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第四章 王都騒乱
90.公女の葛藤(1)
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グトクリアは、西南伯ヴール候ベスニクが従える60の列候領の東の端に位置する。
聖山戦争において、王国がヴール攻略に先だって陥落させた要衝でもあり、総候参朝を終えた帰路にあたる。
そのグトクリアに、慣例に従って逗留していたベスニクに、孫娘の公女ロマナが喰ってかかっていた。
「親友のピンチなのです! 私が行かずして、誰が行くのです!?」
バシリオスの叛乱、それに続く、ルカスとリーヤボルク連合軍が王都に向けて進軍中との報は、既に届いている。
王弟カリストス、第4王子サヴィアスは王都を落ち、王宮にはリティアだけが残っている。
ベスニクは珍しく感情を爆発させているロマナを、なだめるように口を開いた。
「まあ、落ち着け。ロマナよ」
「落ち着いてなどいられません。王を王太子が討ち、第3王子は他国の兵を引き入れた。そんな混乱の中で、リティアを護るのは第六騎士団のみの僅かに1,000。せめて私が駆け付けなくて、なんとしましょう?」
ベスニクの横に控える、公妃ウラニアが悲しげな表情で話しかけた。
「ロマナ。貴女がリティアのことを、大切に想っていることは知っておりました」
「でしたら、行かせてください! お祖母様!」
「でもね、ロマナ。私たちも、貴女がリティアのことを想うのに負けないくらいに、貴女のことを大切に想っているの」
「お祖母様……」
「リティアも、私にとっては大切な妹。ロマナの気持ちは、とても嬉しいのよ。だけど、貴女を危険な目に遭わせるわけにもいかないわ」
穏やかな口調で語りかけるウラニアに反論できず、ロマナは口元を固く結んだ。
ようやく勢いの止まったロマナに、ベスニクは小さく溜息を漏らした。そして、ウラニアと調子を合わせるように、ゆっくりと語りかけ始めた。
「ロマナよ。聡明な我が孫娘よ。そなたなら分かってくれよう。そなたを王都に行かせぬ訳は、それだけではない」
「え……?」
「テノリア王国の絶大な権威は、参朝させた列候の兵を借りることなく、テノリアの騎士団だけで聖山戦争を勝ち抜いたことにあるのだ。ロマナが援軍を率いて行けば、それだけリティア殿下の立場を弱める」
「立場など……」
と、再び声を荒げようとしたロマナを、ベスニクは手で制した。
「リティア殿下のお立場は王国の……、いや、聖山の民の浮沈を握っている」
「どういうことですか……?」
「早くに王都を退かれたステファノス殿下、ファウロス陛下を討ったバシリオス殿下、リーヤボルクの兵を引き入れたルカス殿下、騒乱の端緒となった側妃サフィナ様の血を引くサヴィアス殿下。皆、それぞれに権威を毀損している」
ロマナの脳裏には、テノリア王家の系図が描かれている。その一番端には、ウラニアを通じて自分の名前も連なる。
「王弟カリストス殿下は、先代王スタヴロス陛下に遡らなければ王子とはならない。それに、バシリオス殿下の一人娘アリダ内親王を、孫であるロドス親王の妃に迎えたことも、今となっては扱いが微妙だ」
ベスニクの語る王家の人間模様は、ロマナを考え込ませるのには充分であった。
また、機微に触れる話題を持ち出されたことは、尊敬する祖父が自分のことを一人前と認めてくれているようにも感じられて、そこはなとなく嬉しくもある。
逸る感情を抑えて考え込む孫娘の姿を、ベスニクも頼もしいものと受け止めた。
「この現状で、無傷なのはリティア殿下のみ」
「たしかに……」
「だからこそ、今はリティア殿下ご自身の力で立ってもらわなければ、聖山の民は、将来の旗印を失うことになりかねない」
祖父の語る状況はいちいちもっともであった。リティアの置かれた特別な立場を冷静に認識するほどに、今すぐにも助けに行きたいという感情が湧き上がる。
「リティア……」
17歳のロマナにとっても、公人としての立場と、個人的な感情の狭間に立たされることは初めての体験であった。
ファウロスの庶長女であり、第2王女としての地位を保持するウラニアは、その歳に似合わぬ幼い顔立ちに、ロマナへの憐憫の情を浮かべた。王家や列候家に生まれた者が、必ず通らなくてはならない葛藤に置かれた孫娘。
その気持ちを軽くしてやりたいと、つとめて明るい声音を発した。
「リティアなら大丈夫です」
「お祖母様……」
「私の妹は逞しいのです」
その時、側に控えていた中年の男が進み出た。
