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第五章 王国動乱

125.煩悶旧都

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「もどかしいな……」


 第2王子ステファノスが呟いた。

 吟遊詩人のリュシアンからの報告を聞き、王国内の地図を頭の中に描き終えた。事態は巧妙に膠着状態に持ち込まれた。リーヤボルク兵との武力衝突に身構えていた列候は、完全に肩透かしをくらった恰好であった。


「王都では、無頼がリーヤボルクの蛮兵を受け止めた形ですね」

「王都の平穏は、望ましいことだが……」


 王国の中心を他国の兵に占拠されながら、ステファノスは出兵の機会を完全に失っていた。

 リーヤボルク兵が王都で蛮行を働けば、それを討つ名目が立った。一部で混乱は見られるが、交易に障りがないとなれば、いちかばちかの戦いを挑むのも躊躇われる。


 ――バシリオスは、私が討つべきであったか。


 と、考えなくもなかったが、あの時点では手持ちの兵力が足りていなかった。

 ステファノスも、王弟カリストスと同様に、周辺列候の慰撫に務め勢力圏を築き始めてはいる。しかし、形式上とはいえルカスを戴くリーヤボルク兵を討つには、大義名分が足りてない。


「リーヤボルク本国からの増援は考えられそうか?」

「どうでしょう。伝え聞くところによれば、その余裕はなさそうですが……。それ以上に、ステファノス殿下や、カリストス殿下の出兵につながることは、しなそうに思えます」

「そうか……」


 テノリア王国の統治は、列候の分断にある。強兵を養う王家が君臨するのは、列候が団結して歯向かってくるのを、未然に防いでいればこそであった。

 そこを、つけ込まれている。

 交易による富が保障されていれば、さしあたって列候は様子見を決め込むであろうし、それを打ち破って、聖山の民が団結するには“芯”となる存在を欠いていた。

 王国内に割拠し始めた各勢力はいずれも、独力でリーヤボルク兵に対抗できるほどには至らない。が、王位を巡ってそれぞれ思惑を抱え、すぐさま協力し合うこともない。


「ルカスがリーヤボルク兵を追い返したなら、即位に賛同せぬでもないのだが……」

「実に大人しく喪に服されていますな。大神殿には毎日、大量の酒と肴が運びこまれているようですが」

「完全に籠絡されたか」

「実質的にはペトラ殿下が、執政の権を握られております」

「ペトラも、ファウロスの孫娘であったか……」


 王国を壊したくないというペトラの想いは、遠く離れていてもステファノスにも理解できる。それがリーヤボルクの占拠を長引かせると解っていても、荒らさせるわけにはいかない。父親を人質にとられたも同然の中、孤軍、政治の戦いを挑んでいる。


「……リティアが王都に残れば、むごい方法をとってでも、ルカスの即位に賛同させられたであろうな」

「間一髪というところでしたな」

「リュシアン。そなたの目に、王位の行方はどう見える?」

「はて。一介の吟遊詩人には、なんとも分かりかねますが、聖山の大地が王を必要とするなら、いずれ収まるところに収まりましょう」

「……そうだな」


 リュシアンの言葉は、このまま王位に就く者が出ない、つまり王国が崩壊する可能性を暗に示している。

 それは、聖山戦争を戦い抜き、多くの血を流した末に王国をまとめあげた一人であるステファノスにとって、耐え難いことであった――。
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