上 下
130 / 307
第五章 王国動乱

121.摂政正妃(2)

しおりを挟む

「旦那様の御威光あればこそのことでございます」


 ペトラは、夫となったサミュエルに、優雅に頭を下げてみせた。

 自分の知らない間に、ペトラが政庁を取り仕切り始めたことに驚いたサミュエルは、自身が陣取る国王宮殿に呼び付けた。


 ――さすがは聖山王の血筋……と、いうことか。


 マエルの策に乗って正妃に迎えたペトラであったが、その献身的な姿勢にサミュエルは満足していた。閨での佇まいも嫋やかで、抱き心地もよい。他国の姫を蹂躙することは、長く戦場にあったサミュエルの昂ぶりを鎮めるのに充分であったし、優美な笑顔には、心洗われる思いであった。


 ――このようなを、隠し持っておったとは。 


 報告では、歴戦の将たちを前に、戦場に出ることも厭わない発言をしたという。

 しかし、実際、ペトラの発する「摂政正妃令」のもと、占領政策は軌道に乗り始めている。見たところリーヤボルク排斥の策謀らしきものも見当たらない。むしろ、王都ヴィアナ領民とリーヤボルク兵の、融和を図る施策が次々に打たれている。

 
きさきよ……」

「なんでございましょう?」


 端正な顔立ちに浮かぶ笑顔からは、自分に向けられた信頼と愛情しか感じ取れない。


「妃の差配は、すべて私のためと、信じて良いのだな?」

「もちろんでございます。旦那様は、父ルカスを援け、謀叛人バシリオスを討ってくださいました。そのご恩に、ほんの少しでも報いることが出来ているなら、旦那様の妃として、これ以上に幸せなことはございません」

「分かった……。引き続き、よろしく頼む」

「かしこまりました。……旦那様」

「なんだ?」

「旦那様は戦続きで、お心休まる隙もございませんでしたでしょう? 雑事は、このペトラにお任せになって、どうぞ、お寛ぎになってお過ごしくださいね」


 頬を赤くして、少し申し訳なさそうに眉尻を下げるペトラの笑顔に、サミュエルは政務の一切を任せる気になった。


 一言で言えば、惚れた――のである。


 ペトラが政務を引き取ってくれたことで、サミュエルに紅茶を楽しむ余裕が生まれた。

 地下牢に幽閉するバシリオスを懐柔し、ルカスの即位に賛同させれば、次は妹のファイナをリーヤボルク本国に送り、新王アンドレアスの愛妾とする。執政の権を確実なものにし、王都を完全に掌握すれば、徐々に周辺列候を従属させていく――。

 マエルの描いた策はそうであったが、サミュエルは徐々に、ファイナをアンドレアスにくれてやることが惜しくなっていた。

 姉に負けず劣らず美しい可憐な内親王を、壊されると知りながら差し出すのは、なんとも惜しい。いっそ自分の側妃にしたい。高貴な内親王の姉妹を、閨で同衾させる妄想に笑みをこぼすほどには、サミュエルの中にも獣性が宿っている。


 ――しかし、なんとも面倒な国だ。


 王位に就くのに「王の子供から、少なくとも一人の賛同」が要るという習わしは、サミュエルには理解できない。リーヤボルクであれば、聖職者を一人用意して戴冠させれば、それでおしまいという話である。

 捕えたバシリオスの心は完全に正体を亡くしており、脅してもすかしても、拷問にかけても反応がなかった。


「一度、回復させるよりほかありませんな」


 というマエルの献策で、侍女長に世話をさせることにした。

 現状は、バシリオスの回復待ちであるが、心の傷ではいつのことになるか分からない。

 邪魔になった蛮兵を棄てに来ただけであったが、王都ヴィアナに溢れる富を目にしては、欲も出てくる。自身が豪奢な生活を送れるというだけでなく、その一部でも故国に送れば、英雄として名が残ろう。

 マエルにペトラ。

 両翼を得たつもりになったサミュエルは、満足気な笑みを浮かべて、もう一度、紅茶の香りを楽しんだ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

処理中です...