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第五章 王国動乱

107.入城(1)

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 リーヤボルク兵、に守られたルカスが、王都ヴィアナに入城した。

 その後ろを、ルカスを団長に戴くザイチェミア騎士団8,000と、バシリオスに叛いたヴィアナ騎士団スピロ万騎兵長幕下の5,000が続いた。

 西域の大隊商マエルから指図を受けたノクシアスは、歓声を上げて迎えるを動員した。


 ――ふん。三万も兵を失うとは、リーヤボルクも大したことはないな。


 鼻で笑ったノクシアスだが、大路を抜けて行く品がなく粗野な兵団の威を、最大限に利用するつもりでいる。

 ふと、ルカスに並んで馬を進める、頬のこけた将の姿が目に入った。上機嫌に手を振るルカスに対して、陰鬱な表情で鋭く周囲を観察しているのが分かった。


 ――あれが、リーヤボルク新王の懐刀か。新王の従兄弟にあたると聞くが、わざわざ王都ヴィアナまでご苦労なこった。


 心の内では毒づくノクシアスであったが、その鋭い視線に映らないよう、群衆の中に身を隠しながら大路を離れた。

 無頼とも呼べない無法者たちを兵として率いる、新王の従兄弟。名をサミュエルという。

 30年に渡る、血で血を洗う内乱を勝ち抜いた新王アンドレアスを支えた謀将で、目を覆うような悲惨な場面にも数多く触れてきた。

 そのサミュエルをしても、ルカスと共に国王宮殿に足を踏み入れた時には、口と鼻を覆い、言葉を失った。


 ――聖山の民を統一した名君……と、聞こえていたが……。


 寝台の上に放置されたファウロスの遺体が、無惨に腐乱し始めていた。

 ルカスは巨体を激しく震わせ、泣き叫びながら、遺体の足下に縋り付いた。


「父上! 父上!」


 その直情的な性情を利用しているサミュエルであったが、この時ばかりは、一緒になって目を伏せた。祖国の内乱では、いつ自分が同様の死に様を晒してもおかしくなかった。現世の利害は別にして、非業の死を遂げた国王の安らかな眠りを祈った。

 取り乱したままのルカスに代わって、サミュエルの指示で、出来る限りの清拭を施されたファウロスの遺体が大聖堂に安置され、ルカスはそのまま喪に服した。

 勝手の分からぬリーヤボルク兵に、テノリア王国の葬送の礼を指導したのは、憔悴しきった王太子侍女長のサラナであった。

 ロザリーやカリュと共に、アイカにテーブルマナーを教えた、赤縁メガネに丸顔の童顔侍女長の肢体に、リーヤボルク兵の下卑た視線が絡みついたが、それに気付かぬほどに疲労困憊していた。

 バシリオスの消息は、未だ伝わらない。

 ルカスの側に、気の利いた侍女も側近もおらず、聖山の民を統一した偉大な先王を、格式に則って葬ることが出来る者は自分の他にいない。


 ――その先王を討ったのも、我が主だ……。


 サラナの精神は限界まで削り取られていたが、這うようにして野蛮な兵たちに指導した。


 ――せめて、ザイチェミア騎士団のシリル万騎兵長か、メニコス儀典官に任せてくれれば良いものを……。


 と、思っていたが、我が物顔に振る舞うリーヤボルク兵に抗議する気力は、すでになかった。

 王太子の謀叛以降、国王侍女長ロザリーも、王弟カリストスも失った王都の内政を切り盛りしてきたのはサラナであった。

 謀議に加えられていなかったサラナとしては、謀反自体が寝耳に水の出来事であったし、心の整理がつかぬままに膨大な政務が圧し掛かった。

 そして、今度は、主君バシリオスをも失った。

 もはや、他国の将に指図されることに、屈辱を感じることも出来ないほどに心の弾力が奪われている。

 王宮に戻らされ、サミュエルの前に座らされたサラナは、うなだれたまま顔を上げることもできなかった。


「侍女長殿には、ご面倒をかけた」


 国王の葬礼を「面倒」と言ってのけたサミュエルのことが腹立たしかったが、サラナの口も頭も回らない。小さく頷いて見せた。


「お疲れのところ申し訳ないが、もうひとつ面倒をお願いしたい」

「……な、なんなりと」


 どうせ禄でもないことであろうが、自分が断れば、どんな傍若無人を働くか分からない。重たい頭を上げ、かろうじてサミュエルの鋭い眼光を受け止めた。


「バシリオス殿を、お慰めいただきたい」


 サミュエルの発した思いがけない言葉に、サラナの口がポカンと開いた――。
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