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第三章 総候参朝
63.豪胆な侍女
しおりを挟む「煽るのですっ!」
熱弁を振るうロザリーに、リティアは呆気に取られた。
「列侯同士が奪い合う、次こそはと執念を燃やす。対抗心を煽ることが肝要なのですっ」
列侯からの招待が殺到し、その対処を教わりたかったのだが、思わぬスイッチが入った感じだ。
いつも冷静で穏やかさを絶やさないロザリーの、興奮した姿をリティアは初めて目にした。
ただ、なんだか少しおかしみも感じている。
「断る列侯には、基本的には『来年よろしく』でいいのです。ただしっ!」
同席しているアイシェもビクッとした。
「他の列侯の献身を匂わせ、婉曲に比較してみせ意識させ、来年に向けて忠誠を競わせるのですっ! 次こそはと思わせなくてはなりません」
と、ロザリーがアイシェに向き直った。
「これまでの殿下と列侯のお付き合いを洗い直します。アイシェ、手伝いなさい」
「はいっ!」
「俄かに擦り寄って来たような列侯は弾きます。臨席は昼・夕・晩の1日3席で充分! 絞り込んで値打ちを付けるのですっ」
勢いよく一気に喋ったせいで、ロザリーの息は切れていた。
ぽかんと口を開けて聞いていたリティアだが、苦笑いが込み上げてきた。
水でもと、勧めようとしたら、ロザリーがテーブルに拳を置いて、さらに語りかけてきた。
「殿下」
「な、なんだ?」
「私は嬉しいのです。応じ切れない招待が届くのなど、陛下と王太子殿下、それに王弟殿下だけなのです」
リティアにも初耳だった。
内心、ロザリーの機密保持能力の高さに唸る。
「ステファノス殿下は旧都に退かれましたし、ルカス殿下でギリギリ日程が寂しくならないくらい。下手したら両内親王殿下に抜かれる勢い。サヴィアス殿下に至っては……」
ロザリーが肩を震わせた。
「私の方が、招待が多いのですっ!」
ぷっ。と、リティアは心の中で吹き出した。
――サヴィアス兄よ。
ロザリーの執務室に赴く旨を伝えたのに、わざわざリティア宮殿に渡ったのは、この話をするためか。
あそこでは書記官も女官も出入りが多い。
「殿下。列侯を統べることは王族の役目です。『聖山戦争』を起こし多くの血を流してまで統一した王国の、それが責務なのです」
口調に哀切なものを感じ取り、リティアの背筋がスッと伸びた。
「列侯領の兵士も領民も、多くが王国騎士の手にかかり命を落としたのです。まだまだ、息子を亡くした母親も、夫を亡くした妻も、もちろん父を亡くした子も健在です」
ロザリーは俯いたまま、テーブルの上に置いた拳を握り締めた。
「再び『聖山の民』がバラバラになるようなことがあれば、聖山の大地に染み込んだ多くの血に申し訳が立ちません」
声が震えている。
「列侯が自ら繋がりを求めてくるよう、仕向けていくのも、王族の務めの一つとお心得ください」
ロザリーもまた、背に重いものを背負って政務を執り、国と向き合っている。
リティアはその一端を垣間見た思いがした。
自分の働きなど『まだまだ』だ。
皆に褒め称えられ、調子に乗っている場合ではない。
「それと、殿下。今回、殿下に多数の招待が届いたことは、それとなく噂を広めます」
「なぜだ?」
「断られた列侯はやむを得ないと思い、臨席賜った列侯は有頂天に喜ぶでしょう」
ロザリーは大きく息を吸い込んだ。
「まあ! バカ王子は焼餅焼いて悔しがるでしょうけどねっ!」
ロザリーの顔に、ザマアミロと書いてある。
これは、よっぽど何かあったなと、リティアは苦笑いした。
――王族同士も競い合わせようとしているのか。
ロザリーの心胆は王国に捧げられている。王族でさえも国の前には優先しない。
その豪胆な覚悟に、自分を駒に使ってくれても良いと、リティアは思った。
「ところで、殿下。旧都でアレクセイ殿下にはお会いになられましたか?」
アレクセイ……?
リティアは咄嗟に思い出せなかった。
それほど、ロザリーの問いは唐突で、さりげなかった。
先代王スタヴロスの勘気を被り王太子を廃された、国王ファウロスの兄である。
「すまん。ご存命であることも知らなかった」
「そうですか。それならばよいのです」
とだけ言うと、ロザリーはアイカのマナー講座を快く引き受けることと、アイシェと打ち合わせを進めることを告げた。
リティアは謝辞を述べ、執務室を後にするロザリーを見送った。
――廃太子アレクセイ。
兄バシリオスを王太子から除こうとする策謀を感じているときに、不吉に響く名前だった。
側妃サフィナに密かな恩義を抱いているロザリーの口から出たことに、リティアの胸の内は騒めいた。
ただ――、
リティアは額を手で打った。
――バカ王子って言ってたしなぁ。
あの時のロザリーの表情を思い返すと、吹き出してしまう。
リティアは心に留めるだけにして、深くは考えないことにした。
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