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第三章 総候参朝

71.無法者

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 ――お腹がはちきれそうッス。


 アイカは連日、宴に出席して愛想笑いも板に付いてきた。

 『総候参朝』も開幕して既に4日が過ぎた。街には人があふれ、多数の露店が並び、大道芸人や踊り巫女や吟遊詩人が芸を披露して賑わっている。

 この日も昼の宴を終えて、一度、リティア宮殿に戻ろうとしていた。

 『総候参朝』の間は、煌びやかな姿を民衆に披露するのも、王族の務めとして徒歩で移動する。

 涼やかな表情で時折手を振ったりしながら闊歩する、リティアの後ろに行列が続く。

 人波は護衛の騎士に隔てられるが、リティアだけでなく、狼たちとアイカにも好奇の目線が向けられる。


 ――モブだったんスよぉ。ずっと、モブだったんスよぉ。なんなら、モブより存在感のない人生だったんスよぉ。


 アイカは注目されることには慣れず、タロウとジロウの間で顔を伏せて歩く。

 宴の度にお召し替えする絢爛豪華なドレス姿のリティアを、ゆっくり愛でる心の余裕もない。

 と、人垣の隙間から見覚えのある流線が見えた。

 あの、しなやかな腕の振りは踊り巫女ニーナのものではないかと、アイカが背伸びをしたとき、きゃあ! という、女性の悲鳴が聞こえた。

 リティアの足が止まり、行列も停止する。

 様子を見てくるよう指示されたクレイアに付いて、アイカも人群れを掻き分ける。

 そこには、ニーナとイェヴァに抱きかかえられた、ラウラが倒れてた。


「ニーナ! 何があった?」


 と、踊り巫女たちに駆け寄ったクレイアに、


「クレイア。……変な男が急にラウラに体当たりしてきて」


 と、動揺を隠せないニーナが応えた。

 ラウラは背中が痛むのか、顔を引きつらせて呻いている。

 そこに、黄色い花のオーナメントが沢山あしらわれた白いドレス姿のリティアも、衛騎士たちを伴って加わる。


「ケガはないか?」


 と、尋ねるリティアに、ラウラが呻き声まじりに応えた。


「あの……、許可証が……」


 ニーナが慌ててラウラの持ち物を確認すると、街頭で芸を披露するための許可証がない。

 体当たりした男が奪ったことは明らかだった。

 むうと、眉を寄せたリティアが人波に視線を向けた。

 この人出では、犯人の男を捕まえるのは容易ではない。新たな許可証の発行させるにしても、数日は要する。

 男の消えた方角に随行の騎士を向かわせるか、リティアは逡巡した。

 その頃、アイカは、


 ――う、美しかぁぁぁぁ。


 と、厳しい表情で人波を睨むリティアに、数瞬、魂を奪われていた。

 が、ふと気が付いて口を開いた。


「あの……」

「なんだ……?」


 表情は厳しいが、リティアがアイカに向ける口調は優しい。


「タロウとジロウに追わせたら……」


 と、躊躇いがちなアイカの言葉に、リティアは眉をパッと開いた。


「できるのか?」

「やったことないんですけど……、犬の仲間だっていうから、できたらいいなって……」

「よし。出来なくて元々だ! タロウとジロウに、ラウラの匂いを嗅がせてみよう」


 と、リティアがいつもの勢いを取り戻すと、アイカはタロウとジロウを呼んだ。

 タロウとジロウは、ラウラに鼻を寄せてクンクンしている。

 グイグイ近付いて行く二頭の狼はニーナも押し退けて、ラウラを押し倒す形になって尚も匂いを嗅いでいく。


 ――えっろ。


 アイカの目は釘付けになった。

 ラウラは狼たちの鼻がくすぐったかったのか、敏感なところを刺激してしまったのか「あっ」と小さな声を上げた。

 ニーナたちとお揃いの白いビキニのトップスに、濃緑色のロングスカート姿で、踊りで汗ばんだ小麦色のメリハリボディをよじって耐えている。


 ――あ。リティアさん、意外と初心。


 アイカが目を移すと、ラウラの艶めかしい声と姿を見たリティアが、少し頬を赤らめている。


「も、もういいんじゃないか?」という、クレイアの言葉に我に返ったアイカが、


「よし! タロウ! ジロウ! 行くよ!」


 と、号令をかけてタロウの背に飛び乗ると、人であふれる街路に向けて狼二頭が駆け出した。

 割れる人波の間を、タロウとジロウが全速力で駆けて行く。人波からは悲鳴も聞こえる。


 ――ご、ごめんなさい~。


 数本先の角で、急旋回した狼たちが脇道の細い路地に入り、行き交う人々を避け、街路の壁を左右に別れて駆け抜ける。

 さらに何度かの急旋回を繰り返し、地面と壁とを蹴りながら全力で風を切る狼たちの背中でアイカは――、ビビッていた。


 ――こんなことも、できるのね。ていうか、速過ぎだし、跳び過ぎだし……。


 アイカが強い衝撃を感じて、狼たちの疾走が止まると、その足下に中肉中背の男を踏み付けにしていた。

 ジロウが噛み付ついた男の右腕の先には、許可証らしきものが握られている。


「くっ、なにしやがる!」


 と、苦しそうな声を上げる男は、狼たちから逃れようともがく。

 が、タロウもジロウもびくともしない。

 アイカは、男が手放した許可証らしきものを拾い上げ、タロウとジロウの後ろに回った。

 そこに、追いかけてきたヤニスと騎士たちが到着し、一部の者には見覚えのあるその男を縛り上げた。

 遅れてきたリティアが、アイカから渡された紙片を確認すると「間違いない」と言って、クレイアに渡した。


「さすが、道案内の神が守護聖霊にある狼。見事だった」


 リティアはいつもの微笑を浮かべ、狼たちの頭を撫でてを労った。


 ――し、死ぬかと思った。


 全速力の狼の背で揺られた疲労と、悪い男の人と向き合う緊張から解放されたアイカは、その場にへたり込んだ。

 荒れた呼吸の中で、ラウラたちが返って来た許可証を握りしめ、涙しているのが見えた。

 ひとつ大きく息を吸って、吐き、アイカは漸く安堵の笑みを浮かべた。


 噂は瞬く間に王都を駆け抜ける。


 『無頼姫の狼少女』が、守護聖霊のある狼と共に無法者を捕らえた、と。

 多くは好意的に受け止めた。
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