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第三章 総候参朝

75.詩宴の幕開け

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 『総候参朝』の最終日――。


「それでは行こうか」


 と、微笑みかけるリティアに、アイカは浮かぬ顔をしていた。


「ほ、ほんとにいいんでしょうか……?」

「なんだ。まだ、そんなことを言っているのか? いいも何も、陛下の御意だ。ありがたくお受けすれば良いではないか」

「でも……、私が、殿下のお隣に座るだなんて……」

「宴では、ずっと一緒だったじゃないか?」

「ち、違いますよね……? 列候さんたちの宴と、その、『王都詩宴』のお席は……」

「一緒だ、一緒。王族席からの見晴らしはいいぞ」


 と、リティアは周りで苦笑いしている侍女たちに聞こえぬよう、アイカにグッと顔を近付けた。


「美しい者たちも見放題だ」


 リティアの悪戯っぽい笑顔を間近に見せられると、逆らえなくなるアイカは観念して、王宮の中庭に向かった。遠く聖山から吹き降ろしてくる北風が、王都の暑気を完全に払う中、王宮中庭に設えられた舞台は熱気にあふれている。


「第3王女にして第六騎士団団長、無頼の束ね。リティア殿下のお成りでございます!」


 と、声が響くと、既に着席していた総ての列候とその随行者、約2,000人が一斉に席を立ち、拍手と歓声が広い中庭に激しく反響する。

 リティアは軽く手を振りながら自分の席に向かう。

 賑やかで派手好みなテノリア王家ならではの入場だ。リティアとお揃いのドレスを着せられたアイカも小さくなりながら、その後を付いて歩く。

 激しく緊張していたアイカだが、席について顔を上げた途端に、


 ――ふぉぉぉぉぉぉぉ! リアル、別嬪さん、別嬪さん、ひとり飛ばして、別嬪さん。


 興奮した。

 狼たちとの大捕物が評判になり、急遽、特別に席を設けるよう国王ファウロスの計らいがあったのだ。王族席から眺める列候の席には、ウラニアやロマナだけでなく、アイカの目を惹きつける者もいた。


 ――お姫様や、王子様ばっかりじゃないですか!


 広大な中庭に列侯たちそれぞれのテーブルが設けられ、豪華な料理も並ぶ。

 アイカが一つひとつのテーブルを見定めようとしているのと同様に、列侯達の側でもチラチラと『無頼姫の狼少女』を値踏みしていたが、アイカはそれには気付かない。

 それだけ会場は広大で、多くの者が着席していた。


「第4王子にしてアルニティア騎士団団長。サヴィアス殿下のお成りでございます!」

「第3王子にしてザイチェミア騎士団団長、大工の束ね。ルカス殿下のお成りでございます!」


 次々に王族が入場し、そのたびに大きな拍手と歓声で迎えられる。


 ――おおっ! 美人内親王姉妹ユニット! 今日もお美しいでございますね。


 ペトラ姉内親王とファイナ妹内親王も、ルカスに随行して入場してくる。優雅な立ち居振る舞いにアイカの目が奪われる。


「王弟にしてサーバヌ騎士団団長、鍛冶の束ね。カリストス殿下のお成りでございます!」


 入場は宮殿単位で、曾孫まで一緒に住む王弟宮殿からの入場が最も人数が多い。ひときわ大きな拍手で迎えられる。

 カリストスが自ら任じた『鍛冶の束ね』とは、要するに王都で生産される武器を一手に統括する役職だ。長く続いた聖山戦争の継戦に、大きな役割を果たし、現在においても軍事国家たるテノリア王国で枢要な地位を占める。


「王太子にしてヴィアナ騎士団団長、隊商の束ね。バシリオス殿下のお成りでございます!」


 第4王子サヴィアスは、既に酩酊気味であった。宮殿を持つ王族の中で唯一『束ね』に任じられていないことが、改めて突きつけられる席でもある。面白くないこと、この上ない。

 が、隣に座る第3王子ルカスが、豪快に笑いながら水を飲ませている。

 ルカスはこの捻くれた弟のことが嫌いではない。

 むしろ、戦場にあるとき新兵によく見かけたタイプに映り、あしらい方も、からかい方も堂に入っている。


「「「おおぉ――」」」


 国王ファウロスが姿を見せたとき、大きな響めきが起きた。

 側妃サフィナと共に、数年ぶりに側妃エメーウも伴っていたからだ。

 聘問に訪れた大首長セミールへの配慮であることは明らかであったが、皆が驚いたのはエメーウの変わらぬ美貌であった。病と聞いていたエメーウの美貌は衰えるどころか、輝きを増しているようにさえ見える。

 ただし、『聖山の民』は容姿の美しさを胸中にも、そのままは褒めない。


「優雅なお振る舞いに、磨きがかかっている」


 などと言葉を置き換え、黒髪の側妃を口々に褒め称えた。

 エメーウは、立礼で迎える列侯たちに手を振って挨拶すると、着席することなく、よろめきながら場を辞した。


 ――役者よのう。


 と、思ったのはアイカだけではない。ヨルダナも無表情に整った顔立ちを一瞬、ピクリと動かした。

 列侯たちの視線がエメーウの背中を追うことは、もちろんサフィナには面白くない。が、そのような色は一切表さず、微笑を湛えたまま、国王ファウロスと共に席に着いた。

 王族と列侯も着席し、『総侯参朝』のフィナーレとなる『王都詩宴』の幕が開く――。
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