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第四章 王都騒乱
92.隊商の見立て(1)
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リティアは執務室の窓から、王都を見下ろした。
主を失くした都は、いつもの喧騒に溢れている。
ヴィアナ騎士団による事実上の戒厳令下にある王都だが、交易を止めている訳ではない。
実際には、王族が分担していた政務のすべてが王太子宮殿に集中することで、様々な不具合が生じている。しかし、止まらない交易の喧騒がそれを覆い隠している。
「ルーファは殿下の受け入れ準備を整えました」
メルヴェは、その品格ある佇まいに微笑を浮かべたまま口を開いた。
「フェトクリシスに、駱駝を待機させております。第六騎士団をはじめ、宮殿の方を総て率いて来られても、受け入れ可能です」
「フェトクリシスか」
「フェトクリシスからプシャン砂漠に入られましたら、大路を外れ、野盗も多く過酷な道のりとはなりますが、確実にルーファに至ることができます」
「分かった」
「残念ながら、同行する訳には参りませんが……」
「できればバカンスに訪れたかったな」
あれほど憧れた母の故郷ルーファだが、今はリティアの心を躍らせない。
「砂漠を満たす無限の砂が羽根を休める殿下を守り、オアシスの豊かな緑が千々に乱れるお心を癒してくれましょう」
「そうか……」
リティアはメルヴェに言われて、自分の心が乱れていることに初めて気が付いた。
毅然と振る舞っているが、果たして自分が冷静に判断できているかどうか、急に心許なくなった。
いつも通りの喧騒を保つ王都を、苦々しく感じていることも自覚できた。
――王家あっての王都ではない。
肩ひじ張る自分が、小さく滑稽な存在に感じられる。
「いや……。私は小さいな……」
リティアの呟きに、メルヴェは目を細めた。
「殿下が、ただの“親戚の娘”でしたら、抱きしめて差し上げたいところです」
母エメーウの妹ヨルダナの夫オズグンの姉、メルヴェの穏やかな口調に、リティアの心はむしろ乱された。
自分が“ただの娘”なら、父の死を悼み、弟の死を悼んで、泣き暮らしていただろうと、胸を締め付けられた。悼む気持ちがない訳ではなかったが、それ以外のことが心の大半を占めている。
「殿下はルーファで、首長家の貴人として生涯を過ごすことも出来ます」
「私は、それを選ばないだろうな」
「困難な道を選ばれますね」
「ファウロスの娘だからな」
国王宮殿に安置されたままになっている父王の遺体とは、まだ対面していない。リティアの心の中では、偉大な父王はまだ生きている。そして、恐らく対面しないまま、王都を去ることになる。
それは、生涯、父が自分の心の中から去ることがないことを予感させた。
そうあって欲しいとも思っている。
「殿下には、旧都テノリクアに向かわれるという選択肢もございます」
「ふむ」
リティアは、ソファに座るメルヴェの方に初めて目を向けた。
「なぜそんなことを言う? ルーファはテノリアの王女を囲いたいだろうに」
「お客様がお持ちの《問い》に答えを提案するのが、商人の営みでございます」
「ほう」
「美しく着飾りたいご婦人には宝石を勧め、戦を勝ち抜きたい殿方には剣を勧めます。世界に溢れる《問い》の、すべてに提案できる答えを取り揃えておりますのよ」
澄まし顔で大口を叩く、整った顔立ちをした“親戚のお姉さん”に、リティアの口元が緩んだ。
「ならば、問おう」
「なんなりと」
「新しい王には誰が相応しい?」
主を失くした都は、いつもの喧騒に溢れている。
ヴィアナ騎士団による事実上の戒厳令下にある王都だが、交易を止めている訳ではない。
実際には、王族が分担していた政務のすべてが王太子宮殿に集中することで、様々な不具合が生じている。しかし、止まらない交易の喧騒がそれを覆い隠している。
「ルーファは殿下の受け入れ準備を整えました」
メルヴェは、その品格ある佇まいに微笑を浮かべたまま口を開いた。
「フェトクリシスに、駱駝を待機させております。第六騎士団をはじめ、宮殿の方を総て率いて来られても、受け入れ可能です」
「フェトクリシスか」
「フェトクリシスからプシャン砂漠に入られましたら、大路を外れ、野盗も多く過酷な道のりとはなりますが、確実にルーファに至ることができます」
「分かった」
「残念ながら、同行する訳には参りませんが……」
「できればバカンスに訪れたかったな」
あれほど憧れた母の故郷ルーファだが、今はリティアの心を躍らせない。
「砂漠を満たす無限の砂が羽根を休める殿下を守り、オアシスの豊かな緑が千々に乱れるお心を癒してくれましょう」
「そうか……」
リティアはメルヴェに言われて、自分の心が乱れていることに初めて気が付いた。
毅然と振る舞っているが、果たして自分が冷静に判断できているかどうか、急に心許なくなった。
いつも通りの喧騒を保つ王都を、苦々しく感じていることも自覚できた。
――王家あっての王都ではない。
肩ひじ張る自分が、小さく滑稽な存在に感じられる。
「いや……。私は小さいな……」
リティアの呟きに、メルヴェは目を細めた。
「殿下が、ただの“親戚の娘”でしたら、抱きしめて差し上げたいところです」
母エメーウの妹ヨルダナの夫オズグンの姉、メルヴェの穏やかな口調に、リティアの心はむしろ乱された。
自分が“ただの娘”なら、父の死を悼み、弟の死を悼んで、泣き暮らしていただろうと、胸を締め付けられた。悼む気持ちがない訳ではなかったが、それ以外のことが心の大半を占めている。
「殿下はルーファで、首長家の貴人として生涯を過ごすことも出来ます」
「私は、それを選ばないだろうな」
「困難な道を選ばれますね」
「ファウロスの娘だからな」
国王宮殿に安置されたままになっている父王の遺体とは、まだ対面していない。リティアの心の中では、偉大な父王はまだ生きている。そして、恐らく対面しないまま、王都を去ることになる。
それは、生涯、父が自分の心の中から去ることがないことを予感させた。
そうあって欲しいとも思っている。
「殿下には、旧都テノリクアに向かわれるという選択肢もございます」
「ふむ」
リティアは、ソファに座るメルヴェの方に初めて目を向けた。
「なぜそんなことを言う? ルーファはテノリアの王女を囲いたいだろうに」
「お客様がお持ちの《問い》に答えを提案するのが、商人の営みでございます」
「ほう」
「美しく着飾りたいご婦人には宝石を勧め、戦を勝ち抜きたい殿方には剣を勧めます。世界に溢れる《問い》の、すべてに提案できる答えを取り揃えておりますのよ」
澄まし顔で大口を叩く、整った顔立ちをした“親戚のお姉さん”に、リティアの口元が緩んだ。
「ならば、問おう」
「なんなりと」
「新しい王には誰が相応しい?」
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