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第六章 蹂躙公女

141.風雨に屹立

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 激しい雷雨がロマナの鎧に撃ちつけ、カンカンと音を鳴らす。

 自らの紋章をあしらった軍旗が強風に煽られ、狂った獣のように空を泳ぎ回っている。その姿は、ロマナの怒りと覚悟を体現しているかのようであった。

 ロマナの背後には《西南伯のえつ》と近衛兵、さらにはヴール軍1万が布陣している。

 鞘に納められた剣を地に打ち立て、胸を反らして正面を見据えている。
 近衛兵のブレンダが、風雨を憂いてロマナに進言する。


「ロマナ様。あまり雨に打たれますと、お身体に障ります」

「かまわん。ここは一歩も退けぬ」

「軍旗がございましたら、ロマナ様のお覚悟は伝わりましょう。それに、私か他の者を代わりに立てても、対陣からは見えますまい」

「相手は《黄金の支柱》王弟カリストスぞ。侮るな。替え玉など、すぐに見抜かれてしまうわ」


 ロマナの氷のような視線の先には、カリストス率いるサーバヌ騎士団8,000が陣を敷いている。

 西南伯領に隣接するグトクリアの南方に向けてカリストスが進軍中との報せを受け、ロマナはただちに出兵した。

 セパラトゥア高原に着陣したヴール軍は、峡谷を挟んで布陣するサーバヌ騎士団とにらみ合った。

 しかも、さらにその南方から、アルナヴィスの兵5,000が現われて、三すくみの膠着状態となった。

 風雨の勢いが衰えない中、ヴールの猛将ダビドがロマナの下に姿を見せた。


「兵は天幕に休ませましたが、いつでも出撃は可能です」

「よし。敵が動けば、出鼻を叩く。兵たちの身体を冷やさせるな」

「……カリストス殿下は、……敵、なのですかな?」

「知れたこと。エズレア謀叛で覇権が揺らいだとみて、西南伯領に介入しようという腹であろう」

「アルナヴィスと示し合わせるとは思えぬのですが……」

「それはそうだと思うぞ」


 ロマナは苦笑いして、表情を崩した。


「アルナヴィスは、我らに一撃加えてやりたいだけだろう。見たところサヴィアスの旗も、アルニティア騎士団の旗も立っておらぬ。ヴールのことが《純粋に》嫌いなだけのアルナヴィス候の兵であろう」

「あやつらに、裏も腹もないですか」


 ダビドも笑った。


「執念深さだけがアルナヴィスの取り柄だからな。それに、あいつらはカリストス殿下が籠るラヴナラのことも嫌っておる。今は、より嫌いなヴールに剣を向けていても、サーバヌ騎士団が突出して腹を見せれば喰いかかろう」

「聖山の民が争っている場合ではないのですがな」

「ふふっ。ダビドよ。自分はエズレア戦で大暴れできたからって、急に平和主義者になるではないか?」

「はっは。これは一本とられましたな」

「カリストス殿下の狙いは、自らの旗の下に聖山の民をまとめることであろう。西南伯ベスニク不在の西南伯領六〇列候への影響力を増し、あまよくば第2王女たるお祖母様から、即位の賛同を得る……といったところだろう。戦闘自体を望んでいる訳ではない」

「なるほど」

「こちらが覚悟を示せば、いずれ退こうが……、アルナヴィス軍が現われたことで、退くに退けなくなっておる」

「迂闊に撤退を始めれば、攻めかかってきましょうからな」

「なにせ《純粋》だからな、あやつらは」

「面倒なことですな」

「まったくだ。だが、我らも一歩も退く訳にはいかん。たとえカリストス殿下が相手であっても、お祖父様不在の間に一領たりとも渡すつもりはない」

「しかし、サーバヌ騎士団が相手ならば腕が鳴りますな。エズレアごときとは勇猛さが違いますからな」

「……ダビド。戦いたくないから、私がこうして雨に打たれているのではないか」


 と、ロマナが呆れたように笑ったとき、同じくヴールの勇将ミゲルが駆け込んできた。


「ロマナ様! 北方より軍勢が現われたと急報が入りました!」

「なに! いずこの兵ぞ⁉ 数は⁉」


 北――、王都ヴィアナ、リーヤボルク……、最悪の想像が頭を瞬時に駆け巡る。


 ――攻め込んで来たなら、お祖父様を盾にしているか……、あるいは既にお命を落とされたか。


 ロマナが険しく眉間に皺を寄せた。


「数は、およそ1,000! 騎兵のみとのこと」

「……少ないな」

「ただ、疾風のごとき速さで南下しておるとのこと。また、この雨で軍旗の紋章を控えてこれなんだ偵騎に、今、描き起こさせております」

「分かった」


 眼前のカリストス率いるサーバヌ騎士団、アルナヴィス軍、それに加えて北から現れた正体不明の軍勢……。

 撃ちつける雨と風の中、ロマナの眼光が鋭さを増す――。
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