54 / 307
第二章 旧都郷愁
49.審神け
しおりを挟む――貴女のことは、リュシアンの詩で聞いていたわ。
王太后カタリナはその顔に刻まれた皺を深くしながら、アイカの頭を撫でた。その目に光は失われており、アイカの顔を探るように触れていく。
ステファノスの開いてくれた小宴の翌日。リティア達と街を散策していた夕刻になって、突然、面会を許す報せが来た。平服のまま駆けつけたリティアとアイカのほかに、第六騎士団の儀典官イリアスの姿も王太后の居室にあった。
アイカは、いつも怖い表情をした無口で取っ付きにくいこの若い儀典官のことを、旅の間も敬遠していた。
が、昨晩の小宴で甘いティラミスだけを黙々と何個も――怖い顔で――食べ続ける姿を見て、少し親しみが湧いていた。
「随分、遠くからいらしたのね」
カタリナがアイカの顔から手を離し、窓の外でお座りしている二頭の狼に、見えない目を向けた。
リティアは好奇心と期待に満ちた夕暮れ色の瞳で、カタリナの次の言葉を待っていた。
偶然、王都で拾った桃色髪で黄金の瞳をした少女に、見たことのない守護聖霊の色を見付けたときの興奮はずっと続いている。
王国の統治を陰から支える『詩人の束ね』の役目を長く務めるカタリナは、王国で最も優れた審神者でもある。リティアの守護聖霊が『開明神メテプスロウ』であることを、最初に審神けてくれたのもカタリナだった。
人間に智慧をもたらしてくれたと聖山神話に詩われる古神メテプスロウは、万物に名前を付けた『女神ネシュムモネ』の兄神とされる。
その『ネシュムモネ』の守護聖霊がある者だけが、守護聖霊を審神けることが出来る。
カタリナはリティアの期待を躱すように、アイカと狼たちだけを連れて『ネシュムモネ』の神殿に向かうことを告げた。まもなく100歳を迎えようとする、王族の最長老でもあるカタリナの言葉に逆らえる者はいない。
リティアとイリアスは、少し落胆した様子で、カタリナとアイカを見送った。
リティアの胸にはエディンに贈られた青いブローチが光り、両耳にはアイカから贈られた青いイヤリングが揺れている。
車椅子に押されて部屋を出るカタリナに付いて、不安そうに自分を見るアイカに、リティアは微笑んで頷きを返した。
◇
「ヤ……、ラ……、タ……? ヤ、パ……、かしら……?」
古びた祠の中にはアイカとカタリナ、それにタロウとジロウだけがいる。
「聞き覚えはあるかしら?」
たくさんの皺が深く刻まれた顔、血管の浮き出た手の甲。アイカは、王太后カタリナほどの老貌を、直接目にしたのは初めてだった。
――八幡さんだ……。
アイカが『日高愛華』だった頃、母が爆発した夜をやり過ごした神社に祀られていた神様――八幡神。父の本棚から、なにかしらの本を抜き出すことも出来ずに駆け込んだ晩は、由緒書きの立て札を何度も読んで気を紛らわせた。
「不思議な聖霊ね。何柱もの神様が重なって見えるわ」
カタリナは盲いた目で、アイカを包み込むように眺めた。
――八幡さんは三柱の神様の習合で、そのうちの一柱は三人の女神様だったはず。
アイカは7年前に目にした、由緒書きの記憶をたどる。
「狼たちには、白い犬と黒い犬を連れた守護聖霊があるわね。道案内をしてくださるようね」
神社の社の脇にある祠には「狩場明神」が祀られていた。
――白と黒の2匹の犬を従えて、空海さんを高野山に導いた神様。
あの時、自分を異世界に運んでくれた古式和装の神様は、約束通り見守ってくれてた。7年ぶりの答え合わせに、ふと、鼻の奥がツンと刺激されるのを感じた。
「お母様のお話を、聞かせてくれる?」
という、カタリナの言葉に、アイカは目を見開いた。
長く伸びた白い眉の奥で、カタリナの光を失った瞳は優しい輝きを湛えていた。
視線を地面に落として彷徨わせ、明らかに動揺したアイカを気遣うようにタロウとジロウが側に身を寄せた。
アイカの急激に冷えた身体に、長く一緒に過ごしてきた狼たちの体温が沁みる。
やがて、胸の動悸と呼吸の荒さが収まってきたアイカは、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた――。
40
お気に入りに追加
404
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」
パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。
彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。
彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。
あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。
元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。
孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。
「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」
アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。
しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。
誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。
そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。
モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。
拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。
ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。
どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。
彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。
※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。
※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。
※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる