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第三章 総候参朝

70.誰にも見せない顔

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 側妃サフィナが、国王に随伴したバンコレア候の宴から国王宮殿に戻ると、ひどく荒れた長男の第4王子サヴィアスが待ち受けていた。

 精悍な顔立ちを歪めて口に手をやり、気忙しそうに足を揺らしている。

 サフィナ自身も、バンコレア候妃で正妃アナスタシアの娘、第1王女ソフィアと同席したばかりで、決して気分は良くない。

 エディンを侍女長のカリュに預けて下がらせると、サヴィアスに寄り添って座った。


「リティアが西南伯の開幕の宴に招かれたというのに、私がどこからも招かれていないとはどういう訳です?」


 と、サヴィアスが忌々しげに吐き捨てた。

 西南伯ヴール候は唯一、方伯の地位を授けられた最も格式の高い列候である。

 また、開幕の宴は、各列候が繰り返し開く宴の中で、最も尊重される。

 親王クラスならば招かれない年があってもおかしくはないが、成人した王子の地位にあって声がかからなかったことは、さすがに不名誉といえる。

 サフィナは言葉を失って、独立し自分の宮殿も与えられた、21になる息子の頬を撫でた。

 王都で延々と繰り広げられている『もてなし合い』から弾き出され、普段は雄弁な息子が今、沈黙に身を置いている。


 ――可哀想な子。


 文を送る公女ロマナの西南伯ヴール候家が招いたのがリティアであったことも、サヴィアスのプライドを深く傷付けたはずである。

 故郷アルナヴィスと因縁のあるヴールの娘など――、と、サフィナは難色を示していたが、それで止まる息子でもない。

 騒げば惨めさが増す。が、一人で過ごすことにも耐え切れず、母親の部屋に駆け込んでいた息子が不憫でならない。


「まもなく……」


 と、痛々しい沈黙を破ったサフィナが、サヴィアスを胸に抱き寄せた。


「そなたのことを、蔑ろにする者はいなくなりましょう」


 サフィナの口調はいつものように弱々しいものであったが、サヴィアスはそこに確信めいた響きを聞き取った。


「本当ですか? 母上」


 母の胸に抱かれたサヴィアスの声は、精悍な外見に似合わない、拗ねた少年のような調子を帯びている。


「ええ、本当です。きっと、貴方は崇高な地位に昇りますから」


 と、サフィナは幼児をあやすように、サヴィアスの銀色に輝く髪に触れた。もっとハッキリした言葉を求めるサヴィアスに、それ以上は優しげな微笑みを返すばかりであった。

 窓の外では空が赤く染まり始め、夕刻の宴の時間が近づいている。

 サヴィアスもミトクリアという小さな列候領から宴に招かれている。

 サフィナは渋る息子に励ましの言葉を掛けて送り出すと、誰にも見せることのない険しい顔付きをした。

 愛されない我が子が、愛おしくてたまらなかった。

 夕陽にサフィナの美しい横顔が照らされる頃、迎えに来たカリュには、いつもの弱々しげな表情を見せて、部屋を出た――。
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