「ロマナ様は、我ら西南伯幕下の旗印でもあるのです」
「小父様……」
西南伯家の遠戚にあたる、エズレア候であった――。
聖山戦争において、王国がヴール攻略に先だって陥落させた要衝でもあり、総候参朝を終えた帰路にあたる。
そのグトクリアに、慣例に従って逗留していたベスニクに、孫娘の公女ロマナが喰ってかかっていた。
「親友のピンチなのです! 私が行かずして、誰が行くのです!?」
バシリオスの叛乱、それに続く、ルカスとリーヤボルク連合軍が王都に向けて進軍中との報は、既に届いている。
王弟カリストス、第4王子サヴィアスは王都を落ち、王宮にはリティアだけが残っている。
ベスニクは珍しく感情を爆発させているロマナを、なだめるように口を開いた。
「まあ、落ち着け。ロマナよ」
「落ち着いてなどいられません。王を王太子が討ち、第3王子は他国の兵を引き入れた。そんな混乱の中で、リティアを護るのは第六騎士団のみの僅かに1,000。せめて私が駆け付けなくて、なんとしましょう?」
ベスニクの横に控える、公妃ウラニアが悲しげな表情で話しかけた。
「ロマナ。貴女がリティアのことを、大切に想っていることは知っておりました」
「でしたら、行かせてください! お祖母様!」
「でもね、ロマナ。私たちも、貴女がリティアのことを想うのに負けないくらいに、貴女のことを大切に想っているの」
「お祖母様……」
「リティアも、私にとっては大切な妹。ロマナの気持ちは、とても嬉しいのよ。だけど、貴女を危険な目に遭わせるわけにもいかないわ」
穏やかな口調で語りかけるウラニアに反論できず、ロマナは口元を固く結んだ。
ようやく勢いの止まったロマナに、ベスニクは小さく溜息を漏らした。そして、ウラニアと調子を合わせるように、ゆっくりと語りかけ始めた。
「ロマナよ。聡明な我が孫娘よ。そなたなら分かってくれよう。そなたを王都に行かせぬ訳は、それだけではない」
「え……?」
「テノリア王国の絶大な権威は、参朝させた列候の兵を借りることなく、テノリアの騎士団だけで聖山戦争を勝ち抜いたことにあるのだ。ロマナが援軍を率いて行けば、それだけリティア殿下の立場を弱める」
「立場など……」
と、再び声を荒げようとしたロマナを、ベスニクは手で制した。
「リティア殿下のお立場は王国の……、いや、聖山の民の浮沈を握っている」
「どういうことですか……?」
「早くに王都を退かれたステファノス殿下、ファウロス陛下を討ったバシリオス殿下、リーヤボルクの兵を引き入れたルカス殿下、騒乱の端緒となった側妃サフィナ様の血を引くサヴィアス殿下。皆、それぞれに権威を毀損している」
ロマナの脳裏には、テノリア王家の系図が描かれている。その一番端には、ウラニアを通じて自分の名前も連なる。
「王弟カリストス殿下は、先代王スタヴロス陛下に遡らなければ王子とはならない。それに、バシリオス殿下の一人娘アリダ内親王を、孫であるロドス親王の妃に迎えたことも、今となっては扱いが微妙だ」
ベスニクの語る王家の人間模様は、ロマナを考え込ませるのには充分であった。
また、機微に触れる話題を持ち出されたことは、尊敬する祖父が自分のことを一人前と認めてくれているようにも感じられて、そこはなとなく嬉しくもある。
逸る感情を抑えて考え込む孫娘の姿を、ベスニクも頼もしいものと受け止めた。
「この現状で、無傷なのはリティア殿下のみ」
「たしかに……」
「だからこそ、今はリティア殿下ご自身の力で立ってもらわなければ、聖山の民は、将来の旗印を失うことになりかねない」
祖父の語る状況はいちいちもっともであった。リティアの置かれた特別な立場を冷静に認識するほどに、今すぐにも助けに行きたいという感情が湧き上がる。
「リティア……」
17歳のロマナにとっても、公人としての立場と、個人的な感情の狭間に立たされることは初めての体験であった。
ファウロスの庶長女であり、第2王女としての地位を保持するウラニアは、その歳に似合わぬ幼い顔立ちに、ロマナへの憐憫の情を浮かべた。王家や列候家に生まれた者が、必ず通らなくてはならない葛藤に置かれた孫娘。
その気持ちを軽くしてやりたいと、つとめて明るい声音を発した。
「リティアなら大丈夫です」
「お祖母様……」
「私の妹は逞しいのです」
その時、側に控えていた中年の男が進み出た。
「ロマナ様は、我ら西南伯幕下の旗印でもあるのです」
「小父様……」
西南伯家の遠戚にあたる、エズレア候であった――。
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