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第七章 姉妹契誓

163.王都の北離宮

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 変事を伝える書状を、リティアは机に置いた。


「カリストス叔父上、あの切れ者も足下は疎かであったか……」


 ラヴナラに拠る王弟カリストスの息子、親王アスミルがルカスの即位に賛同して父に背いたのだ。


「父上は、はかりごとに依りすぎる! 正統の王位が継がれたのなら喜ばしいことではないのか⁉」


 というのが、アスミルの言い分であった。

 その意見に息子ロドスも賛同した。ロドスは、バシリオスとエカテリニの一人娘アリダを妃に迎えている。

 息子と孫に背かれる形になったカリストスであったが、曾孫のアメル親王だけが味方になった。


「父上も、アスミルお祖父さまも、野心というものはないのか⁉ カリストス大お祖父様に従い、王位を狙うべきだ‼ この混乱に乗じずして、我らの血統が王国で大をなす機会がいつ来ると言うのだ!」


 狂親王とも呼ばれるアメルは、そう言い放ち、なんと父と祖父に攻め込んだ。

 間一髪、難を逃れたアスミルとロドスであったが、これをキッカケにカリストスが掌握していたサーバヌ騎士団も真っ二つに割れた。

 筆頭万騎兵長アレク率いる1万が、アスミルとロドスに。

 万騎兵長バイロン率いる1万が、カリストスとアメルに。

 曽祖父と曾孫、息子と孫に別れて、ラヴナラは内戦状態に陥った。これに対して、王都ヴィアナのルカスもリーヤボルク兵も静観の姿勢を貫いた。

 ただ、アルナヴィスのサヴィアスは、色気を出してアルニティア騎士団を率いて出兵した。

 どちらか一方の勢力に味方し、機を見て勢力を吸収する腹であった。

 しかし、その後背をアルナヴィス候の兵に衝かれる。

 サヴィアスの尊大な振る舞いに怒りが臨界点に達していたアルナヴィスの兵たちも、喜び勇んで突撃していった。

 完全に油断しているところを奇襲された形で、アルニティア騎士団は敗走したが、万騎兵長キリアルの指揮の下、すぐに態勢を立て直す。

 怒り狂ったサヴィアスの命で、アルニティア騎士団とアルナヴィスも交戦状態に陥った。


「サヴィアスめ……、想像の三倍以上、阿呆だな……」


 と、リティアもロマナもつぶやいた。

 しかし、ロマナも動きがとれない。

 西南伯領北方の、ペノリクウス候とシュリエデュグラ候が会盟を結んだという報せが届いている。

 元来、この二候にチュケシエ候を加えた西方三候は親しい関係にある。これを分断するため、チュケシエを西南伯領に加えたのは、当時カリストスの遠謀であった。

 それを、ロマナが上手く活用して、早々にエカテリニはじめチュケシエ候の家族を人質にとったことが効いている。

 とはいえ、会盟した二候の動向をにらんで、下手な動きはとれない。

 渋い顔をするロマナの横で、侍女のガラが喜声をあげた。


「ロマナ様! リティア殿下が、無事にルーファに入られたようですね!」


 プシャン砂漠が隔て、さらに王都からも遠いヴールに、ようやくリティアの無事を報せる情報が届いた。


「うむ。まずは無事で良かった」

「はいっ!」

「さて……、これからどう動くかだな、リティア」

「きっと、考えもつかないことをされますよ!」

「……ふふっ。そうだな」

「そうですとも!」

「いざというとき、リティアに盛大に恩を売れるよう、我らも力を蓄えておかねばならんな」


 ロマナは、ラヴナラとアルナヴィス、ほぼ同時に勃発した内戦を、どちらも静観することに決めた。


  *


 王都ヴィアナ。

 かつて、側妃エメーウが暮らした北離宮はリーヤボルク兵に接収されていた。

 そこに、バシリオスと侍女長サラナが移り住んだ。

 ヨハンという、身体が巨きいばかりで頭の弱いリーヤボルク兵が見張りにいたが、地下牢に比べれば風が通り、日光にあたれるだけでも、サラナには天国のように感じられた。

 長きに渡った地下牢暮らしで、バシリオスの身体は衰え、立つこともままならない。

 日々の世話はサラナが一人で行う。

 ヨハンも頭が弱いなりに、果物などを持って来てくれることがある。サラナはありがたく受け取ってバシリオスの食事に加える。

 時折、立派な体躯をした商人の夫妻がヨハンの元を訪れて、なにかれとなく贈り物をして帰る。

 頭の弱いヨハンでさえ『リーヤボルクの兵士様』なのだと、現在の王都を憂いる気持ちも起きるが、今の自分の身の上では、考えても虚しいばかりだと首を振る。

 ただ、その贈り物をヨハンは惜しげもなくサラナに渡してくれる。

 小柄なサラナの三倍はあろうかという巨体を小さくかがめて「……もらってくれるか?」と、毎回、恐縮したように差し出してくる。顔のつくりも強面のヨハンのそのような姿に、ニコッと笑みを返して礼を言う。

 地下牢にいるとき、サラナはヨハンからをされた。

 しかし、サラナはそのことを思い出すたびに、なぜか不思議と笑いがこみ上げてくるのだ。

 善意とはなにか、サラナは笑いながら考え込んでしまう――。
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