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第六章 蹂躙公女

136.命を捧げよ

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 斥候とは入れ違いになった、王都詰めの家臣がヴールに急報をもたらした。

 西南伯ヴール候ベスニクが捕らえられた後、神殿に待機させられていた長子レオノラの度重なる抗議にも関わらず、事態は一向に動かなかった。

 そしてついに、レオノラは200の兵を率いて、ルカスの籠る大神殿に突撃。

 強兵で知られるヴール兵の奮闘も虚しく、リーヤボルクの大軍に押し包まれて全滅。捕らえられたレオノラは首を刎ねられた――。


 その報せに膝から崩れ落ちた祖母ウラニアを、ロマナが抱き止めた。


「お祖母様。お気を確かに……」

「ああ……。ロマナ……、ロマナ……」


 自分の胸にしがみつく、幼い顔立ちをした祖母を、ロマナは強く抱き締めた。


 ◇


 次々に急報が届き始めた。


 ――ベスニクの行方は分からないが、処刑はされず、どこかに幽閉されているらしい。

 ――ヴールの神殿は、リーヤボルク兵に制圧された。

 ――情報は伏せられ、王都は平静を保っているが《西南伯虜囚》の噂は、静かに広がり始めている。


 素早く情報を手にすることが出来たのは、ガラの報せで斥候を放てたお陰であった。

 ロマナは、ヴール全軍に臨戦態勢を命じた。

 ベスニクを捕えた意図は判然としないが、このままリーヤボルク兵が攻め込んで来ないとも限らない。ただちに鉄壁の守備をとらせ、続報を待つ。

 その矢先のことであった――。


「なんだと!?」


 ロマナは執務室の机を激しく叩き、立ち上がった。

 大きな音に、側に控えていたガラが、ビクッと身体を震わせる。

 近衛兵リアンドラが伝えたのは、警護のためとして逗留していたエズレア候の兵500が、離宮に雪崩れ込んで占拠したという報せであった。

 離宮には病弱な兄サルヴァ、その看病をする母レスティーネ、それに弟セリムが住む。


「どういうことだ!?」

「分かりませんが、サルヴァ様とセリム様の身柄は、エズレア候の手に落ちております」

「こんな時に、なにを考えているのだ……」


 ロマナは、口に手をあて、執務室の中をグルグルと歩き回った。

 やがて、エズレア候の兵に囲まれた弟セリムが公宮の謁見の間に移り、ロマナに出頭を求めていると報せが入った。

 ロマナは心の内で煮えたぎる憤りを抑え、ガラと近衛兵たちを率いて謁見の間に赴いた。

 そこには、西南伯の御座にふんぞり返って、ニヤニヤ笑うエズレア候の姿があった。


「これはこれは、ロマナ殿。わざわざのお運び、申し訳ない」

小父おじ様……。これは、どういう……?」


 エズレア候は西南伯家の遠戚にあたる。ロマナが『小父おじ様』と呼ぶのは、そのためである。


「ベスニク殿とレオノラ殿のご受難は、既にお聞きであろう」

「ええ。それが、なにか?」

「なにかではあるまい。西南伯家の一大事であろう」


 と、エズレア候が目を向けた先には、兵に挟まれた弟セリムが心細そうに立っている。

 また、謁見の間の上座はエズレア兵で埋め尽くされ、その下座にヴールの家臣たちが揃って、2人のやり取りを見守っている。


「跡をとるべきサルヴァ殿はご病身。セリム殿も14歳と成人はまだ。それゆえ、親戚であるこの儂が、西南伯の権を代行するほかあるまい」

「ほう……」

「王都を押さえるルカス殿下も、摂政を立てたと聞く。いわば儂が摂政として西南伯領を治め、この一大事に当たらねばなるまい。ロマナ殿も、そう思われるであろう?」

「それで……?」

「ちっ。可愛げのない……。お母上も兄サルヴァ殿も、大いにお喜びで儂に西南伯の座をお預け下さることに賛同めされた。とはいえサルヴァ殿はご病身。ゆえにこうして、セリム殿を代理としてお遣わしになられたのだ」

「……」

「……ロマナ殿もご賛同いただけますな? ご賛同いただけないとあれば……、セリム殿の身がどうなっても……」


 セリムを挟むエズレア兵が、剣の柄に手をかけた。


「さあ、ベスニクから預けられた西南伯のえつを、儂に渡すのだ」

「言いたいことは、それだけか?」


 ロマナが、謁見の間全体を振るわせるような低い声を発した。


「なっ……」

「セリム……」


 ロマナは、エズレア候の横で怯えている可愛い弟に、優しく微笑みかけた。


「西南伯の……、いや、ヴールの誇りのために……、命を捧げよ」


 姉の微笑みに、身体の震えを止めたセリムは、小さく頷いた――。
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