99 / 307
第四章 王都騒乱
90.公女の葛藤(1)
しおりを挟む
グトクリアは、西南伯ヴール候ベスニクが従える60の列候領の東の端に位置する。
聖山戦争において、王国がヴール攻略に先だって陥落させた要衝でもあり、総候参朝を終えた帰路にあたる。
そのグトクリアに、慣例に従って逗留していたベスニクに、孫娘の公女ロマナが喰ってかかっていた。
「親友のピンチなのです! 私が行かずして、誰が行くのです!?」
バシリオスの叛乱、それに続く、ルカスとリーヤボルク連合軍が王都に向けて進軍中との報は、既に届いている。
王弟カリストス、第4王子サヴィアスは王都を落ち、王宮にはリティアだけが残っている。
ベスニクは珍しく感情を爆発させているロマナを、なだめるように口を開いた。
「まあ、落ち着け。ロマナよ」
「落ち着いてなどいられません。王を王太子が討ち、第3王子は他国の兵を引き入れた。そんな混乱の中で、リティアを護るのは第六騎士団のみの僅かに1,000。せめて私が駆け付けなくて、なんとしましょう?」
ベスニクの横に控える、公妃ウラニアが悲しげな表情で話しかけた。
「ロマナ。貴女がリティアのことを、大切に想っていることは知っておりました」
「でしたら、行かせてください! お祖母様!」
「でもね、ロマナ。私たちも、貴女がリティアのことを想うのに負けないくらいに、貴女のことを大切に想っているの」
「お祖母様……」
「リティアも、私にとっては大切な妹。ロマナの気持ちは、とても嬉しいのよ。だけど、貴女を危険な目に遭わせるわけにもいかないわ」
穏やかな口調で語りかけるウラニアに反論できず、ロマナは口元を固く結んだ。
ようやく勢いの止まったロマナに、ベスニクは小さく溜息を漏らした。そして、ウラニアと調子を合わせるように、ゆっくりと語りかけ始めた。
「ロマナよ。聡明な我が孫娘よ。そなたなら分かってくれよう。そなたを王都に行かせぬ訳は、それだけではない」
「え……?」
「テノリア王国の絶大な権威は、参朝させた列候の兵を借りることなく、テノリアの騎士団だけで聖山戦争を勝ち抜いたことにあるのだ。ロマナが援軍を率いて行けば、それだけリティア殿下の立場を弱める」
「立場など……」
と、再び声を荒げようとしたロマナを、ベスニクは手で制した。
「リティア殿下のお立場は王国の……、いや、聖山の民の浮沈を握っている」
「どういうことですか……?」
「早くに王都を退かれたステファノス殿下、ファウロス陛下を討ったバシリオス殿下、リーヤボルクの兵を引き入れたルカス殿下、騒乱の端緒となった側妃サフィナ様の血を引くサヴィアス殿下。皆、それぞれに権威を毀損している」
ロマナの脳裏には、テノリア王家の系図が描かれている。その一番端には、ウラニアを通じて自分の名前も連なる。
「王弟カリストス殿下は、先代王スタヴロス陛下に遡らなければ王子とはならない。それに、バシリオス殿下の一人娘アリダ内親王を、孫であるロドス親王の妃に迎えたことも、今となっては扱いが微妙だ」
ベスニクの語る王家の人間模様は、ロマナを考え込ませるのには充分であった。
また、機微に触れる話題を持ち出されたことは、尊敬する祖父が自分のことを一人前と認めてくれているようにも感じられて、そこはなとなく嬉しくもある。
逸る感情を抑えて考え込む孫娘の姿を、ベスニクも頼もしいものと受け止めた。
「この現状で、無傷なのはリティア殿下のみ」
「たしかに……」
「だからこそ、今はリティア殿下ご自身の力で立ってもらわなければ、聖山の民は、将来の旗印を失うことになりかねない」
祖父の語る状況はいちいちもっともであった。リティアの置かれた特別な立場を冷静に認識するほどに、今すぐにも助けに行きたいという感情が湧き上がる。
「リティア……」
17歳のロマナにとっても、公人としての立場と、個人的な感情の狭間に立たされることは初めての体験であった。
ファウロスの庶長女であり、第2王女としての地位を保持するウラニアは、その歳に似合わぬ幼い顔立ちに、ロマナへの憐憫の情を浮かべた。王家や列候家に生まれた者が、必ず通らなくてはならない葛藤に置かれた孫娘。
その気持ちを軽くしてやりたいと、つとめて明るい声音を発した。
「リティアなら大丈夫です」
「お祖母様……」
「私の妹は逞しいのです」
その時、側に控えていた中年の男が進み出た。
「ロマナ様は、我ら西南伯幕下の旗印でもあるのです」
「小父様……」
西南伯家の遠戚にあたる、エズレア候であった――。
聖山戦争において、王国がヴール攻略に先だって陥落させた要衝でもあり、総候参朝を終えた帰路にあたる。
そのグトクリアに、慣例に従って逗留していたベスニクに、孫娘の公女ロマナが喰ってかかっていた。
「親友のピンチなのです! 私が行かずして、誰が行くのです!?」
