192 / 307
第八章 旧都邂逅
180.王国の旗印
しおりを挟む
初老のジョルジュを除けば、アイカたち一行の中ではカリュが最年長にあたる。
だからとばかりは言い切れないが、ともかく、カリュが激しく感情を露わにする姿を見せたのは初めてであった。黒い布で片目を覆うロザリーの胸の中で、子どものように泣きじゃくった。
「ロザリー様、ロザリー様……」
残った瞳に慈愛の色を浮かべたロザリーが、優しくカリュの頭を撫でる。
総候参朝の前、アイカに付きっ切りでテーブルマナーを教え込んでくれた侍女長3人のうち2人が、旧都の高台で思わぬ再会を果たした。
先輩侍女長の名を呼ぶばかりであったカリュが、顔をロザリーの胸に埋めたまま、嗚咽交じりに悔恨の言葉を吐いた。
「……サフィナ様と、……エディン様を、……お守りすることが出来ませんでした。……侍女長の役を汚してしまいました」
「すべては、私の不覚が招いたこと」
穏やかながら苦しそうに絞り出されたロザリーの言葉に、カリュがハッと顔をあげた。
ロザリーはその両手でカリュの顔をはさみ、親指で涙を拭った。
「この事態を招いたのは、私がファウロス陛下を正しく支えられなかったがため。サフィナ様のお気持ちを汲み取れず、陛下に穏便にお繋ぎできなかった」
「……それは、私とて」
「カリュは、よくサフィナ様をお支えいたしました。そして、新しき主君を得たのは、エディン様の遺志を汲んでのことであろう」
「……はい」
「優しき御子であられた」
「……はい」
「主君あってこその侍女ぞ。……リティア殿下への、そして、御義妹君アイカ殿下への忠勤に励むのですよ。きっと、それがエディン様のお気持ちにも叶いましょう」
「……私は、……これで良かったと思われますか?」
ロザリーはカリュの顔から手をはなし、頭をポンポンッと叩いた。
「よい」
その短い言葉に、再び激しく嗚咽を漏らし始めたカリュを、ロザリーは柔らかく抱き止めた。
カリュが胸の奥からあふれ出させた懊悩に、目頭を熱くしていたアイカに、ロザリーが視線を向けた。
「アイカ殿下」
「はっ、はいっ!」
「リティア殿下と義姉妹の契りを結ばれたとか。誠におめでとうございます」
「い、いえ……そんな……」
「リティア殿下を除いて、この王国の動乱を鎮められる方はいらっしゃいません」
王国の《白銀の支柱》と呼ばれた、その威厳を放つ一言であった。
初めてロザリーに対面したアイラやジョルジュでさえ、思わず背筋を伸ばさずにはいられなかった。
ただ、第2王子ステファノスが統治する旧都テノリクアで放つ言葉としては、いささか危うい。聞く者によっては、王位継承権を持つステファノスを蔑ろにしているとも受け取られかねない。
しかし、ロザリーは声を潜めることもなく続けた。
「……王位の行方がどこに向かおうとも、リティア殿下の帰還まで動乱が収まることはありません」
「ね、義姉様が……?」
「今の王国には、旗印がないのです……。あるのは男どもの野心と牽制ばかり。これでは《聖山の民》の心がひとつになることはできません。必要なのはリティア殿下の《天衣無縫》。かつて聖山戦争においてファウロス陛下が《聖山の大地》を包み込んだ笑顔こそが必要なのです」
ロザリーは胸にカリュを抱いたまま、よく晴れた青空を見上げた。
「……動乱を招いた私が言えた口ではありませんが」
「いや、そんな……」
「王家がリティア殿下、ペトラ殿下、アメル親王、西南伯公女ロマナ様、そしてアイカ殿下に代を替えるように、王国を支える侍女もまた、カリュ、アイシェ、サラリス、クレイア……、代を替えます。……私はただ残った片目で見守るばかり」
ロザリーが挙げた名前にアメル親王があったことが、アイカには不思議だったが、侍女長ではないクレイアの名前があったことは嬉しかった。しかし、自分の名前まで並んでいるのには違和感があった。
ただ、リティアのもとに行く気がないことを、やんわり伝えてきたことも分かった。
ふふっと、ロザリーが笑った。
「ロマナ様のもとには私もまだ見ぬ新しい侍女、ガラがおりました」
と、ロザリーが視線を向けた高台に登ってくる坂道に、アイカも見知った顔が2つ並んでいた。
先に声をあげたのはアイラだった。
「ピュリサス! それに、レオン!」
恥ずかしそうにはにかむガラの弟レオンが、シモンの若頭ピュリサスに手を引かれて立っていた。
互いの無事を喜びあうアイラとピュリサス。
ロザリーの足もとに駆け寄ったレオンは、頬を赤くしてアイカを見詰めた。
「……ひ、久しぶり。……アイカ」
「ひ、久しぶりぃ~」
人見知りがうつったアイカも、緊張気味に手を小さく振った。
ロザリーがレオンの頭に手を置いた。
「レオンを姉ガラのもとに連れて行く旅の途中なのです」
だからとばかりは言い切れないが、ともかく、カリュが激しく感情を露わにする姿を見せたのは初めてであった。黒い布で片目を覆うロザリーの胸の中で、子どものように泣きじゃくった。
「ロザリー様、ロザリー様……」
残った瞳に慈愛の色を浮かべたロザリーが、優しくカリュの頭を撫でる。
総候参朝の前、アイカに付きっ切りでテーブルマナーを教え込んでくれた侍女長3人のうち2人が、旧都の高台で思わぬ再会を果たした。
