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第五章 王国動乱
132.王国の亡霊(2)
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リティアが、アレクセイに向き直って見せた表情に元来の輝きが戻っているのを、アイカは見付けた。
「テノリア王家にあって、自ら寄って立つ力もなく即位したところで、それはむしろ恥。形ばかり正統性を整えたところで、それになんの意味がありましょう」
「ふふ、なるほど。ファウロスの血をもっとも色濃く受け継ぐと言わせるだけのことはある」
「……? どなたの口よりお耳に入ったのか存じ上げませぬが、光栄なことです」
「リーヤボルクの力で即位しようとしているルカスは王家の恥か?」
「すでに、テノリア王家の者ではありませぬ」
「……リティア。力をつけよ」
「ありがたい、お言葉。心いたします」
「王国にあって、無頼に目をつけたのは儂とそなた、2人だけだ。……いずれ力をつけたそなたの王国帰還の折には、王国30万の無頼がそなた無頼姫のために一肌ぬごう」
「はっ……」
「セミールによろしくな」
と、アレクセイは立ち上がった。
改めて見上げたアイカの目にはやはり、ファウロスが再び現れたかのように錯覚される。
「大お祖父様をご存知で?」
「セミールは飲み友達だ。放蕩無頼の身に、よく付き合ってくれたものよ」
「そうでしたか……。機会があれば、ゆっくりそのお話をおうかがいしたいものです」
「ふっ。年寄りの昔話なぞ、つまらん。15のそなたが紡ぐ、新しい物語をいずれ聞かせてくれ」
ふと、アレクセイはアイカに目をやって、ニヤリと笑った。
「既に、無頼姫の狼少女の物語には胸躍っているぞ」
「あ……いや……、へへっ」
「神に賜りし神弓には、西南伯の紋が刻まれておるか。ふふふ……、まだまだ面白い物語が聞けそうだ」
「アイカには異国の弓矢の神の守護があるのでございますっ!」
胸を張るリティアの顔に、アイカの視線は奪われた。
――ふぉぉ。リティアさんの抜群に可愛らしいドヤ顔……、久しぶりに見られました……。
「それとな、リティア……」
アレクセイは急にバツが悪そうに頭を掻いた。
「そなたが連れておるアイラは……、儂の孫だ。本人は知らぬはずだが、可愛がってやってくれ」
「承知いたしました!」
――ひょ……、ひょえー! 別嬪さんだとは思ってましたけど、王家のご落胤ってヤツでしたか! ……私、……私、お孫さんと超仲良しなんですぅー! 愛で友なんですぅー!
アイカの心も、リティアの快心の笑顔に誘われたように、久しぶりに忙しい。
「アレクセイ叔父上」
「なんだ」
「王国を離れる前に、父上と話が出来たようで、誠に嬉しく思います」
「そうか。儂の方が男前だと思っておったがのう」
「いえ! 父ファウロスの方が断然、男前にございました! しかし、アレクセイ叔父上にお会い出来たお陰で、我が心も定まりましてございます」
「ほう。どう定まった?」
「王国の動乱。必ずや、このリティアの手で鎮めてご覧にいれましょう」
そう突き抜るような笑顔で言い切ったリティアは、雲ひとつない青空を見上げた。
――父上、エディン……。見ていてくれ。私はきっと、やり遂げる。
◇
翌日、先頭に立つリティアとともに、第六騎士団がプシャン砂漠に向けて出発した。
それを見届けたアレクセイは、自らの館で、砂漠の見渡せる一室に身体を横たえた女性を見舞った。
アレクセイの来訪を知り上体を起こしたその女性は、顔の右半分が黒い布で覆われている。
「リティアはルーファに向けて旅立ちおったわ」
「……ええ。こちらのお部屋からも隊列が見えましたわ」
「そなたの申す通り、儂の賛同による即位は断ってきおった」
「リティア殿下は、そうでなくては困ります。ルーファに母御を納めた後は、兵を募り、王国に栄光を取り戻していただかなくてはならぬ身」
「ふっ、さすがの慧眼。王国の白銀の支柱と謳われるだけのことはあるな。ロザリーよ」
寝台に身体を横たえていた女性は、国王侍女のロザリー、その人であった。
バシリオス謀叛の混乱の最中、深手を負いながらもファウロスの手によって落ちのび、王宮を脱出した。
北郊の森に身を隠していたところを、アレクセイの手の者に保護され、密かに運ばれたフェトクリシスに匿われている。
「……白銀の支柱。……その二つ名で呼ぶのはおやめください。肝心なところで、王をお支え出来なかった身には、大き過ぎる二つ名……」
「まあ、まずは傷を癒やすがよかろう……」
「ロザリー……、今の私はただのロザリーにございます……」
アレクセイは、寝台の横に置かれた椅子に腰を降ろした。
「聖山の大地に、新たな物語の幕が開こう……。また、多くの血が流れる。聖山の神々の望まぬ血がな……」
「……楽しみなことでございます」
「楽しみ?」
「ええ。身勝手な男どもは、これからいくつもの大戦を、身勝手に起こしましょう。それを、リティア殿下が討ち果たし、男どもを跪かせていく。その日のことが、楽しみでなりませぬ」
ロザリーは、窓の向こう、既に点のようになったリティアたち一行の影を見詰めて、目を細めた。
「聖山神話に、新たなページが加わりましょう」
「テノリア王家にあって、自ら寄って立つ力もなく即位したところで、それはむしろ恥。形ばかり正統性を整えたところで、それになんの意味がありましょう」
「ふふ、なるほど。ファウロスの血をもっとも色濃く受け継ぐと言わせるだけのことはある」
「……? どなたの口よりお耳に入ったのか存じ上げませぬが、光栄なことです」
「リーヤボルクの力で即位しようとしているルカスは王家の恥か?」
「すでに、テノリア王家の者ではありませぬ」
「……リティア。力をつけよ」
「ありがたい、お言葉。心いたします」
「王国にあって、無頼に目をつけたのは儂とそなた、2人だけだ。……いずれ力をつけたそなたの王国帰還の折には、王国30万の無頼がそなた無頼姫のために一肌ぬごう」
「はっ……」
「セミールによろしくな」
と、アレクセイは立ち上がった。
改めて見上げたアイカの目にはやはり、ファウロスが再び現れたかのように錯覚される。
「大お祖父様をご存知で?」
「セミールは飲み友達だ。放蕩無頼の身に、よく付き合ってくれたものよ」
「そうでしたか……。機会があれば、ゆっくりそのお話をおうかがいしたいものです」
「ふっ。年寄りの昔話なぞ、つまらん。15のそなたが紡ぐ、新しい物語をいずれ聞かせてくれ」
ふと、アレクセイはアイカに目をやって、ニヤリと笑った。
「既に、無頼姫の狼少女の物語には胸躍っているぞ」
「あ……いや……、へへっ」
「神に賜りし神弓には、西南伯の紋が刻まれておるか。ふふふ……、まだまだ面白い物語が聞けそうだ」
「アイカには異国の弓矢の神の守護があるのでございますっ!」
胸を張るリティアの顔に、アイカの視線は奪われた。
――ふぉぉ。リティアさんの抜群に可愛らしいドヤ顔……、久しぶりに見られました……。
「それとな、リティア……」
アレクセイは急にバツが悪そうに頭を掻いた。
「そなたが連れておるアイラは……、儂の孫だ。本人は知らぬはずだが、可愛がってやってくれ」
「承知いたしました!」
――ひょ……、ひょえー! 別嬪さんだとは思ってましたけど、王家のご落胤ってヤツでしたか! ……私、……私、お孫さんと超仲良しなんですぅー! 愛で友なんですぅー!
アイカの心も、リティアの快心の笑顔に誘われたように、久しぶりに忙しい。
「アレクセイ叔父上」
「なんだ」
「王国を離れる前に、父上と話が出来たようで、誠に嬉しく思います」
「そうか。儂の方が男前だと思っておったがのう」
「いえ! 父ファウロスの方が断然、男前にございました! しかし、アレクセイ叔父上にお会い出来たお陰で、我が心も定まりましてございます」
「ほう。どう定まった?」
「王国の動乱。必ずや、このリティアの手で鎮めてご覧にいれましょう」
そう突き抜るような笑顔で言い切ったリティアは、雲ひとつない青空を見上げた。
――父上、エディン……。見ていてくれ。私はきっと、やり遂げる。
◇
翌日、先頭に立つリティアとともに、第六騎士団がプシャン砂漠に向けて出発した。
それを見届けたアレクセイは、自らの館で、砂漠の見渡せる一室に身体を横たえた女性を見舞った。
アレクセイの来訪を知り上体を起こしたその女性は、顔の右半分が黒い布で覆われている。
「リティアはルーファに向けて旅立ちおったわ」
「……ええ。こちらのお部屋からも隊列が見えましたわ」
「そなたの申す通り、儂の賛同による即位は断ってきおった」
「リティア殿下は、そうでなくては困ります。ルーファに母御を納めた後は、兵を募り、王国に栄光を取り戻していただかなくてはならぬ身」
「ふっ、さすがの慧眼。王国の白銀の支柱と謳われるだけのことはあるな。ロザリーよ」
寝台に身体を横たえていた女性は、国王侍女のロザリー、その人であった。
バシリオス謀叛の混乱の最中、深手を負いながらもファウロスの手によって落ちのび、王宮を脱出した。
北郊の森に身を隠していたところを、アレクセイの手の者に保護され、密かに運ばれたフェトクリシスに匿われている。
「……白銀の支柱。……その二つ名で呼ぶのはおやめください。肝心なところで、王をお支え出来なかった身には、大き過ぎる二つ名……」
「まあ、まずは傷を癒やすがよかろう……」
「ロザリー……、今の私はただのロザリーにございます……」
アレクセイは、寝台の横に置かれた椅子に腰を降ろした。
「聖山の大地に、新たな物語の幕が開こう……。また、多くの血が流れる。聖山の神々の望まぬ血がな……」
「……楽しみなことでございます」
「楽しみ?」
「ええ。身勝手な男どもは、これからいくつもの大戦を、身勝手に起こしましょう。それを、リティア殿下が討ち果たし、男どもを跪かせていく。その日のことが、楽しみでなりませぬ」
ロザリーは、窓の向こう、既に点のようになったリティアたち一行の影を見詰めて、目を細めた。
「聖山神話に、新たなページが加わりましょう」
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