163 / 307
第七章 姉妹契誓
152.国をつくる
しおりを挟む
北離宮に去るエメーウの背中を見送るリティアの傍に、ヨルダナが立った。
エメーウの妹、リティアの叔母にあたるヨルダナは、いつもの人形のように美しい無表情ながら、発する声には哀切な響きが乗っていた。
「時を見て、とはいかなかったのです……」
「ヨルダナ叔母様……」
「ズルズルと時を重ねては、余計に離れがたくさせてしまう。ルーファに入ったこのタイミングが、お姉様のお心に最も負担が少なくて済むと、皆で考えたのです」
「お心遣い、ありがとうございます。母上と砂漠を旅し、とても楽しかったのです!」
「殿下……」
「駱駝の乗り方を教えてもらい、一緒に乗って笑い合いました。鉄砲水から我が第六騎士団を救ってもくださいました。とてもとても、良き思い出をいただきました! リティアは、生涯忘れません」
「……ただ、リティア殿下」
「はい!」
「もしも、殿下が《砂漠の民》として生きることをお選びになるのであれば、お止めいたしませんし、むしろ歓迎いたします。我らは殿下の生き方を、強制するつもりは毛頭ございません」
「分かりました、ヨルダナ叔母上!」
「申し遅れましたが……」
と、ヨルダナをはじめ、その場にいるルーファの者全員がリティアに深く頭を下げた。
「御父君、ファウロス陛下のご崩御を、謹んでお悔やみ申し上げます」
リティアの目に、急激に涙が浮かびあがった。
異国の貴人から示された弔意は、父の死に改めて実感を抱かされるに充分な荘厳さを具えていた。
思わず目でアイカを探すと、アイカも目に涙を浮かべてくれている。
リティアは小さく頷き、ヨルダナ、そして大首長セミールたちに頭を下げて謝意を伝えた。
◇
――完全に、リティア宮殿だ……。
足を踏み入れたアイカは、驚きと感心と興奮を覚えながら自分の部屋まで進んだ。
リティアは苦笑いが止まらなかった。
――恐るべき、ルーファの諜報力。
近侍の者以外立ち入ることのなかった奥殿でさえ、精巧に再現されている。
「おっ! ここは再現が甘いな!」
と、多少の差異を見つけては笑いが起きるほど、全体としては完璧に再現されている。
帰って来た――、と、錯覚せんばかりであった。
しかし、もちろん窓からの景色は異なる。
いつも見下ろしていた神殿街も、王都の喧騒もない。
執務室に侍女や主だった家臣を集めたリティアは、王都への帰還を宣言した。
「すぐにと言う訳ではない。ルーファで力を養う必要がある」
皆が、頷いた。
「プシャン砂漠を渡って気が付いたことがある。ことのほか、賊が多い」
「たしかに『謁見』の列が途絶えることがありませんでしたからな」
と、ジリコの叩いた軽口に、皆が苦笑いを浮かべた。
「王都に育った私では、想像することもなかったことだ。なにもない砂漠で、あの者たちはいかに生活しているのか」
「言われてみれば……」
ルーファ育ちのアイシェとゼルフィアも首をひねった。
「あの者らを、丸ごと第六騎士団に編入したい」
「「おおっ……」」
無頼と交わることさえ厭わないリティアらしい発想に、皆が唸った。
「ふふっ。王国にありながら主祭神を定めず『六番目の騎士団』とだけ名乗ったことが、ここで活きてくるとはな」
「たしかに……」
と、儀典官のイリアスがいつもの仏頂面で頷いた。
「我らに『挨拶』に来てくれた者たちを見ると、《砂漠の民》もいれば《山々の民》もいた。なかには《草原の民》もいないことはなかった。この分だと南に回れば《密林国》の者たちがいても驚かない。彼らに聖山の神々への信仰を強いれば、騎士団への編入は難航するだろう」
思案顔をしたクレイアが声をあげた。
「あの髭面の首領ジョルジの話しぶりでは、賊にも家族がある風情でしたが」
「もちろん、丸ごと引き受ける」
「丸ごと……、ですか?」
「そうだ。ゆえに、騎士団の増員を図るという感覚でことに当たればしくじる。私たちの国をつくるのだ」
「国を……」
「もともと、第六騎士団は他の正統派騎士団には収まり切らなかった、はみ出し者、荒くれ者、慮外者をかき集めて作った騎士団ではないか」
リティアは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「慮外者たちの、楽園を築こうぞ!」
楽園――っ! アイカはリティアの言葉に目を輝かせ、続く言葉に耳を澄ました。
一言も聞き漏らしたくはなかった――。
エメーウの妹、リティアの叔母にあたるヨルダナは、いつもの人形のように美しい無表情ながら、発する声には哀切な響きが乗っていた。
「時を見て、とはいかなかったのです……」
「ヨルダナ叔母様……」
「ズルズルと時を重ねては、余計に離れがたくさせてしまう。ルーファに入ったこのタイミングが、お姉様のお心に最も負担が少なくて済むと、皆で考えたのです」
「お心遣い、ありがとうございます。母上と砂漠を旅し、とても楽しかったのです!」
「殿下……」
「駱駝の乗り方を教えてもらい、一緒に乗って笑い合いました。鉄砲水から我が第六騎士団を救ってもくださいました。とてもとても、良き思い出をいただきました! リティアは、生涯忘れません」
「……ただ、リティア殿下」
「はい!」
「もしも、殿下が《砂漠の民》として生きることをお選びになるのであれば、お止めいたしませんし、むしろ歓迎いたします。我らは殿下の生き方を、強制するつもりは毛頭ございません」
「分かりました、ヨルダナ叔母上!」
「申し遅れましたが……」
と、ヨルダナをはじめ、その場にいるルーファの者全員がリティアに深く頭を下げた。
「御父君、ファウロス陛下のご崩御を、謹んでお悔やみ申し上げます」
リティアの目に、急激に涙が浮かびあがった。
異国の貴人から示された弔意は、父の死に改めて実感を抱かされるに充分な荘厳さを具えていた。
思わず目でアイカを探すと、アイカも目に涙を浮かべてくれている。
リティアは小さく頷き、ヨルダナ、そして大首長セミールたちに頭を下げて謝意を伝えた。
◇
――完全に、リティア宮殿だ……。
足を踏み入れたアイカは、驚きと感心と興奮を覚えながら自分の部屋まで進んだ。
リティアは苦笑いが止まらなかった。
――恐るべき、ルーファの諜報力。
近侍の者以外立ち入ることのなかった奥殿でさえ、精巧に再現されている。
「おっ! ここは再現が甘いな!」
と、多少の差異を見つけては笑いが起きるほど、全体としては完璧に再現されている。
帰って来た――、と、錯覚せんばかりであった。
しかし、もちろん窓からの景色は異なる。
いつも見下ろしていた神殿街も、王都の喧騒もない。
執務室に侍女や主だった家臣を集めたリティアは、王都への帰還を宣言した。
「すぐにと言う訳ではない。ルーファで力を養う必要がある」
皆が、頷いた。
「プシャン砂漠を渡って気が付いたことがある。ことのほか、賊が多い」
「たしかに『謁見』の列が途絶えることがありませんでしたからな」
と、ジリコの叩いた軽口に、皆が苦笑いを浮かべた。
「王都に育った私では、想像することもなかったことだ。なにもない砂漠で、あの者たちはいかに生活しているのか」
「言われてみれば……」
ルーファ育ちのアイシェとゼルフィアも首をひねった。
「あの者らを、丸ごと第六騎士団に編入したい」
「「おおっ……」」
無頼と交わることさえ厭わないリティアらしい発想に、皆が唸った。
「ふふっ。王国にありながら主祭神を定めず『六番目の騎士団』とだけ名乗ったことが、ここで活きてくるとはな」
「たしかに……」
と、儀典官のイリアスがいつもの仏頂面で頷いた。
「我らに『挨拶』に来てくれた者たちを見ると、《砂漠の民》もいれば《山々の民》もいた。なかには《草原の民》もいないことはなかった。この分だと南に回れば《密林国》の者たちがいても驚かない。彼らに聖山の神々への信仰を強いれば、騎士団への編入は難航するだろう」
思案顔をしたクレイアが声をあげた。
「あの髭面の首領ジョルジの話しぶりでは、賊にも家族がある風情でしたが」
「もちろん、丸ごと引き受ける」
「丸ごと……、ですか?」
「そうだ。ゆえに、騎士団の増員を図るという感覚でことに当たればしくじる。私たちの国をつくるのだ」
「国を……」
「もともと、第六騎士団は他の正統派騎士団には収まり切らなかった、はみ出し者、荒くれ者、慮外者をかき集めて作った騎士団ではないか」
リティアは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「慮外者たちの、楽園を築こうぞ!」
楽園――っ! アイカはリティアの言葉に目を輝かせ、続く言葉に耳を澄ました。
一言も聞き漏らしたくはなかった――。
35
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!!
僕は異世界転生してしまう
大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった
仕事とゲームで過労になってしまったようだ
とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた
転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった
住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる
◇
HOTランキング一位獲得!
皆さま本当にありがとうございます!
無事に書籍化となり絶賛発売中です
よかったら手に取っていただけると嬉しいです
これからも日々勉強していきたいと思います
◇
僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました
毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
神様 なかなか転生が成功しないのですが大丈夫ですか
佐藤醤油
ファンタジー
主人公を神様が転生させたが上手くいかない。
最初は生まれる前に死亡。次は生まれた直後に親に捨てられ死亡。ネズミにかじられ死亡。毒キノコを食べて死亡。何度も何度も転生を繰り返すのだが成功しない。
「神様、もう少し暮らしぶりの良いところに転生できないのですか」
そうして転生を続け、ようやく王家に生まれる事ができた。
さあ、この転生は成功するのか?
注:ギャグ小説ではありません。
最後まで投稿して公開設定もしたので、完結にしたら公開前に完結になった。
なんで?
坊、投稿サイトは公開まで完結にならないのに。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる