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第四章 王都騒乱
79.変事
しおりを挟む「変事です――」
深夜。寝所の暗闇に響くクロエの声で、リティアは目を開いた。
どうした? と、リティアは天蓋を見詰めて問い返す。
返って来た言葉は、雷鳴の轟きにも似ていた。
「王太子殿下、ご謀叛――」
ベッドから飛び出たリティアは、騎士服に改めながら報告を続けさせる。
王都の祝祭が幕を閉じてから4度目を数える夜のことである。
「既に、王宮内戦闘が始まっております」
「兄上の手勢は?」
「恐らくヴィアナ騎士団の騎兵のみ3,000」
――兄上に、抜かりはないな。
列候の見送りに王国中に散っている騎士団の、騎兵のみを集結させ、烈火の速さで攻め入ったのだろう。
リティアは一瞬、着替えの手を止め、中空を睨み付けた。
――父上は死ぬ。
バシリオスに対して、なぜ謀叛など? とは思わなかった。父王の仕打ちは度を超えていた。
着替えを終えたリティアは、剣を手に取りマントを纏いながら寝室を出た。
既にアイカを除く侍女たちが控えている。
リティアは急ぎ足で執務室に向かいながら、矢継ぎ早に指示を出す。
「宮殿内に残る女人は、全て奥殿に入れよ。身分は問わぬ。全て匿え。騎士を前に、侍従など非戦闘員は奥へ。急げ」
アイシェ、ゼルフィア、クレイアが駆け出す。
奥殿を出たリティアの周囲をクロエと共に、ヤニスとジリコも固める。
駆け付けた宿直の騎兵長たちにも指示を飛ばす。
「斥候を放て。それから、第六騎士団詰所に使いを走らせ、北離宮の守りを固めよ」
執務室に入ったリティアに、斥候からの報せが次々届き始める。
「近衛騎士団、国王宮殿内でヴィアナ騎士団と交戦中!」
「低層階の王国政庁が制圧されました!」
「王弟殿下、既に王宮を脱出された模様。若干の戦闘が発生し、死傷者も出ております」
「第4王子サヴィアス殿下、先ほど王宮を脱出」
リティアは眉を顰め舌打ちした。
――サヴィアス。薄情なヤツ。
カリストスの迅さは想定できた。流石と言っても良い。
だが、母親であるサフィナを置いて素早く逃げ出したサヴィアスには、苦々しいものを禁じ得ない。
「殿下」と、宮殿警護の宿直だった百騎兵長ネビが膝を突いた。
「脱出されますか? 今なら斬り開けます」
リティアは正面を見据えた。
「いや、見届けよう」
恐らく兄は、父王を討ち漏らさない。
いずれ即位するには、王の子供――先代王の子である王弟も含まれる――の内から、少なくとも1人の賛意を必要とする。
サヴィアスはともかく、カリストスも王宮を去った。
バシリオスからすれば、当面、リティアまで敵に回すことはしない筈である。
それに、リティアには偉大な父王の最期に立ち会いたいという思いもあった。
「ただし、警戒は怠るな。絶えず斥候も放て」
「はっ」と、ひと声発したネビは執務室から駆け出た。その慌ただしい振る舞いが、既にここが戦場であることを物語る。
入れ替わりにクレイアが、アイカとタロウ、ジロウを連れて執務室に入ってきた。
「女官たちを、アイカの部屋にも入れました。狼と一緒では怖がるので」
それもそうだなと、リティアが少し笑った後、執務室は重苦しい静寂に包まれた。
近衛騎士団は精鋭が集められているが、ヴィアナ騎士団からの急襲を凌ぎ切れるとは思えない。
リティアは、グッと眉根に力を込め、そんなリティアをアイカが茫然と眺めていた――。
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