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第八章 旧都邂逅
179.義姉様の味方
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王都のリーヤボルク兵に出撃の動き――。
この報せに旧都の祭礼騎士団も、密かに出兵準備に取り掛かっている。リーヤボルク兵が空にした王都の後背を突くのがねらいであり、あくまでも秘密裏に準備を進めている。
しかし、領民に対して完全に隠しおおせるものでもなく、街はうすい緊迫感に覆われている。
たとえ王都を奪還したとしても、王都は城壁を持たない。古豪そろう祭礼騎士団といえども、その数は1万に過ぎず、5万5千を数えるリーヤボルク兵を完全に撃破するのは難しい。
それでも、聖山の民が再び一つにまとまる象徴的な意味は大きい。
もしも、旧都を治める第2王子ステファノスと、王都の摂政正妃ペトラが密に連携していたなら、ペトラは夫サミュエルに出陣を促していたかもしれない。
だが、ペトラの思い描いていた《決戦》は、王都の外で聖山の民が一枚岩となってリーヤボルク兵に挑むという構図であった。兵力的には最大規模であるリーヤボルク兵が、王国各地に散らばる騎士団を各個撃破していくことを避けたかった。
そのため、ペトラはリーヤボルク兵を王都から動かさない策を採っている。
すれ違う思惑が、こう着状態を長引かせていることに、ペトラもステファノスも気が付いていない。その間も王都の富がサミュエルに吸い上げられているというのに。
思惑が外れているのは王都の南ラヴナラで、息子アスミル、孫ロドスと戦う王弟カリストスも同様であった。
カリストスからすれば子孫に地位と財と権を残してやろうと策謀を働かせてきたというのに、それが息子たちには理解されていなかった。歯がゆくはあるが、どうしても戦陣の指揮が鈍る。しかも、戦意旺盛な曾孫アメルの手前、和議という策も採れずにいた。
王都のリーヤボルク兵が動けば腹背を突く腹積もりであったが、状況がそれを許さない。
息子アスミルに書状を送っても、ルカスに忠誠を誓うべきだとの返事ばかりで聞く耳を持たない。互いが率いるサーバヌ騎士団どうしの争いに決着をつけることが出来ない。
旧都のステファノスにも、ラヴナラの状況は伝わっており、王都を奪還したあとの絵図が描けている訳ではない。それでも、好機に手をこまねいている訳にもいかない。
アイカが面会したステファノスの表情は険しかった。
――偉大なる父王ファウロスの生涯を開いた聖山王と王太后が尊いならば、閉じたバシリオスもまた等しく尊い。
アイカが伝えるリティアの言葉に、軽く眉を動かした。
「……リティアは、自分の還りを待てと言っているな」
隣に座す第2王子妃ユーデリケが微笑んだ。
「テノリア王家は女子の方が、肝が据わっておりますね」
「ふむ……」
「第1王女ソフィア様もヴールに入られたとか。ベスニク公を囚われ、孤塁を守る公女ロマナ様をお支えするおつもりでしょう」
――上品ハイソ美魔女。
と、かつてアイカが名づけたユーデリケの美貌は健在であったし、ステファノスのはだけた胸元からのぞく筋肉の厚みにも衰えは見られない。
「あの……」と、アイカが控え目な声を出すと、ヤンキー兄貴分カップルのような第2王子夫妻が目を向けた。
そっと、肩あてを覆っていた布をとり外す。
「あら……」
ユーデリケが、アイカの肩あてに描かれた紋章に目を輝かせる。
「……リティア殿下から義妹ということにしていただきまして。……へへっ」
「おめでとう、アイカさん」
「……へへっ」
カリュが、リティアから預かった義姉妹の契りを証した書状を差し出す。
顔を寄せて書状を確認しているステファノスとユーデリケに、アイカは見惚れてしまう。最強武人の風格を漂わせるステファノスと、優美なユーデリケの仲睦まじい仕草はアイカの《愛で心》を満足させる。
書状から目をあげ、親しげな表情を浮かべたステファノスに、アイカは頭を下げた。
「リティア義姉様からは、ご自身の義妹として胸を張ってカタリナ王太后陛下にお会いせよと申し付かって参りました」
「アイカ……」
