85 / 307
第三章 総候参朝
78.幕が下りる
しおりを挟む
すっかり日も暮れた頃、『王都詩宴』は、国王選定詩の披露をもって幕を閉じた。
――これは……。
拍手を贈りながら、リティアは誰にも気付かれない程度に眉を顰めた。
父王が選んだ詩は『新作』ではなかったが、父である神が国を守るため、息子の神を死地に送り出す詩だった。父は子を想い、子は父を想う感動的な一編であったが、リティアには仄かな含意が感じられる。
舞台上では設えが改められ、そのまま『聖山誓勅』の場となる。
王族列侯の椅子やテーブルも全て下げられ、国王が『聖山の神々』に国の方針を誓う厳粛な場へと様相が移る。
国王が登壇すると、王族列侯、また随行の者の全てが片膝を付いて最敬礼をとった。
「今年は我が第3王女リティアが成人し、騎士団長ならびに『束ね』の重責を担った……」
と、この一年を振り返り神に感謝を捧げる言葉から、国王の誓いは始まる。
昨年の『聖山誓勅』では、リティアに第六騎士団の創設と『無頼の束ね』に任じるという勅命が下り、一堂を驚かせた。
縷々述べられる最後に下される勅命には、年によって程度の差はあれども、必ずなにがしかの驚きが含まれている。
国王の前にかしずく約2,000名の者たちは、緊張と期待を胸に最後の言葉を待った。
だが――、
「『草原の民』に怪しい動きがある」
という国王の言葉は、誰にとっても初耳であった。
「ハラエラとサグアに砦を築き、これに備えるべし」
恐らく地名なのであろうが、誰も聞き覚えがない。
「ついては、ハラエラには王太子バシリオス、サグアには第3王子ルカスが、衛騎士を率いて、直ちに急行せよ」
居並ぶ者たちは皆、息を飲んだ。
衛騎士とわざわざ断った以上、騎士団そのものを率いて行くことは許さないという意味であった。
――追放。
その言葉が、皆の脳裏をよぎった。
「聖山三六〇列候におかれては、王太子と第3王子の砦建設に必要な資材を供出し『聖山の民』の危機に備えられたし。騎士団は通例通り聖山列候のお帰りをお送りし、聖山の民の団結を示せ」
国王ファウロスが『天空神ラトゥパヌ』への奉祝の言葉で『聖山誓勅』を締めくくり退席した後も、その場は水を打ったような静けさが支配していた。
我に返ったリティアは、兄バシリオスの姿を探したが、既に見付けることが出来なかった。
澄んだ秋の夜空には、真円に輝いているはずの、これから欠けていく満月が、雲に覆われて鈍く光っていた。
◇
翌朝。バシリオスとルカスの姿は既に王都になかった。
朝陽の昇る前に、遥か北西の辺境の地に向け、それぞれ3人の衛騎士を伴うだけで出立していた。
ルカスの娘、ペトラ姉内親王とファイナ妹内親王は、半狂乱になってリティア宮殿に駆け込んだ。
これから、どうしたらいいのか? と、取り乱して泣き止まない2人をリティアは宥め、早まったことをしないようゼルフィアを付けて、応接間に休ませた。
王都中が不穏な空気に包まれているのが、宮殿の窓から見下ろすだけでも伝わってくる。
王太子妃エカテリニは、父チュケシエ候を見送るという名目で、既に王都を発ったと報せが入った。
さらに、西域の大隊商マエルも昨晩の内に姿を消したと、クレイアを通じてアイラから報告があった。
サヴィアスは早くも王太子宮殿を譲るべきだと嘯いているらしい。
ロザリーにはアイシェを使いに出したが返事がない。
今、父王に会う気にはなれない。
リティアは唇を噛んだ。
側妃サフィナのクスクスと笑う声が、響いてくる気がした。
揺らぎそうになる宮殿の床を強く踏みしめ、リティアは立ち上がった――。
――これは……。
拍手を贈りながら、リティアは誰にも気付かれない程度に眉を顰めた。
父王が選んだ詩は『新作』ではなかったが、父である神が国を守るため、息子の神を死地に送り出す詩だった。父は子を想い、子は父を想う感動的な一編であったが、リティアには仄かな含意が感じられる。
舞台上では設えが改められ、そのまま『聖山誓勅』の場となる。
王族列侯の椅子やテーブルも全て下げられ、国王が『聖山の神々』に国の方針を誓う厳粛な場へと様相が移る。
国王が登壇すると、王族列侯、また随行の者の全てが片膝を付いて最敬礼をとった。
「今年は我が第3王女リティアが成人し、騎士団長ならびに『束ね』の重責を担った……」
と、この一年を振り返り神に感謝を捧げる言葉から、国王の誓いは始まる。
昨年の『聖山誓勅』では、リティアに第六騎士団の創設と『無頼の束ね』に任じるという勅命が下り、一堂を驚かせた。
縷々述べられる最後に下される勅命には、年によって程度の差はあれども、必ずなにがしかの驚きが含まれている。
国王の前にかしずく約2,000名の者たちは、緊張と期待を胸に最後の言葉を待った。
だが――、
「『草原の民』に怪しい動きがある」
という国王の言葉は、誰にとっても初耳であった。
「ハラエラとサグアに砦を築き、これに備えるべし」
恐らく地名なのであろうが、誰も聞き覚えがない。
「ついては、ハラエラには王太子バシリオス、サグアには第3王子ルカスが、衛騎士を率いて、直ちに急行せよ」
居並ぶ者たちは皆、息を飲んだ。
衛騎士とわざわざ断った以上、騎士団そのものを率いて行くことは許さないという意味であった。
――追放。
その言葉が、皆の脳裏をよぎった。
「聖山三六〇列候におかれては、王太子と第3王子の砦建設に必要な資材を供出し『聖山の民』の危機に備えられたし。騎士団は通例通り聖山列候のお帰りをお送りし、聖山の民の団結を示せ」
国王ファウロスが『天空神ラトゥパヌ』への奉祝の言葉で『聖山誓勅』を締めくくり退席した後も、その場は水を打ったような静けさが支配していた。
我に返ったリティアは、兄バシリオスの姿を探したが、既に見付けることが出来なかった。
澄んだ秋の夜空には、真円に輝いているはずの、これから欠けていく満月が、雲に覆われて鈍く光っていた。
◇
翌朝。バシリオスとルカスの姿は既に王都になかった。
朝陽の昇る前に、遥か北西の辺境の地に向け、それぞれ3人の衛騎士を伴うだけで出立していた。
ルカスの娘、ペトラ姉内親王とファイナ妹内親王は、半狂乱になってリティア宮殿に駆け込んだ。
これから、どうしたらいいのか? と、取り乱して泣き止まない2人をリティアは宥め、早まったことをしないようゼルフィアを付けて、応接間に休ませた。
王都中が不穏な空気に包まれているのが、宮殿の窓から見下ろすだけでも伝わってくる。
王太子妃エカテリニは、父チュケシエ候を見送るという名目で、既に王都を発ったと報せが入った。
さらに、西域の大隊商マエルも昨晩の内に姿を消したと、クレイアを通じてアイラから報告があった。
サヴィアスは早くも王太子宮殿を譲るべきだと嘯いているらしい。
ロザリーにはアイシェを使いに出したが返事がない。
今、父王に会う気にはなれない。
リティアは唇を噛んだ。
側妃サフィナのクスクスと笑う声が、響いてくる気がした。
揺らぎそうになる宮殿の床を強く踏みしめ、リティアは立ち上がった――。
38
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する
こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」
そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。
だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。
「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」
窮地に追い込まれたフォーレスト。
だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。
こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。
これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる