らしい気持ちにすらなる。


「アイラとアイカ。稀な神様の守護がある曾孫と孫がそろって会いに来てくれるなんて、今日はいい日ね」


 なにげないカタリナの一言であったが、リティアと義姉妹しまいの契りを結んだアイカを、正式に王家の一員として迎えるという重たい意味も含まれている。

 そのことに、アイカはまだ気が付いていないが、アレクセイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「王太后陛下は息子ファウロスに先立たれるという大きな不幸にみまわれた。アイラとアイカがそろって顔を見せてくれ、いささかなりとも、その傷を癒されたことだろう」

「あら。サッサと家を飛び出して私を傷付けた放蕩息子がよく言うわね」

「ですから今、こうして寄り添っておるではないですか」

「……今にカリストスも死ぬわ。ファウロスと同じように息子に殺されるの」

「母上……」

「アレクセイだけは、私の冥府への旅立ちを見送るのよ? 子どもに全員先立たれるなんて、私、イヤよ」


 話している内容の重たさに比べて、カタリナとアレクセイの軽すぎる口調にアイカもアイラも「へら」っと笑うことしか出来ない。背後に控えるカリュにいたっては、カチコチに緊張している。

 カタリナへの謁見にあたっては、この3人で宮殿に向かった。


「みんなで行きましょう!」


 と、アイカは言ったのだが、チーナもネビもジョルジュも「恐れ多い」と固辞した。

 ひとりで向かいたくなかったアイカが、アイラとカリュだけは半ば強引に引っ張ってきたのであった。

 老いた母と息子の、反応に困る会話がひと段落すると、アイカはリティアの言葉を伝えた。

 伝えた内容に過不足ないか後ろのカリュに目で問うと、小さく頷きを返してくれた。この確認役のために連れてきたのに等しい。

 カタリナはしばらく静かに考えた後、


「……いい孫ね。リティアは」


 と、つぶやいた。

 息子を孫が殺すという凄惨な出来事を、荘厳な神話に塗り替えるリティアの言葉は、カタリナの心に深く染み渡った。

 やがて、古神の父神ロスノクの《古くから伝わる新しい神話》が、吟遊詩人たちの奏でる詩となって王国全土に広がってゆく。もちろん《無頼姫の狼少女》が無頼姫の義姉妹しまいとして王家の一員に加わったという調べにあわせて。

 しかし、この時のカタリナは、それ以上なにも言わなかった。

 リティアの使者という大役を果たしたアイカが、まだ何かを言いたそうにモジモジとしている。

 アレクセイが苦笑いを浮かべた。


「婆さん、歳なんだから、言いたいことがあるなら言っておく方がいいぞ。いつ冥府に旅立つか分からん」


 老いたとはいえ、母を前にして悪童の口調にもどっているアレクセイ。その言いぶりは、アイカに戸惑いを生じさせたが、言っていることは正しいと思う。

 懐から小刀を取り出し、カタリナに渡した――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

王国冒険者の生活(修正版)

雪月透
ファンタジー
配達から薬草採取、はたまたモンスターの討伐と貼りだされる依頼。 雑用から戦いまでこなす冒険者業は、他の職に就けなかった、就かなかった者達の受け皿となっている。 そんな冒険者業に就き、王都での生活のため、いろんな依頼を受け、世界の流れの中を生きていく二人が中心の物語。 ※以前に上げた話の誤字脱字をかなり修正し、話を追加した物になります。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...