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第四章 王都騒乱
81.王女の誇り
しおりを挟む「お、王太子殿下におかれましては……」
と、カリトンの声は小さく震えている。
「君側の奸を討つ、義挙をなされました……。ち、誓って……」
正面に立てた剣に手を置くリティアは、冷然とした表情で、カリトンの次の言葉を待った。
アイカは、いつもであれば見逃すことのないリティアの表情には気付かず、その視線はカリトンに注がれている。
「……誓って、他意のあるものではなく、リティア殿下におかれましては、宮殿にて、ご静観下さいますよう……」
語尾の歯切れが弱く、口上が終わったのかどうか判然としない。
しばしの沈黙が流れた後、リティアが厳然とした響きを込め言い放つ。
「既に、我らが王宮に正義はない」
カリトンはサッと表情を変え、頭を下げた。
「この上は、戦神ヴィアナが微笑んだ者にのみ、玉座と冠が授けられるであろう」
カリトンは顔を伏せたまま、小刻みに身を震わせている。
「我が言葉、兄上に伝えよ」
リティアの声は厳粛さを保っていたが、旧知の者にかける湿りを、ほんの少しだけ帯びた。
「はっ。しかと」
カリトンは平伏し、顔を見せないままに立ち去った。
アイカの青ざめた表情にリティアは気付いていたが、掛ける言葉は見付からなかった。ただ、危急のときにあって、自分に寄り添おうとしてくれている気持ちだけを受け取った。
踵を返し執務室に戻ろうとしたとき、斥候から新たな報せが届いた。
「国王宮殿本宮11階、ヴィアナ騎士団が制圧! 戦闘は継続しています」
そして、間髪入れず届いた次の報せは、リティアに天を仰がせた。
「側妃サフィナ様、第5王子エディン殿下。共に討たれ、お果てになりました」
リティアは眉頭にグッと力を込めて一点を凝視し、眼球から飛び出そうとするものを押さえ込んだ。
――エディン。
その柔らかな頬をこすり合わせたのは、つい先日のこと。
温かく滑らかだった頬は、既に冷たく堅くなり始めているのか。
「エディンがいないと、おかあさまが、かなしくなっちゃうでしょ?」
エディンの愛らしい声が、リティアの耳を襲う。
――母と一緒に逝けたか。
リティアが冥府の王に死後の安寧を祈ろうとしたその時、アイカが強い力でリティアを抱き締めた。
鎧越しでもそれと分かる強い抱擁を、リティアは天を仰いだまま受け止めた。
「泣いていいんだよ……」
という、リティアの胸の高さあたりから聞こえるアイカの声には、既に嗚咽が混じっている。
「泣いてもいいと思うよ……。悲しいね……」
リティアは喉の奥に流れるものを飲み込み、アイカの頭に手を乗せた。
「ああ。悲しいな」
リティアは優しくアイカの手を解くと、腰を屈めて黄金色の瞳を見詰めた。
「可哀想な弟のために泣いてくれて、ありがとう」
夕暮れ色をしたリティアの瞳も濡れている。
が、滴を零すことは第3王女の誇りが押し留めた。
「アイカ、後で一緒に泣いてくれ。今は、やらねばならぬことが多い」
と、優しく微笑みかけるリティアに、アイカは涙を拭いて頷いた。
リティアは身体を起こし、次の指示を飛ばし始める。
「今夜はどうせ寝られぬ。女官や従者たちに飯をつくらせろ。出来るだけ多くの者に参加させるんだ。手を動かせば動揺を抑え込める」
空が白み始める頃、国王宮殿が陥ちたとの報せが入った――。
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