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第五章 王国動乱

110.入城(4)

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 新王アンドレアスには、心酔するサミュエルでさえ眉を顰める、悪癖があった。

 女をいたぶることでしか、性欲を満たすことができない。

 フェンデシア大公国で善政を敷き、領民に敬愛される裏では、何人もの女をきた。それを知るはずのマエルが、ルカスの娘をアンドレアスの愛妾にと言う。


「王子を産ませるのです」

「王子を?」

「その子を即座にもらい受け、テノリアの王位に就けます」

「……それまで、もつ……かな?」

「そこは、なんとしても言い含めてくださいませ。王子を為したなら、あとはアンドレアス陛下の思うまま、如何様になされても……」


 アンドレアスが壊した女を、密かにするのは、いつもサミュエルの仕事であった。

 引見したばかりの可憐な内親王の無残な行く末を思い描くことは、サミュエルの良心が咎めた。

 高貴な身分にあり、繊細な美しさを湛える隣国の内親王に、アンドレアスは『壊し甲斐』しか感じないであろう。


「アンドレアス陛下と、ファイナ内親王の御子をテノリアの王位に就ければ、ペトラ内親王を妃に迎えたサミュエル様は、王の伯父として執政の権を揺るぎないものに出来ます。さすれば、アンドレアス陛下の治政を存分にお支えすることが出来ましょう」

「……お前の申すことは、分かる」

「サミュエル様の御懸念は、このマエルも、重々承知しております」

「深窓のご令嬢を……、忍びない」

「その分、サミュエル様が姉の方を、存分にお慈しみください」


 マエルは恭しく頭を下げた。

 内乱で荒廃した国土の再建に取り組むアンドレアスに、テノリアの莫大な富を送ってやりたい。恒久的に送れたならば、いずれはリーヤボルクに黄金時代をもたらすかもしれない……。


「分かった……。王子を為すまで大切に扱えば、悪癖が治まるやも知れぬ……」

「……いずれは、王妃も迎えねばなりません」

「うむ……」


 と、頷いたサミュエルは、ハッと顔を上げた。

 アンドレアスならば、為した自分の子供でさえ、女を壊す道具にしかねない。

 産まれた子を即座に引き離すことで、血筋を残すことが出来る……。

 サミュエルは、険しい表情を崩さないマエルの顔を、しばらく見詰めた。


「最初に出来る子が、男子であることを……祈ろう……」

「恐れ入ります」


 テノリア王国の行く末を案じ続けた、内親王姉妹の運命が分かたれた瞬間であった。

 マエルは、ともに重い荷物を背負わせたサミュエルの心情を慮りつつ、なおも陰鬱な策謀の話を続けなくてはならなかった。

 光陰の差が激しすぎる男に魅せられてしまった、共犯者としてやむを得ないことであった。


「して、地下牢のバシリオスには……?」

「言われた通り、侍女長に伽を命じた」


 サミュエルの目に映った侍女長サラナもまた、歳に似合わぬ幼い顔立ちをした小柄な娘であり、懐柔の道具に使うことが、気持ちを重たくさせていた。

 元はと言えば、アンドレアスの名声を保つため、粗野な蛮兵を率いて隣国に攻め入り、華々しく玉砕するつもりであった。戦場に生きた自分に相応しい最期と思い定めていた。

 それがいつの間にか、陰湿な謀略ばかりを考えている。

 一歩一歩、足を取られる、深い森の沼地に迷い込んでしまったような気分であった。


「第3王女を逃してしまった今、ルカスを王位に就けるには、バシリオスの言葉が必要です」

「そうだな……」


 サミュエルは、張りの出ない声で応えた。

 サラナに命じたことは、バシリオスの懐柔と言うよりは、むしろ拷問に近い。囚われの身であること以上に、誇りを打ち砕くであろう。同じ王族として、同じ武将として、憐れに感じる。

 汚れ役を厭わないのは、目の前で険貌を崩さない老境の隊商も同じであった。立場は異なるが、アンドレアスを支えてきた者同士。

 だが、案内される道は、ますます暗闇を深くしている――。
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