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第六章 蹂躙公女
138.遅れをとるな
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出兵したロマナから、ガラは祖母ウラニアに預けられた。
息子の悲報に取り乱したウラニアであったが、既に『ファウロスの娘』の威風を取り戻していた。
ロマナは、容易くエズレア候に屈した母レスティーネを離宮に軟禁処分とし、ウラニアの後見を受けた弟セリムを留守居役とした。
「あらあら、ガラちゃんはリティアのところにいたの? 私ねぇ……、リティアのお姉さんなの」
驚くガラに、ウラニアは悪戯っぽく微笑んだ。
「歳の離れたお姉さん。なんと43も離れてるのよ? ……見えない? うふふ、嘘でも嬉しいわ」
アイカが『ロリババアの実在限界っ!』と、惜しみない称賛を贈ったウラニアの可愛らしさは健在であった。
「セリムは、ガラちゃんと同い年の14歳。仲良くしてやってね」
「あ……はい……。よろしくお願い……いたします……」
「こちら……こそ……、頼む……」
ウラニアに引き合わされた2人は、身分の差に関わらず、顔を赤くしてモジモジするお年頃であった。
そんな2人を「かーわいいわねーっ!」と見守るウラニアは、正真正銘の58歳である。
もっとも、それだけセリムの目に映るガラは美しく可憐であった。
◇
ロマナが公宮に残したのはガラだけではない。
側近の近衛兵アーロンとリアンドラにも別命があった。
「すまぬ。急ぎ王都にたって、お祖父様の行方を探ってほしい。そなたらにしか頼めぬ」
「ははっ」
「かしこまりました」
「夫婦の行商人にでも扮し、市井に溶け込み細大漏らさず情報を集めてほしい。お祖父様の動向であれば、針の落ちる音でも聞き逃すな」
「夫婦の行商……」
と、アーロンとリアンドラは顔を見合わせた。
夫婦役に引っ掛かりはなかったが、2人とも筋肉が過剰なタイプで、見るからに武人の体付きであった。
「大丈夫だ。鉄の塊でも売り歩け」
「鉄の……」
「塊……」
「それよりも、いざというときお祖父様を救出し血路を切り開ける武人でなくては、王都にやる意味がない」
ハッと表情を変えた2人は、跪いて頭を深く下げた。
「かしこまりました」
「必ずや、御主君をお救い奉ります」
「うむ、頼んだ。だが無理はするな。生きて戻れよ」
と、目線を滑らせたロマナの視界に『私も帰りたい』と顔に書いてあるガラの姿が入った。
「ガラ……。戦より戻ってそなたがおらねば、私が寂しい。すでに寂しい。この短い間に私の心をガッシリつかんで、罪な女だな」
と、出兵していくロマナに押し止められたガラは、アーロンとリアンドラに王都の情報を詳しく教えることになった。
あわせて、弟レオンに姉の無事を伝えてくれるよう、堅く頼んだ。
ロマナ側近のアーロンとリアンドラは、ガラがヴールになぜいるのかを、既によく知っている。
「ガラ殿は、ヴールの大恩人。約束は必ず守ります。それに、我らがヴールに帰還する折、可能ならば弟殿もお連れできるように努力いたしましょう」
「もっとも迎えの使者は、ロマナ様が別に発せられるかもしれません。いずれにしてもガラ殿は、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
主君救出の大命が下った2人は、慌ただしく準備を整え、出兵したロマナの後を追うように夜の闇に消えた。
ガラは一人、その闇を空色の瞳でジッと見詰めている――。
◇
夜間の行軍ながら、ロマナは松明の使用を禁じた。しかし、ヴール兵は苦にもせず進軍を続ける。
そして、すぐにロマナの指示が当たった。
偵騎が、近くの森に伏兵が潜んでいることを報せてきたのだ。ただ伏兵といっても堂々と篝火をたき、こちらの軍勢には気が付いていない。
ダビド、ミゲルの両将を呼び、意見を求めた。
「さらなる偵騎を放っておりますが、今のところ潜む兵は、およそ6,000とのこと」
「討って出る我らを待ち伏せするにしては、篝火もたいておるし、いささか不自然」
「敵兵は我らの倍。……出直しますか?」
「いや……」
と、ロマナは偵騎のもたらした簡単な絵図に目を落とした。
「このまま行こう。……恐らく、あやつらはエズレア侯がヴールを掌握した後に、入城し制圧するために潜んでおったのであろう」
「なるほど……」
「それならば合点がいきますな」
「いまだ主君が討たれたことにも気付かぬ間抜けな将が率いるとはいえ、みすみす本領に逃してから討つ必要もあるまい。ここで討つ」
「「ははっ」」
「それに、数から見てエズレアの兵だけではあるまい。逃すなよ? 西南伯の母屋を齧ろうという不埒な鼠は、ここで一網打尽に討ち果たす」
ロマナは闇の向こう、敵兵が潜むという森の輪郭を見据えた。
「兵を分ける。ダビド、ミゲル。我に遅れをとるなよ?」
ロマナは悪戯っぽい笑みを浮かべ、両将は負けじと豪快に笑って胸を張った――。
息子の悲報に取り乱したウラニアであったが、既に『ファウロスの娘』の威風を取り戻していた。
ロマナは、容易くエズレア候に屈した母レスティーネを離宮に軟禁処分とし、ウラニアの後見を受けた弟セリムを留守居役とした。
「あらあら、ガラちゃんはリティアのところにいたの? 私ねぇ……、リティアのお姉さんなの」
驚くガラに、ウラニアは悪戯っぽく微笑んだ。
「歳の離れたお姉さん。なんと43も離れてるのよ? ……見えない? うふふ、嘘でも嬉しいわ」
アイカが『ロリババアの実在限界っ!』と、惜しみない称賛を贈ったウラニアの可愛らしさは健在であった。
「セリムは、ガラちゃんと同い年の14歳。仲良くしてやってね」
「あ……はい……。よろしくお願い……いたします……」
「こちら……こそ……、頼む……」
ウラニアに引き合わされた2人は、身分の差に関わらず、顔を赤くしてモジモジするお年頃であった。
そんな2人を「かーわいいわねーっ!」と見守るウラニアは、正真正銘の58歳である。
もっとも、それだけセリムの目に映るガラは美しく可憐であった。
◇
ロマナが公宮に残したのはガラだけではない。
側近の近衛兵アーロンとリアンドラにも別命があった。
「すまぬ。急ぎ王都にたって、お祖父様の行方を探ってほしい。そなたらにしか頼めぬ」
「ははっ」
「かしこまりました」
「夫婦の行商人にでも扮し、市井に溶け込み細大漏らさず情報を集めてほしい。お祖父様の動向であれば、針の落ちる音でも聞き逃すな」
「夫婦の行商……」
と、アーロンとリアンドラは顔を見合わせた。
夫婦役に引っ掛かりはなかったが、2人とも筋肉が過剰なタイプで、見るからに武人の体付きであった。
「大丈夫だ。鉄の塊でも売り歩け」
「鉄の……」
「塊……」
「それよりも、いざというときお祖父様を救出し血路を切り開ける武人でなくては、王都にやる意味がない」
ハッと表情を変えた2人は、跪いて頭を深く下げた。
「かしこまりました」
「必ずや、御主君をお救い奉ります」
「うむ、頼んだ。だが無理はするな。生きて戻れよ」
と、目線を滑らせたロマナの視界に『私も帰りたい』と顔に書いてあるガラの姿が入った。
「ガラ……。戦より戻ってそなたがおらねば、私が寂しい。すでに寂しい。この短い間に私の心をガッシリつかんで、罪な女だな」
と、出兵していくロマナに押し止められたガラは、アーロンとリアンドラに王都の情報を詳しく教えることになった。
あわせて、弟レオンに姉の無事を伝えてくれるよう、堅く頼んだ。
ロマナ側近のアーロンとリアンドラは、ガラがヴールになぜいるのかを、既によく知っている。
「ガラ殿は、ヴールの大恩人。約束は必ず守ります。それに、我らがヴールに帰還する折、可能ならば弟殿もお連れできるように努力いたしましょう」
「もっとも迎えの使者は、ロマナ様が別に発せられるかもしれません。いずれにしてもガラ殿は、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
主君救出の大命が下った2人は、慌ただしく準備を整え、出兵したロマナの後を追うように夜の闇に消えた。
ガラは一人、その闇を空色の瞳でジッと見詰めている――。
◇
夜間の行軍ながら、ロマナは松明の使用を禁じた。しかし、ヴール兵は苦にもせず進軍を続ける。
そして、すぐにロマナの指示が当たった。
偵騎が、近くの森に伏兵が潜んでいることを報せてきたのだ。ただ伏兵といっても堂々と篝火をたき、こちらの軍勢には気が付いていない。
ダビド、ミゲルの両将を呼び、意見を求めた。
「さらなる偵騎を放っておりますが、今のところ潜む兵は、およそ6,000とのこと」
「討って出る我らを待ち伏せするにしては、篝火もたいておるし、いささか不自然」
「敵兵は我らの倍。……出直しますか?」
「いや……」
と、ロマナは偵騎のもたらした簡単な絵図に目を落とした。
「このまま行こう。……恐らく、あやつらはエズレア侯がヴールを掌握した後に、入城し制圧するために潜んでおったのであろう」
「なるほど……」
「それならば合点がいきますな」
「いまだ主君が討たれたことにも気付かぬ間抜けな将が率いるとはいえ、みすみす本領に逃してから討つ必要もあるまい。ここで討つ」
「「ははっ」」
「それに、数から見てエズレアの兵だけではあるまい。逃すなよ? 西南伯の母屋を齧ろうという不埒な鼠は、ここで一網打尽に討ち果たす」
ロマナは闇の向こう、敵兵が潜むという森の輪郭を見据えた。
「兵を分ける。ダビド、ミゲル。我に遅れをとるなよ?」
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