先輩侍女長の名を呼ぶばかりであったカリュが、顔をロザリーの胸に埋めたまま、嗚咽交じりに悔恨の言葉を吐いた。
「……サフィナ様と、……エディン様を、……お守りすることが出来ませんでした。……侍女長の役を汚してしまいました」
「すべては、私の不覚が招いたこと」
穏やかながら苦しそうに絞り出されたロザリーの言葉に、カリュがハッと顔をあげた。
ロザリーはその両手でカリュの顔をはさみ、親指で涙を拭った。
「この事態を招いたのは、私がファウロス陛下を正しく支えられなかったがため。サフィナ様のお気持ちを汲み取れず、陛下に穏便にお繋ぎできなかった」
「……それは、私とて」
「カリュは、よくサフィナ様をお支えいたしました。そして、新しき主君を得たのは、エディン様の遺志を汲んでのことであろう」
「……はい」
「優しき御子であられた」
「……はい」
「主君あってこその侍女ぞ。……リティア殿下への、そして、御義妹君アイカ殿下への忠勤に励むのですよ。きっと、それがエディン様のお気持ちにも叶いましょう」
「……私は、……これで良かったと思われますか?」
ロザリーはカリュの顔から手をはなし、頭をポンポンッと叩いた。
「よい」
その短い言葉に、再び激しく嗚咽を漏らし始めたカリュを、ロザリーは柔らかく抱き止めた。
カリュが胸の奥からあふれ出させた懊悩に、目頭を熱くしていたアイカに、ロザリーが視線を向けた。
「アイカ殿下」
「はっ、はいっ!」
「リティア殿下と義姉妹の契りを結ばれたとか。誠におめでとうございます」
「い、いえ……そんな……」
「リティア殿下を除いて、この王国の動乱を鎮められる方はいらっしゃいません」
王国の《白銀の支柱》と呼ばれた、その威厳を放つ一言であった。
初めてロザリーに対面したアイラやジョルジュでさえ、思わず背筋を伸ばさずにはいられなかった。
ただ、第2王子ステファノスが統治する旧都テノリクアで放つ言葉としては、いささか危うい。聞く者によっては、王位継承権を持つステファノスを蔑ろにしているとも受け取られかねない。
しかし、ロザリーは声を潜めることもなく続けた。
「……王位の行方がどこに向かおうとも、リティア殿下の帰還まで動乱が収まることはありません」
「ね、義姉様が……?」
「今の王国には、旗印がないのです……。あるのは男どもの野心と牽制ばかり。これでは《聖山の民》の心がひとつになることはできません。必要なのはリティア殿下の《天衣無縫》。かつて聖山戦争においてファウロス陛下が《聖山の大地》を包み込んだ笑顔こそが必要なのです」
ロザリーは胸にカリュを抱いたまま、よく晴れた青空を見上げた。
「……動乱を招いた私が言えた口ではありませんが」
「いや、そんな……」
「王家がリティア殿下、ペトラ殿下、アメル親王、西南伯公女ロマナ様、そしてアイカ殿下に代を替えるように、王国を支える侍女もまた、カリュ、アイシェ、サラリス、クレイア……、代を替えます。……私はただ残った片目で見守るばかり」
ロザリーが挙げた名前にアメル親王があったことが、アイカには不思議だったが、侍女長ではないクレイアの名前があったことは嬉しかった。しかし、自分の名前まで並んでいるのには違和感があった。
ただ、リティアのもとに行く気がないことを、やんわり伝えてきたことも分かった。
ふふっと、ロザリーが笑った。
「ロマナ様のもとには私もまだ見ぬ新しい侍女、ガラがおりました」
と、ロザリーが視線を向けた高台に登ってくる坂道に、アイカも見知った顔が2つ並んでいた。
先に声をあげたのはアイラだった。
「ピュリサス! それに、レオン!」
恥ずかしそうにはにかむガラの弟レオンが、シモンの若頭ピュリサスに手を引かれて立っていた。
互いの無事を喜びあうアイラとピュリサス。
ロザリーの足もとに駆け寄ったレオンは、頬を赤くしてアイカを見詰めた。
「……ひ、久しぶり。……アイカ」
「ひ、久しぶりぃ~」
人見知りがうつったアイカも、緊張気味に手を小さく振った。
ロザリーがレオンの頭に手を置いた。
「レオンを姉ガラのもとに連れて行く旅の途中なのです」
40
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する
こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」
そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。
だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。
「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」
窮地に追い込まれたフォーレスト。
だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。
こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。
これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる