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第五章 王国動乱
99.頭痛の種
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スパラ平原は、王都ヴィアナの西方に広がる。
交易の大路が貫く広大な大地は、見晴らしの良さに恵まれ、野盗の脅威から遠い。行き交う隊商たちは、長閑な風景の中、警戒心を緩めて馬を進めることができた。
その、静かなる平原で、王太子バシリオスと第3王子ルカスの軍が激突した。
そして、リティアがバシリオス敗戦の一報を受けたのは、王都ヴィアナとフェトクリシスの間に位置する、クヌルトゥアという列候領に立ち寄っている時であった。
「ご苦労」
報せをもたらした第六騎士団の斥候に、かけた言葉は短く、リティアは微動だにしなかった。
戦いの詳細までは伝わらなかったが、バシリオスは消息不明、筆頭万騎兵長ピオンが戦死というだけで、充分にその悲惨な戦いぶりが分かった。
ルカスはリーヤボルク兵を維持したまま、王都に向けて進軍中であるという。
――ルカス兄は、リーヤボルクの兵力を背景に王位を窺うつもりか。
バシリオスを討ったなら、ルカスはリーヤボルク兵を国に返すのではないかという、リティアが抱いていた一縷の望みは絶たれた。
テノリア王国の中枢に、リーヤボルクの兵が満ちることは、もはや疑いようがない。
リティアは侍女長のアイシェに命じて、自室にペトラ姉内親王とファイナ妹内親王を招いた。既に、父ルカスの勝報に接していた2人は、視線を彷徨わせながら姿を現した。
「ペトラ殿下、ファイナ殿下。まずは、父君、ルカス兄上の勝利をお喜び申し上げる」
「そのような……」
と、ペトラは、震える程度に小さく首を横に振って、言葉を継げなかった。
父ルカスの為したことは、決して手放しに褒められるようなことではない。かと言って、敗けてほしかったという訳でもない。父に真意を尋ねられないことが、もどかしい。
「両内親王殿下。単刀直入に申し上げるが、私は、今のままではルカス兄上の即位に賛同することは出来ない」
「それは……、無理もないこと……」
「私は、予定通りルーファに向かい、情勢を見極めたいと考えています。ですが、お2人の立場は異なります。もし、父君のもとに戻りたいということであれば、護衛を付けて送り届けさせていただく」
「……よろしいのですか?」
「両内親王殿下を、人質に取るようなマネは、私には出来ません」
断言するリティアの優しくも強い眼差しは、ペトラとファイナの顔色から、さらに血の気を失わせた。
いつも明るく、親しく接してきたつもりの、年下の叔母であるリティアの口から出た「人質」という言葉の強さが、状況の過酷さを再認識させる。聖山戦争終戦の年に生まれたペトラにしても、もはや、誰が敵で、誰が味方か判然としない。
リティアは2人から目線を逸らしつつも、明るい声音を保つように努めた。
「我らは明朝出発いたします。それまでに決めて下さったので結構です。なんならフェトクリシスまでは同行していただいても良いのです」
ペトラとファイナを下がらせたリティアに、侍女のゼルフィアが囁いた。
「エメーウ様が……」
「分かっている」
エメーウは、ペトラとファイナを人質に、ルーファまで帯同させるべきだと主張していた。
リティアにとって、母が多年に渡って自分を騙していた心の傷は、すぐに癒えるものではなかった。かといって、活き活きと振る舞う母の姿が、嬉しくない訳でもない。
ただ、その物言いは、部下たちを多分に振り回し始めている。
本来であれば、メルヴェが示唆したように、旧都テノリクアに入って情勢を窺うという選択肢がない訳ではなかった。
しかし、母エメーウはルーファ行きを当然のこととして、何度も釘を刺してくる。
また、元々エメーウの侍女として王都に随行してきたゼルフィアとアイシェは、どちらかと言えば、エメーウの意思に沿おうとしている。
リティアにとって、母エメーウは頭痛の種になりつつあった――。
交易の大路が貫く広大な大地は、見晴らしの良さに恵まれ、野盗の脅威から遠い。行き交う隊商たちは、長閑な風景の中、警戒心を緩めて馬を進めることができた。
その、静かなる平原で、王太子バシリオスと第3王子ルカスの軍が激突した。
そして、リティアがバシリオス敗戦の一報を受けたのは、王都ヴィアナとフェトクリシスの間に位置する、クヌルトゥアという列候領に立ち寄っている時であった。
「ご苦労」
報せをもたらした第六騎士団の斥候に、かけた言葉は短く、リティアは微動だにしなかった。
戦いの詳細までは伝わらなかったが、バシリオスは消息不明、筆頭万騎兵長ピオンが戦死というだけで、充分にその悲惨な戦いぶりが分かった。
ルカスはリーヤボルク兵を維持したまま、王都に向けて進軍中であるという。
――ルカス兄は、リーヤボルクの兵力を背景に王位を窺うつもりか。
バシリオスを討ったなら、ルカスはリーヤボルク兵を国に返すのではないかという、リティアが抱いていた一縷の望みは絶たれた。
テノリア王国の中枢に、リーヤボルクの兵が満ちることは、もはや疑いようがない。
リティアは侍女長のアイシェに命じて、自室にペトラ姉内親王とファイナ妹内親王を招いた。既に、父ルカスの勝報に接していた2人は、視線を彷徨わせながら姿を現した。
「ペトラ殿下、ファイナ殿下。まずは、父君、ルカス兄上の勝利をお喜び申し上げる」
「そのような……」
と、ペトラは、震える程度に小さく首を横に振って、言葉を継げなかった。
父ルカスの為したことは、決して手放しに褒められるようなことではない。かと言って、敗けてほしかったという訳でもない。父に真意を尋ねられないことが、もどかしい。
「両内親王殿下。単刀直入に申し上げるが、私は、今のままではルカス兄上の即位に賛同することは出来ない」
「それは……、無理もないこと……」
「私は、予定通りルーファに向かい、情勢を見極めたいと考えています。ですが、お2人の立場は異なります。もし、父君のもとに戻りたいということであれば、護衛を付けて送り届けさせていただく」
「……よろしいのですか?」
「両内親王殿下を、人質に取るようなマネは、私には出来ません」
断言するリティアの優しくも強い眼差しは、ペトラとファイナの顔色から、さらに血の気を失わせた。
いつも明るく、親しく接してきたつもりの、年下の叔母であるリティアの口から出た「人質」という言葉の強さが、状況の過酷さを再認識させる。聖山戦争終戦の年に生まれたペトラにしても、もはや、誰が敵で、誰が味方か判然としない。
リティアは2人から目線を逸らしつつも、明るい声音を保つように努めた。
「我らは明朝出発いたします。それまでに決めて下さったので結構です。なんならフェトクリシスまでは同行していただいても良いのです」
ペトラとファイナを下がらせたリティアに、侍女のゼルフィアが囁いた。
「エメーウ様が……」
「分かっている」
エメーウは、ペトラとファイナを人質に、ルーファまで帯同させるべきだと主張していた。
リティアにとって、母が多年に渡って自分を騙していた心の傷は、すぐに癒えるものではなかった。かといって、活き活きと振る舞う母の姿が、嬉しくない訳でもない。
ただ、その物言いは、部下たちを多分に振り回し始めている。
本来であれば、メルヴェが示唆したように、旧都テノリクアに入って情勢を窺うという選択肢がない訳ではなかった。
しかし、母エメーウはルーファ行きを当然のこととして、何度も釘を刺してくる。
また、元々エメーウの侍女として王都に随行してきたゼルフィアとアイシェは、どちらかと言えば、エメーウの意思に沿おうとしている。
リティアにとって、母エメーウは頭痛の種になりつつあった――。
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