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第四章 王都騒乱
87.母親たち(2)
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車椅子に乗ったカタリナが、静かに近寄り、跪くアナスタシアの肩に手を置いた。
「悲しいのう、アナスタシア……」
「王太后陛下……」
「ここは、義母と呼ばぬか……?」
と、カタリナは悪戯っぽい笑みを見せた。アナスタシアは数瞬、目線を泳がせた後、しっかりとカタリナの光を失っている瞳を見詰めた。
「義母上……」
「アナスタシア、私の娘よ。私の子が、孫に殺されてしもうた……」
殺されたカタリナの子はアナスタシアの夫であり、殺した孫はアナスタシアの血を分けた息子である。
「今度は、孫同士が殺し合おうとしておる。なんと、悲しいことよのう……」
「ですから、私が止めて参ります。私を王都に行かせてくださいませ」
「止まるまい。兄弟とはいえ、王座を賭けた争い。我が故郷、ザノクリフでは兄と弟が争い、ともに倒れた。正統な後継者も行方知れずで、いまだ王国は2つに割れて殺し合いをしておる。それが、王座の重みというものじゃ……」
カタリナの言葉は柔和で、思い遣りに溢れた口調であったが、反論を許さない厳粛さも保っていた。
相次ぐ悲報に精神を削られ切っていたアナスタシアは、それ以上に抗うことができず、全身から力が抜けていくのを感じた。この場にいる誰もが自分の味方でありながら、その誰からも理解して貰えないことを、受け入れるしかなかった。
「義母上……」
力なく呟くようなアナスタシアの声の方に、カタリナは顔を向けた。
「私はこのままここにいても、気が狂ってしまいそうなのです」
「分かる、分かるぞ……。アナスタシア」
カタリナは肩に置いた手に軽く力を込め、アナスタシアを抱き寄せた。
「子を想う母の気持ち、私も同じじゃ。しかし、ファウロスは我が子である以上に、王であった。王として死んだ。……、だが、死ねば王でもなんでもない。私は、ただ悲しみ、ただ悼めばよい。死んでようやく、我が手に帰って来た……」
「バシリオスとルカスも、死ぬまで私の手には帰って来ぬと、仰られるのですか……?」
アナスタシアは、今にも泣き出しそうな声を絞って、カタリナの膝に顔を埋めた。
「ともに祈ってはくれぬか?」
「祈る……?」
「そなたが持つ政治的価値を、今は考えることはできまい」
「私の……、価値……?」
「今行けば、そなたの価値を放棄することになる。我らの出番は、もう少し後になる。それまでの間、バシリオスとルカスが無事であることを、聖山の神々にともに祈ろうぞ」
ステファノスが妻のユーデリケに目で合図すると、ユーデリケはアナスタシアの横に膝を突き、その手を取った。
「さあ、お義母さま……」
「ユーデリケ……」
「今晩は、私が一緒におります。ともに、祈らせてくださいませ」
アナスタシアは小さく頷き、ユーデリケに手を引かれて天空神ラトゥパヌの正殿に向かった。
その寄り添い合う背中を、ステファノスとカタリナが見送る。
アナスタシアの背中が見えなくなった頃合いに、カタリナが呟くように口を開いた。
「悲しいことよのう……」
「ええ……」
と、ステファノスは立ち尽くしたまま応えた。
「息子が孫に殺されたというのに、案じているのは王国の行く末ばかり。ただ悲しんでやることも出来ぬ。それが、悲しい」
「どこに行き着きますかな……?」
というステファノスの問いに、カタリナの答えは意外なものであった。
「リティア次第であろう」
「リティア?」
「王座は、リティアが味方した者に渡る」
「それは……?」
「ステファノス。そなたは王座に興味はなかろうが、リティアのことは大切にせよ」
「はっ」
「部屋に戻る。少し疲れた……」
と、その場をあとにした王太后カタリナの言葉の意味を、ステファノスは考え続けていた。
「悲しいのう、アナスタシア……」
「王太后陛下……」
「ここは、義母と呼ばぬか……?」
と、カタリナは悪戯っぽい笑みを見せた。アナスタシアは数瞬、目線を泳がせた後、しっかりとカタリナの光を失っている瞳を見詰めた。
「義母上……」
「アナスタシア、私の娘よ。私の子が、孫に殺されてしもうた……」
殺されたカタリナの子はアナスタシアの夫であり、殺した孫はアナスタシアの血を分けた息子である。
「今度は、孫同士が殺し合おうとしておる。なんと、悲しいことよのう……」
「ですから、私が止めて参ります。私を王都に行かせてくださいませ」
「止まるまい。兄弟とはいえ、王座を賭けた争い。我が故郷、ザノクリフでは兄と弟が争い、ともに倒れた。正統な後継者も行方知れずで、いまだ王国は2つに割れて殺し合いをしておる。それが、王座の重みというものじゃ……」
カタリナの言葉は柔和で、思い遣りに溢れた口調であったが、反論を許さない厳粛さも保っていた。
相次ぐ悲報に精神を削られ切っていたアナスタシアは、それ以上に抗うことができず、全身から力が抜けていくのを感じた。この場にいる誰もが自分の味方でありながら、その誰からも理解して貰えないことを、受け入れるしかなかった。
「義母上……」
力なく呟くようなアナスタシアの声の方に、カタリナは顔を向けた。
「私はこのままここにいても、気が狂ってしまいそうなのです」
「分かる、分かるぞ……。アナスタシア」
カタリナは肩に置いた手に軽く力を込め、アナスタシアを抱き寄せた。
「子を想う母の気持ち、私も同じじゃ。しかし、ファウロスは我が子である以上に、王であった。王として死んだ。……、だが、死ねば王でもなんでもない。私は、ただ悲しみ、ただ悼めばよい。死んでようやく、我が手に帰って来た……」
「バシリオスとルカスも、死ぬまで私の手には帰って来ぬと、仰られるのですか……?」
アナスタシアは、今にも泣き出しそうな声を絞って、カタリナの膝に顔を埋めた。
「ともに祈ってはくれぬか?」
「祈る……?」
「そなたが持つ政治的価値を、今は考えることはできまい」
「私の……、価値……?」
「今行けば、そなたの価値を放棄することになる。我らの出番は、もう少し後になる。それまでの間、バシリオスとルカスが無事であることを、聖山の神々にともに祈ろうぞ」
ステファノスが妻のユーデリケに目で合図すると、ユーデリケはアナスタシアの横に膝を突き、その手を取った。
「さあ、お義母さま……」
「ユーデリケ……」
「今晩は、私が一緒におります。ともに、祈らせてくださいませ」
アナスタシアは小さく頷き、ユーデリケに手を引かれて天空神ラトゥパヌの正殿に向かった。
その寄り添い合う背中を、ステファノスとカタリナが見送る。
アナスタシアの背中が見えなくなった頃合いに、カタリナが呟くように口を開いた。
「悲しいことよのう……」
「ええ……」
と、ステファノスは立ち尽くしたまま応えた。
「息子が孫に殺されたというのに、案じているのは王国の行く末ばかり。ただ悲しんでやることも出来ぬ。それが、悲しい」
「どこに行き着きますかな……?」
というステファノスの問いに、カタリナの答えは意外なものであった。
「リティア次第であろう」
「リティア?」
「王座は、リティアが味方した者に渡る」
「それは……?」
「ステファノス。そなたは王座に興味はなかろうが、リティアのことは大切にせよ」
「はっ」
「部屋に戻る。少し疲れた……」
と、その場をあとにした王太后カタリナの言葉の意味を、ステファノスは考え続けていた。
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