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第五章 王国動乱
121.摂政正妃(2)
しおりを挟む「旦那様の御威光あればこそのことでございます」
ペトラは、夫となったサミュエルに、優雅に頭を下げてみせた。
自分の知らない間に、ペトラが政庁を取り仕切り始めたことに驚いたサミュエルは、自身が陣取る国王宮殿に呼び付けた。
――さすがは聖山王の血筋……と、いうことか。
マエルの策に乗って正妃に迎えたペトラであったが、その献身的な姿勢にサミュエルは満足していた。閨での佇まいも嫋やかで、抱き心地もよい。他国の姫を蹂躙することは、長く戦場にあったサミュエルの昂ぶりを鎮めるのに充分であったし、優美な笑顔には、心洗われる思いであった。
――このような爪を、隠し持っておったとは。
報告では、歴戦の将たちを前に、戦場に出ることも厭わない発言をしたという。
しかし、実際、ペトラの発する「摂政正妃令」のもと、占領政策は軌道に乗り始めている。見たところリーヤボルク排斥の策謀らしきものも見当たらない。むしろ、王都ヴィアナ領民とリーヤボルク兵の、融和を図る施策が次々に打たれている。
「妃よ……」
「なんでございましょう?」
端正な顔立ちに浮かぶ笑顔からは、自分に向けられた信頼と愛情しか感じ取れない。
「妃の差配は、すべて私のためと、信じて良いのだな?」
「もちろんでございます。旦那様は、父ルカスを援け、謀叛人バシリオスを討ってくださいました。そのご恩に、ほんの少しでも報いることが出来ているなら、旦那様の妃として、これ以上に幸せなことはございません」
「分かった……。引き続き、よろしく頼む」
「かしこまりました。……旦那様」
「なんだ?」
「旦那様は戦続きで、お心休まる隙もございませんでしたでしょう? 雑事は、このペトラにお任せになって、どうぞ、お寛ぎになってお過ごしくださいね」
頬を赤くして、少し申し訳なさそうに眉尻を下げるペトラの笑顔に、サミュエルは政務の一切を任せる気になった。
一言で言えば、惚れた――のである。
ペトラが政務を引き取ってくれたことで、サミュエルに紅茶を楽しむ余裕が生まれた。
地下牢に幽閉するバシリオスを懐柔し、ルカスの即位に賛同させれば、次は妹のファイナをリーヤボルク本国に送り、新王アンドレアスの愛妾とする。執政の権を確実なものにし、王都を完全に掌握すれば、徐々に周辺列候を従属させていく――。
マエルの描いた策はそうであったが、サミュエルは徐々に、ファイナをアンドレアスにくれてやることが惜しくなっていた。
姉に負けず劣らず美しい可憐な内親王を、壊されると知りながら差し出すのは、なんとも惜しい。いっそ自分の側妃にしたい。高貴な内親王の姉妹を、閨で同衾させる妄想に笑みをこぼすほどには、サミュエルの中にも獣性が宿っている。
――しかし、なんとも面倒な国だ。
王位に就くのに「王の子供から、少なくとも一人の賛同」が要るという習わしは、サミュエルには理解できない。リーヤボルクであれば、聖職者を一人用意して戴冠させれば、それでおしまいという話である。
捕えたバシリオスの心は完全に正体を亡くしており、脅してもすかしても、拷問にかけても反応がなかった。
「一度、回復させるよりほかありませんな」
というマエルの献策で、侍女長に世話をさせることにした。
現状は、バシリオスの回復待ちであるが、心の傷ではいつのことになるか分からない。
邪魔になった蛮兵を棄てに来ただけであったが、王都ヴィアナに溢れる富を目にしては、欲も出てくる。自身が豪奢な生活を送れるというだけでなく、その一部でも故国に送れば、英雄として名が残ろう。
マエルにペトラ。
両翼を得たつもりになったサミュエルは、満足気な笑みを浮かべて、もう一度、紅茶の香りを楽しんだ――。
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