バシリオスの叛乱、それに続く、ルカスとリーヤボルク連合軍が王都に向けて進軍中との報は、既に届いている。
王弟カリストス、第4王子サヴィアスは王都を落ち、王宮にはリティアだけが残っている。
ベスニクは珍しく感情を爆発させているロマナを、なだめるように口を開いた。
「まあ、落ち着け。ロマナよ」
「落ち着いてなどいられません。王を王太子が討ち、第3王子は他国の兵を引き入れた。そんな混乱の中で、リティアを護るのは第六騎士団のみの僅かに1,000。せめて私が駆け付けなくて、なんとしましょう?」
ベスニクの横に控える、公妃ウラニアが悲しげな表情で話しかけた。
「ロマナ。貴女がリティアのことを、大切に想っていることは知っておりました」
「でしたら、行かせてください! お祖母様!」
「でもね、ロマナ。私たちも、貴女がリティアのことを想うのに負けないくらいに、貴女のことを大切に想っているの」
「お祖母様……」
「リティアも、私にとっては大切な妹。ロマナの気持ちは、とても嬉しいのよ。だけど、貴女を危険な目に遭わせるわけにもいかないわ」
穏やかな口調で語りかけるウラニアに反論できず、ロマナは口元を固く結んだ。
ようやく勢いの止まったロマナに、ベスニクは小さく溜息を漏らした。そして、ウラニアと調子を合わせるように、ゆっくりと語りかけ始めた。
「ロマナよ。聡明な我が孫娘よ。そなたなら分かってくれよう。そなたを王都に行かせぬ訳は、それだけではない」
「え……?」
「テノリア王国の絶大な権威は、参朝させた列候の兵を借りることなく、テノリアの騎士団だけで聖山戦争を勝ち抜いたことにあるのだ。ロマナが援軍を率いて行けば、それだけリティア殿下の立場を弱める」
「立場など……」
と、再び声を荒げようとしたロマナを、ベスニクは手で制した。
「リティア殿下のお立場は王国の……、いや、聖山の民の浮沈を握っている」
「どういうことですか……?」
「早くに王都を退かれたステファノス殿下、ファウロス陛下を討ったバシリオス殿下、リーヤボルクの兵を引き入れたルカス殿下、騒乱の端緒となった側妃サフィナ様の血を引くサヴィアス殿下。皆、それぞれに権威を毀損している」
ロマナの脳裏には、テノリア王家の系図が描かれている。その一番端には、ウラニアを通じて自分の名前も連なる。
「王弟カリストス殿下は、先代王スタヴロス陛下に遡らなければ王子とはならない。それに、バシリオス殿下の一人娘アリダ内親王を、孫であるロドス親王の妃に迎えたことも、今となっては扱いが微妙だ」
ベスニクの語る王家の人間模様は、ロマナを考え込ませるのには充分であった。
また、機微に触れる話題を持ち出されたことは、尊敬する祖父が自分のことを一人前と認めてくれているようにも感じられて、そこはなとなく嬉しくもある。
逸る感情を抑えて考え込む孫娘の姿を、ベスニクも頼もしいものと受け止めた。
「この現状で、無傷なのはリティア殿下のみ」
「たしかに……」
「だからこそ、今はリティア殿下ご自身の力で立ってもらわなければ、聖山の民は、将来の旗印を失うことになりかねない」
祖父の語る状況はいちいちもっともであった。リティアの置かれた特別な立場を冷静に認識するほどに、今すぐにも助けに行きたいという感情が湧き上がる。
「リティア……」
17歳のロマナにとっても、公人としての立場と、個人的な感情の狭間に立たされることは初めての体験であった。
ファウロスの庶長女であり、第2王女としての地位を保持するウラニアは、その歳に似合わぬ幼い顔立ちに、ロマナへの憐憫の情を浮かべた。王家や列候家に生まれた者が、必ず通らなくてはならない葛藤に置かれた孫娘。
その気持ちを軽くしてやりたいと、つとめて明るい声音を発した。
「リティアなら大丈夫です」
「お祖母様……」
「私の妹は逞しいのです」
その時、側に控えていた中年の男が進み出た。
「ロマナ様は、我ら西南伯幕下の旗印でもあるのです」
「小父様……」
西南伯家の遠戚にあたる、エズレア候であった――。
38
お気に入りに追加
417
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
王国冒険者の生活(修正版)
雪月透
ファンタジー
配達から薬草採取、はたまたモンスターの討伐と貼りだされる依頼。
雑用から戦いまでこなす冒険者業は、他の職に就けなかった、就かなかった者達の受け皿となっている。
そんな冒険者業に就き、王都での生活のため、いろんな依頼を受け、世界の流れの中を生きていく二人が中心の物語。
※以前に上げた話の誤字脱字をかなり修正し、話を追加した物になります。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる