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第六章 蹂躙公女
146.笑い涙
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ロマナは、冷然と使者ゴベールに命じた。
「王太子妃殿下の御前である。バシリオス殿下の消息を述べよ」
「な…………」
アーロンとリアンドラの報せで『バシリオスが地下牢で生きているらしい』という噂を、ロマナは掴んでいた。
――生かしておくからには、利用価値を見ている。
ロマナは、そう睨んだ。
それは同時に、ベスニクの生命も安易に奪うことはないと見通せた。
――ルカスの側には、謀略好きがいる。
エカテリニを引き取ったのは、リーヤボルクから威圧されたチュケシエが差し出してしまう恐れなしとはしなかったからでもある。
「バ……、バシリオス殿下におかれては……、ご壮健にございます……」
ゴベールは、居並ぶ4人の女性の威厳に押されて、つい機密を漏らしてしまった。
50歳近辺の女性3人を従える17歳の公女という光景も、ゴベールの気を呑むのに充分すぎる異容であった。
しかもその公女は、自分が王都ヴィアナを旅行気分で経ってからヴールに着くまでに、次々と西南伯幕下の列候を屈服させたと聞く。
その《西南伯の鉞》の刃が、眼前で輝いている。
リーヤボルクの将として、女性の刃にかかって死ぬのは嫌だ――、という思いが俄かに湧きあがった――。
◇
使者を歓待する宴に場を移すと、今度は第1王女ソフィアの出番であった。
奔流のような言葉の洪水で、使者ゴベールを懐柔していく。謁見の間での姿とはうって変わって、惜しみない愛嬌を発揮し、酒に酔わせて王都の状況を洗いざらい喋らせる。
リーヤボルク軍と王都ヴィアナの機密を知り尽くしている訳ではないゴベールだったが、貴重な情報を多数ヴールにもたらした。
しかし、ベスニクの所在だけは本当に知らないようであった。
酔い潰れたゴベールを宿舎に放り込むと、ロマナとソフィア、それにウラニア、エカテリニの4人はロマナの執務室に集まった。側にはガラも控えている。
酔い覚ましのお茶を口にしながら、ウラニアが静かに口を開いた。
「ベスニク様のことは、諦めてもよいのです」
「そんな、お姉様!」
「ソフィアの気持ちは嬉しいわ。だけどね、ベスニク様はご自分の命より、ヴールが誇り高くあることを望まれていると思うの」
「お祖母様の仰る通りだと思います」
「そんな、ロマナちゃんまで……」
「ですから、誇り高いヴールは必ずお祖父様を救出せねばなりません」
「ロマナ……」
「うんうん! ロマナちゃん、そうよね! そうよね! いつ行く? 私の軍も使ってくれていいからね⁉」
「大おば……ソフィア様。すぐに兵を発しては、相手の思うツボなのです」
「ええ――っ⁉ どういうこと?」
「ルカス殿下を籠絡したリーヤボルクの狙いは、我らの屈服、もしくは出兵です。今、リーヤボルクの兵が王都ヴィアナを離れれば、カリストス殿下をはじめ、ステファノス殿下も動かれるでしょう。そうではなく、我らの方から出兵してきたところを叩きたいのです」
「うーん。そっかぁ……」
「ですが、すでにアーロンとリアンドラを王都に潜伏させております。報告では無頼たちと接触し、廃太子アレクセイ殿下の系譜を継ぐシモンという親分からの協力を取り付けておるようです」
「ああ、なら、安心ねぇ……」
「お祖父様の所在がつかめれば、電光石火に決死隊を送り込んで救出します」
「分かりました」
と、ウラニアが静かに微笑んだ。
「ロマナに任せるわ。思うようにやって頂戴」
「ありがとうございます」
「私は、ソフィアとエカテリニ様と、のんびり過ごさせてもらうわ」
「私は…………」
と、エカテリニがか細い声を発した。
ロマナがその手を取って、髪色に似た紅色の瞳をジッと見詰めた。
「バシリオス殿下が囚われていることが確かとなりました」
「はい……私のせいで……。私が……陛下への不満など口にしたから……」
「今は、そのことをお考えになってはなりません」
ロマナの優しい声音に、ソフィアとウラニアも頷いて見せた。
「リーヤボルクめがバシリオス殿下を捕えているのは、なんらか思うように利用しようとしているからです。しかし、恐らく殿下はそれに抵抗されている。だから存在が表に出てこないのです」
「……」
「エカテリニ様が、あやつらに奪われては、バシリオス殿下の意思を曲げさせる脅しの道具として使われることは間違いございません。お心持ちは重々理解しておりますが、殿下の無事のためにも、ここはヴールで羽根を休めてくださいませ」
エカテリニは、黙ってうなずいた。
「ん、もう! ほんとにロマナちゃんは賢いわねぇ! 強いし、可愛いし、綺麗だし! ソフィア、惚れちゃいそうだわ!」
「ちょ、ちょっと、大叔母様――⁉」
「ん――っ!! 好き好き! ソフィア、ロマナちゃんのこと全力応援しちゃうんだから――!」
と、ロマナに飛び掛かるように抱き着いたソフィアに、場はやっと笑いに包まれ、エカテリニも笑い涙を拭った――。
「王太子妃殿下の御前である。バシリオス殿下の消息を述べよ」
「な…………」
アーロンとリアンドラの報せで『バシリオスが地下牢で生きているらしい』という噂を、ロマナは掴んでいた。
――生かしておくからには、利用価値を見ている。
ロマナは、そう睨んだ。
それは同時に、ベスニクの生命も安易に奪うことはないと見通せた。
――ルカスの側には、謀略好きがいる。
エカテリニを引き取ったのは、リーヤボルクから威圧されたチュケシエが差し出してしまう恐れなしとはしなかったからでもある。
「バ……、バシリオス殿下におかれては……、ご壮健にございます……」
ゴベールは、居並ぶ4人の女性の威厳に押されて、つい機密を漏らしてしまった。
50歳近辺の女性3人を従える17歳の公女という光景も、ゴベールの気を呑むのに充分すぎる異容であった。
しかもその公女は、自分が王都ヴィアナを旅行気分で経ってからヴールに着くまでに、次々と西南伯幕下の列候を屈服させたと聞く。
その《西南伯の鉞》の刃が、眼前で輝いている。
リーヤボルクの将として、女性の刃にかかって死ぬのは嫌だ――、という思いが俄かに湧きあがった――。
◇
使者を歓待する宴に場を移すと、今度は第1王女ソフィアの出番であった。
奔流のような言葉の洪水で、使者ゴベールを懐柔していく。謁見の間での姿とはうって変わって、惜しみない愛嬌を発揮し、酒に酔わせて王都の状況を洗いざらい喋らせる。
リーヤボルク軍と王都ヴィアナの機密を知り尽くしている訳ではないゴベールだったが、貴重な情報を多数ヴールにもたらした。
しかし、ベスニクの所在だけは本当に知らないようであった。
酔い潰れたゴベールを宿舎に放り込むと、ロマナとソフィア、それにウラニア、エカテリニの4人はロマナの執務室に集まった。側にはガラも控えている。
酔い覚ましのお茶を口にしながら、ウラニアが静かに口を開いた。
「ベスニク様のことは、諦めてもよいのです」
「そんな、お姉様!」
「ソフィアの気持ちは嬉しいわ。だけどね、ベスニク様はご自分の命より、ヴールが誇り高くあることを望まれていると思うの」
「お祖母様の仰る通りだと思います」
「そんな、ロマナちゃんまで……」
「ですから、誇り高いヴールは必ずお祖父様を救出せねばなりません」
「ロマナ……」
「うんうん! ロマナちゃん、そうよね! そうよね! いつ行く? 私の軍も使ってくれていいからね⁉」
「大おば……ソフィア様。すぐに兵を発しては、相手の思うツボなのです」
「ええ――っ⁉ どういうこと?」
「ルカス殿下を籠絡したリーヤボルクの狙いは、我らの屈服、もしくは出兵です。今、リーヤボルクの兵が王都ヴィアナを離れれば、カリストス殿下をはじめ、ステファノス殿下も動かれるでしょう。そうではなく、我らの方から出兵してきたところを叩きたいのです」
「うーん。そっかぁ……」
「ですが、すでにアーロンとリアンドラを王都に潜伏させております。報告では無頼たちと接触し、廃太子アレクセイ殿下の系譜を継ぐシモンという親分からの協力を取り付けておるようです」
「ああ、なら、安心ねぇ……」
「お祖父様の所在がつかめれば、電光石火に決死隊を送り込んで救出します」
「分かりました」
と、ウラニアが静かに微笑んだ。
「ロマナに任せるわ。思うようにやって頂戴」
「ありがとうございます」
「私は、ソフィアとエカテリニ様と、のんびり過ごさせてもらうわ」
「私は…………」
と、エカテリニがか細い声を発した。
ロマナがその手を取って、髪色に似た紅色の瞳をジッと見詰めた。
「バシリオス殿下が囚われていることが確かとなりました」
「はい……私のせいで……。私が……陛下への不満など口にしたから……」
「今は、そのことをお考えになってはなりません」
ロマナの優しい声音に、ソフィアとウラニアも頷いて見せた。
「リーヤボルクめがバシリオス殿下を捕えているのは、なんらか思うように利用しようとしているからです。しかし、恐らく殿下はそれに抵抗されている。だから存在が表に出てこないのです」
「……」
「エカテリニ様が、あやつらに奪われては、バシリオス殿下の意思を曲げさせる脅しの道具として使われることは間違いございません。お心持ちは重々理解しておりますが、殿下の無事のためにも、ここはヴールで羽根を休めてくださいませ」
エカテリニは、黙ってうなずいた。
「ん、もう! ほんとにロマナちゃんは賢いわねぇ! 強いし、可愛いし、綺麗だし! ソフィア、惚れちゃいそうだわ!」
「ちょ、ちょっと、大叔母様――⁉」
「ん――っ!! 好き好き! ソフィア、ロマナちゃんのこと全力応援しちゃうんだから――!」
と、ロマナに飛び掛かるように抱き着いたソフィアに、場はやっと笑いに包まれ、エカテリニも笑い涙を拭った――。
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