ステファノスは席を立ち、アイカの側に近寄り、その手をとった。
「リティアの義妹であれば、我が義妹も同然。……かのバシリオス決起の折、最後まで王宮に踏み止まったリティアを、よくぞ支えてくれた」
「あ、いえ……、へへっ」
「王太后陛下への謁見、よしなに取り計らおう」
「ありがとうございます!」
「……義妹を使者に立てるリティアの心根も、しかと受け取った。ルーファに密使を送り、リティアと気脈を通じよう」
「義姉様も喜びます!」
アイカは使者の役目を果たせたことに胸をなで下ろしていた。
たまたま知遇を得ていたとはいえ、王族の礼儀もなにも分からない身の上だ。愛するがゆえにリティアと距離を置くべきと考え、使者の役を買って出たが上手くことを運ばせる自信があった訳ではない。
リティアが個人的に義姉妹の契りを結んだアイカは、正式に王族の一員となった訳ではない。
扱いとしては、ペトラとファイナが父ルカスの第3王子宮殿に住んでいたのと同様に、独立した宮殿を構えられる身分ではない。王家としては非公式な存在でしかない。
であるのに、ステファノスが、
――我が義妹も同然。
と、親愛の情を示してくれたのは、リティアとの連帯を表明したのに等しい。ステファノスと通じておきたいというリティアの思惑は十二分に達せられた。
と、あとからカリュが解説してくれた。
このときは、
――リティア義姉様の味方になってくれて、嬉しいッス!
と、頭の切れる強面マッチョ感あふれるステファノスの凛々しい顔立ちに、見惚れているだけであった。
*
それから、かつてリティアと共に旧都を訪問したときと同様、王太后カタリナとの謁見に許しが出るのを待って過ごす。
ステファノスは離宮を宿舎に割り当ててくれ、久しぶりに柔らかいベッドで安眠できた。
そして、その間にも奇跡のような再会が、アイカを待ち受けていた。
旧都を見張らせる高台、かつて吟遊詩人リュシアン、侍女クレイアと語らったテラスで、少し寂しそうに微笑む隻眼の女性――、
「ロ、ロザリーさん……」
アイカのつぶやきより先にカリュが駆け出していた。
侍女長の中の侍女長として慕っていたロザリー。その胸に飛び込んだカリュは泣きじゃくった――。
この報せに旧都の祭礼騎士団も、密かに出兵準備に取り掛かっている。リーヤボルク兵が空にした王都の後背を突くのがねらいであり、あくまでも秘密裏に準備を進めている。
しかし、領民に対して完全に隠しおおせるものでもなく、街はうすい緊迫感に覆われている。
たとえ王都を奪還したとしても、王都は城壁を持たない。古豪そろう祭礼騎士団といえども、その数は1万に過ぎず、5万5千を数えるリーヤボルク兵を完全に撃破するのは難しい。
それでも、聖山の民が再び一つにまとまる象徴的な意味は大きい。
もしも、旧都を治める第2王子ステファノスと、王都の摂政正妃ペトラが密に連携していたなら、ペトラは夫サミュエルに出陣を促していたかもしれない。
だが、ペトラの思い描いていた《決戦》は、王都の外で聖山の民が一枚岩となってリーヤボルク兵に挑むという構図であった。兵力的には最大規模であるリーヤボルク兵が、王国各地に散らばる騎士団を各個撃破していくことを避けたかった。
そのため、ペトラはリーヤボルク兵を王都から動かさない策を採っている。
すれ違う思惑が、こう着状態を長引かせていることに、ペトラもステファノスも気が付いていない。その間も王都の富がサミュエルに吸い上げられているというのに。
思惑が外れているのは王都の南ラヴナラで、息子アスミル、孫ロドスと戦う王弟カリストスも同様であった。
カリストスからすれば子孫に地位と財と権を残してやろうと策謀を働かせてきたというのに、それが息子たちには理解されていなかった。歯がゆくはあるが、どうしても戦陣の指揮が鈍る。しかも、戦意旺盛な曾孫アメルの手前、和議という策も採れずにいた。
王都のリーヤボルク兵が動けば腹背を突く腹積もりであったが、状況がそれを許さない。
息子アスミルに書状を送っても、ルカスに忠誠を誓うべきだとの返事ばかりで聞く耳を持たない。互いが率いるサーバヌ騎士団どうしの争いに決着をつけることが出来ない。
旧都のステファノスにも、ラヴナラの状況は伝わっており、王都を奪還したあとの絵図が描けている訳ではない。それでも、好機に手をこまねいている訳にもいかない。
アイカが面会したステファノスの表情は険しかった。
――偉大なる父王ファウロスの生涯を開いた聖山王と王太后が尊いならば、閉じたバシリオスもまた等しく尊い。
アイカが伝えるリティアの言葉に、軽く眉を動かした。
「……リティアは、自分の還りを待てと言っているな」
隣に座す第2王子妃ユーデリケが微笑んだ。
「テノリア王家は女子の方が、肝が据わっておりますね」
「ふむ……」
「第1王女ソフィア様もヴールに入られたとか。ベスニク公を囚われ、孤塁を守る公女ロマナ様をお支えするおつもりでしょう」
――上品ハイソ美魔女。
と、かつてアイカが名づけたユーデリケの美貌は健在であったし、ステファノスのはだけた胸元からのぞく筋肉の厚みにも衰えは見られない。
「あの……」と、アイカが控え目な声を出すと、ヤンキー兄貴分カップルのような第2王子夫妻が目を向けた。
そっと、肩あてを覆っていた布をとり外す。
「あら……」
ユーデリケが、アイカの肩あてに描かれた紋章に目を輝かせる。
「……リティア殿下から義妹ということにしていただきまして。……へへっ」
「おめでとう、アイカさん」
「……へへっ」
カリュが、リティアから預かった義姉妹の契りを証した書状を差し出す。
顔を寄せて書状を確認しているステファノスとユーデリケに、アイカは見惚れてしまう。最強武人の風格を漂わせるステファノスと、優美なユーデリケの仲睦まじい仕草はアイカの《愛で心》を満足させる。
書状から目をあげ、親しげな表情を浮かべたステファノスに、アイカは頭を下げた。
「リティア義姉様からは、ご自身の義妹として胸を張ってカタリナ王太后陛下にお会いせよと申し付かって参りました」
「アイカ……」
ステファノスは席を立ち、アイカの側に近寄り、その手をとった。
「リティアの義妹であれば、我が義妹も同然。……かのバシリオス決起の折、最後まで王宮に踏み止まったリティアを、よくぞ支えてくれた」
「あ、いえ……、へへっ」
「王太后陛下への謁見、よしなに取り計らおう」
「ありがとうございます!」
「……義妹を使者に立てるリティアの心根も、しかと受け取った。ルーファに密使を送り、リティアと気脈を通じよう」
「義姉様も喜びます!」
アイカは使者の役目を果たせたことに胸をなで下ろしていた。
たまたま知遇を得ていたとはいえ、王族の礼儀もなにも分からない身の上だ。愛するがゆえにリティアと距離を置くべきと考え、使者の役を買って出たが上手くことを運ばせる自信があった訳ではない。
リティアが個人的に義姉妹の契りを結んだアイカは、正式に王族の一員となった訳ではない。
扱いとしては、ペトラとファイナが父ルカスの第3王子宮殿に住んでいたのと同様に、独立した宮殿を構えられる身分ではない。王家としては非公式な存在でしかない。
であるのに、ステファノスが、
――我が義妹も同然。
と、親愛の情を示してくれたのは、リティアとの連帯を表明したのに等しい。ステファノスと通じておきたいというリティアの思惑は十二分に達せられた。
と、あとからカリュが解説してくれた。
このときは、
――リティア義姉様の味方になってくれて、嬉しいッス!
と、頭の切れる強面マッチョ感あふれるステファノスの凛々しい顔立ちに、見惚れているだけであった。
*
それから、かつてリティアと共に旧都を訪問したときと同様、王太后カタリナとの謁見に許しが出るのを待って過ごす。
ステファノスは離宮を宿舎に割り当ててくれ、久しぶりに柔らかいベッドで安眠できた。
そして、その間にも奇跡のような再会が、アイカを待ち受けていた。
旧都を見張らせる高台、かつて吟遊詩人リュシアン、侍女クレイアと語らったテラスで、少し寂しそうに微笑む隻眼の女性――、
「ロ、ロザリーさん……」
アイカのつぶやきより先にカリュが駆け出していた。
侍女長の中の侍女長として慕っていたロザリー。その胸に飛び込んだカリュは泣きじゃくった――。
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