上 下
152 / 307
第六章 蹂躙公女

142.止まぬ相槌

しおりを挟む
 手元に届いた、正体不明の軍勢が掲げる軍旗の紋章の絵図を見て、ロマナは眉をハの字に、困り笑いを浮かべた。


「ソフィア大叔母様の紋ではないか」

「はっ。バンコレアの軍勢だったようですな」


 勇将ミゲルも苦笑い気味に応えた。

 ソフィアは先王ファウロスと正妃アナスタシアの間に生まれた娘で、バシリオスの妹、ルカスの姉にあたる。

 西南伯領の北東に位置するバンコレア候に嫁いでいたが、第1王女位を保持している。


「……や、やっかいなのが来たな」

「はあ……」

「ミゲル……、お前も先の総候参朝の折りには、ソフィア大叔母様につかまって小一時間、話を聞かされていたと聞いたぞ?」

「ははは……、結構なお話でしたな……」

「嘘をつけ。中味などなかったのであろう?」

「はは……、私の口からは……」


 ミゲルが勇将の名に似合わない、情けない表情を浮かべたとき、近衛兵のブレンダが前方を指差し声をあげた。


「ロマナ様! カリストス殿下のサーバヌ騎士団が!」

「むっ」


 表情を引き締めたロマナが顔を向けると、サーバヌ騎士団の軍勢が、兵を退き始めていた。


「バンコレア軍の出現を、撤兵の機と見たか」

「ロマナ様」


 今度は、猛将ダビドが南に指を向けた。


「アルナヴィスも兵を退くようですな」

「サーバヌ騎士団の腹背を襲っても、バンコレア軍に喰い付かれてはたまらんだろうからな。バンコレアの意図が読めぬ以上、賢明な判断だな。……もっとも、ソフィア大叔母様の意図が読める者などいないと思うが」

「ははっ……」


 と、その場にいた将たちから、乾いた苦笑いが響いた。

 ロマナは表情を改め、指示を飛ばす。


「サーバヌ騎士団、アルナヴィス軍、双方の撤兵を完全に見届けてから、我らも退く。ただし、取って返す策でないとも限らん。偵騎を放ち、警戒を怠るな」


 ◇


「ロマナちゃ――ん! ずぶ濡れじゃないの⁉ だめよ女の子が、こんなに身体冷やして」

「お、大叔母様こそ……」

「オバサマなんて、やめてよやめてよ。ソフィアちゃんって呼んでって、いつも言ってるでしょう?」


 ロマナ率いるヴール軍の陣に姿を見せた第1王女ソフィアは、ふりふりと腰を振っている。

 話が止まらないソフィアを宥めつつ、ロマナは本陣の天幕へと誘った。


「それで、ソフィア……様は、どうしてこちらに?」

「ええーっ? だって、カリストス叔父様もヒドイでしょ? ベスニク閣下がいないとき狙って、兵を出すだなんてぇー! ロマナちゃん頑張ってるのにねぇ!」

「は、はあ……」

「ウチの旦那ちゃんに、すぐ応援の兵を出すべきだー! って、言ったんだけどぉ、ウチのもアレでしょ? いい男だけど、アレコレ考えすぎるタイプじゃない? グズグズ言ってたんだけど、最後は私の話を聞いてくれて『なら、ソフィアが自分で行っていいよ』って言ってくれたのよ」

「それは……、ありがたい……」

「でしょう? でしょう? いいとこあるのよ、ウチの旦那ちゃんも! しかもね、『しばらくロマナの側にいて、援けてあげればいい』って、言ってくれたのよお! 私、お嫁ちゃんなのに、そんなこと言ってくれるなんて感激しちゃってぇ」


 ……押し付けられた。

 と、その場にいる全員が思った。

 が、ソフィアの話は止まらない。


「だから、せっかくだからバンコレアでも強いの千人選んで連れて来たから! ヴールほど強くないけど、カリストス叔父上に『こらーっ!』って言ってやるくらいは出来たと思うのに、逃げちゃうなんて叔父上も、たいしたことないわねっ!」


 ――千人でサーバヌ騎士団に突撃するつもりだったのか……。


 連れて来られた兵が不憫になるなと、皆が思った。


「お、大叔母上……、あ、いや、ソフィア様」

「なあに、ロマナちゃん」

「我らもヴールに帰ります……」

「あ! うんうん! 私も一緒に行くね!」

「あ…………」

「ん?」

「……ありがとうございます」


 ――断ってよぉ……。


 という配下たちの視線を感じたロマナだったが、そんなことを言ったら、言葉が万倍になって返ってくるわと、口をヘの字に見返した。

 やがて雨が上がり、ヴール軍も撤兵を開始した。

 一路、ヴールへ帰還する行軍の中ほどでは、人身御供に差し出された勇将ミゲルがずっとソフィアの話に相槌を打ち続けていた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...