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第四章 王都騒乱
80.重装鎧
しおりを挟む「ペトラ殿とファイナ殿は?」
ふと気が付いたリティアが、クレイアに問うた。
「今は落ち着かれています」
と、クレイアがいつも以上にクレバーな口調で応える。
――今は、か。
両内親王がひどく取り乱したのは想像に難くない。
リティアも取り乱せるものなら取り乱したい。泣きたいし、喚きたい。
――今すぐ兄の下に駆け込んで、縋り付いて、泣いて、喚いて、頼めば、兄は退いてくれるだろうか。
と、詮無い想像に、悲しげな苦笑いを浮かべた。
しかし、それは、私の生き方ではない――と、数瞬で表情から迷いの色を消した。
「重装鎧を持て」
リティアは立ち上がり、第六騎士団長が戦場に立つ、父王から授かった正式な鎧の準備を命じた。
「そろそろ、ヴィアナ騎士団から使者が寄越される頃合だ。こちらの覚悟を示す」
攻め込むならば徹底抗戦を辞さない。その覚悟である。
執務室に揃った侍女達が、鎧を装着するリティアの介添えをする。
その光景を、アイカは呆然と眺めていた。
いわば、推しと推しが殺し合っている。いずれ、誰かがこの世の住人でなくなる。楽園と思っていた王宮が、血なまぐさい空気に支配されていく。身体の大きな男の人たちの暴力が、青白い王宮の壁を血の色に染め上げていく。
最初の土間で、ヤニス達が構えていた剣の切っ先が脳裏に蘇る。
――刺されば死ぬし、斬りかかられたらイチコロだ。
まさに、その剣で命の奪い合いが行われている。
両脇から身体を押し付けてくるタロウとジロウの温もりがなければ、自分を失ってしまいそうな衝動の中で、心が彷徨っている。
これまでに見たことのないリティアの表情は、無表情というには険しく、煌びやかな鎧に包まれた立ち姿は、美しさが恐ろしいまでに際立って見える。街角でマエルの従僕に見せた姿よりもなお、魂を凍てつかせるような気配を漂わせている。
まもなく、リティアの読み通り、使者が姿を見せた。
「よし。中には通すな。こちらから出向く」
と、リティアが、宮殿入口のホールに使者を留め置くよう命じた。
アイカが絞り出すように声を発した。
「わ……、私も……」
リティアたちの視線がアイカに集まる。
「私も、行っていいですか……?」
なぜか分からないが、自分も立ち会わないといけない気がした。
リティアは、しばらくアイカのことを見詰めた。そして、表情を変えないまま、口を開いた。
「来るか」
「はい……」
リティアが目で指図すると、クレイアがアイカの手を取った。タロウとジロウも立ち上がり、アイカに続いた。歩き慣れたはずの廊下が、ひどく威圧的に見えた。
重装鎧にジリコが掲げる騎士団長旗。
戦場の正装を整えたリティアが姿を見せると、使者は平伏した。アイカは、その使者に見覚えがあった。
――カリトンさん……。
水色がかった灰色の髪に貴公子然とした風貌は、鈍い銀色をした鎧に覆われ、脱いだ兜を脇に抱えている。リティアに促されて上げた顔には、人間が抱え得る最大量の葛藤が詰め込まれているように見えた――。
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