98 / 307
第四章 王都騒乱
89.無頼の忠誠(2)
しおりを挟む
「狼のお嬢ちゃん」
「はい……」
「話をするのは初めてだな。俺は、ノクシアスって言うんだ」
「はい、知ってます……」
と、伏し目がちにアイカが応えると、ノクシアスは自嘲的な笑みを浮かべた。
「ははは。警戒させてしまったな。ひとつ言っておくが、俺は無頼姫を尊敬してるんだぜ?」
「え……?」
「王都の無頼をまとめあげた手腕は確かだし、血を見ることも厭わない。少し窮屈にはなったが、無頼の生活は安定した。俺も無頼姫に任じられた元締の一人だ。無頼姫不在の王都を、誰の好き勝手にもさせねぇよ」
ジッと自分を見詰めたまま語るノクシアスのことを、アイカもジッと観察している。その黄金色の瞳には、少しヤンチャだが頼りがいのあるお兄さんのように映っていた。
――人の上に立つ人、ってことか。
漏れ伝わるノクシアスの噂は、アイカの中でとんでもない悪党という像を結んでいた。しかし、実際に会って話すノクシアスから受ける印象は、それと異なる。
人間社会から隔絶されたように育ったアイカが、初めて遭遇する「複雑な人間」であったかもしれない。
「無頼姫が戻るまで、無頼は無頼の法で、王都を守る」
「はい……」
「ただ、無頼の間ではのし上がる者も出てくるだろうな」
「な、仲良く……、お願いします……」
という、アイカの言葉に、ノクシアスは虚を衝かれたように眉を開いた。
「ふふ。無頼らしく仲良くするさ。無頼らしくな」
それはきっと痛いヤツなんだろうなと、アイカは思った。けれど、妙に信頼することも出来た。
「孤児の食堂を……」
「ん?」
「守ってあげてください……」
アイカが、かろうじて聞き取れるような声で言うと、ノクシアスは目を細めた。
伝え聞く『無頼姫の狼少女』も、天涯孤独の身の上のはずだ。王都を落ちるリティアに付き従うなら、自身にも苦難の道のりが待っている。
その中にあって、孤児たちの行く末を案じるアイカの心根は、ノクシアスの侠気に触れた。
「……分かった。誰にも手出しはさせない」
「約束ですよ……?」
「ああ。こう見えても、俺は正統派の無頼なんだぜ? 口にしたことは守る」
野心に満ちた若き親分と、桃色髪の少女はしばしの間、見詰め合った。
やがて、アイカはゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「やれやれ。やっと、信じてくれたか。俺は俺なりに、無頼の作法に則って、無頼姫に忠誠を尽くす」
「無頼の作法……?」
「強い者が、上に立つ。それだけだ。強くなくちゃ狼のお嬢ちゃんが大切に想ってる孤児たちも守れねぇだろ?」
ノクシアスは腰を上げ、ゼルフィアに向き直った。
「侍女さん」
「はい」
「束ねの帰りを、ノクシアスは首を長くして待っている。無頼姫には、そう伝えてくれ」
「たしかに伝えましょう」
ノクシアスは楽しげで、それでも険しい表情を浮かべた。
「無頼姫が王都に帰還した暁には、俺が王都の無頼の頂点に立ってお迎えする」
「はい……」
「話をするのは初めてだな。俺は、ノクシアスって言うんだ」
「はい、知ってます……」
と、伏し目がちにアイカが応えると、ノクシアスは自嘲的な笑みを浮かべた。
「ははは。警戒させてしまったな。ひとつ言っておくが、俺は無頼姫を尊敬してるんだぜ?」
「え……?」
「王都の無頼をまとめあげた手腕は確かだし、血を見ることも厭わない。少し窮屈にはなったが、無頼の生活は安定した。俺も無頼姫に任じられた元締の一人だ。無頼姫不在の王都を、誰の好き勝手にもさせねぇよ」
ジッと自分を見詰めたまま語るノクシアスのことを、アイカもジッと観察している。その黄金色の瞳には、少しヤンチャだが頼りがいのあるお兄さんのように映っていた。
――人の上に立つ人、ってことか。
漏れ伝わるノクシアスの噂は、アイカの中でとんでもない悪党という像を結んでいた。しかし、実際に会って話すノクシアスから受ける印象は、それと異なる。
人間社会から隔絶されたように育ったアイカが、初めて遭遇する「複雑な人間」であったかもしれない。
「無頼姫が戻るまで、無頼は無頼の法で、王都を守る」
「はい……」
「ただ、無頼の間ではのし上がる者も出てくるだろうな」
「な、仲良く……、お願いします……」
という、アイカの言葉に、ノクシアスは虚を衝かれたように眉を開いた。
「ふふ。無頼らしく仲良くするさ。無頼らしくな」
それはきっと痛いヤツなんだろうなと、アイカは思った。けれど、妙に信頼することも出来た。
「孤児の食堂を……」
「ん?」
「守ってあげてください……」
アイカが、かろうじて聞き取れるような声で言うと、ノクシアスは目を細めた。
伝え聞く『無頼姫の狼少女』も、天涯孤独の身の上のはずだ。王都を落ちるリティアに付き従うなら、自身にも苦難の道のりが待っている。
その中にあって、孤児たちの行く末を案じるアイカの心根は、ノクシアスの侠気に触れた。
「……分かった。誰にも手出しはさせない」
「約束ですよ……?」
「ああ。こう見えても、俺は正統派の無頼なんだぜ? 口にしたことは守る」
野心に満ちた若き親分と、桃色髪の少女はしばしの間、見詰め合った。
やがて、アイカはゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「やれやれ。やっと、信じてくれたか。俺は俺なりに、無頼の作法に則って、無頼姫に忠誠を尽くす」
「無頼の作法……?」
「強い者が、上に立つ。それだけだ。強くなくちゃ狼のお嬢ちゃんが大切に想ってる孤児たちも守れねぇだろ?」
ノクシアスは腰を上げ、ゼルフィアに向き直った。
「侍女さん」
「はい」
「束ねの帰りを、ノクシアスは首を長くして待っている。無頼姫には、そう伝えてくれ」
「たしかに伝えましょう」
ノクシアスは楽しげで、それでも険しい表情を浮かべた。
「無頼姫が王都に帰還した暁には、俺が王都の無頼の頂点に立ってお迎えする」
52
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~
翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……


転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる