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第二章 旧都郷愁

45.旧都の小宴(2) *アイカ視点

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 クレイアさんが、そっと近寄って耳打ちしてくれる。


「正王妃、アナスタシア陛下です」


 告げられた内容もさることながら、慣れないなぁ、クレイアさんのこの距離。さっきも宴の前に、お風呂で旅の汚れを一緒に落としたばかりなのに。

 礼容を呈ろうとする一堂を、アナスタシアさんが朗らかな調子で制した。


「非公式な場と心得ております。皆も楽にしてください」


 嫋やかな雰囲気の別嬪さん。

 68歳って聞いてたけど、40代くらいには見える。小さな丸顔に青の瞳と青の髪の毛が印象的な、チワワ系美人。

 しずしずとステファノスさんとリティアさんの前に進んで行く歩き姿は、可憐の一言。


 ――ほげぇ。出来ることなら、こんな風に歳をとりたいなぁ。


 愛でるを通り越して……、呆気に取られてしまう。


「リティア殿、旧都テノリクアにようこそ。歓迎させていただきます」

「ありがとうございます、お義母さま」


 と、リティアさんが騎士服に似合わない、王女の拝礼を呈った。


「母と呼んでくださいますか」

「もちろんです」


 この場にいる、王子と王女のお母さんは別々で、どちらも王妃様と血の繋がりがない。

 王族っていうのは大変だ。


「折角開かれた宴を、父宰相が欠席の非礼。ステファノス殿、どうか許し給え」

「私的な場に非礼も何もございません。王妃陛下にお運びいただけるとは、恐悦至極」


 なんか、すごいとこに居るよね。私。

 どうしてこうなった? ってヤツだ。


「さあさ、堅苦しい挨拶はこれでいいわよね?」


 と、アナスタシアさんの笑顔が『よそゆき』でなくなると、場の空気が一気に緩んだ。


「私にも葡萄酒をちょうだい。あ、火酒ウオッカでもいいわ」


 ――嗚呼、こういう感じかぁ。


 王妃様はウオッカを立て続けに呷って、すぐに出来上がると、リティアさんの背中をバシバシ叩いてる。いつ一升瓶片手に胡座をかきだすか分からないってノリだ。


「この娘が『無頼姫の狼少女』?」


 後ろから抱きつかれた。

 高貴な女性のいい香りと、強いお酒の匂いが一緒になると、こんな感じなのかぁ。

 こちらから自己紹介する感じで大丈夫よね? この場合。『万騎兵長議定』では、やらかした。クレイアさんをチラ見したら頷き返してくれたので、間違いなさそう。


「あ、アイカです……」

「んまぁ! 愛らしい娘ねぇ!」


 たぶん、容姿ではなく振る舞いを褒めるのはOKってことなんだろう。

 王妃さまが小さなお顔で頬ずりしてくる。

 酔っ払いだなぁ!


「ウチにも娘ちゃんが1人いたんだけど、お嫁に行っちゃったしなぁ」


 アナスタシアさんの娘、第1王女のソフィアさんはバンコレア侯って方に嫁がれてるはず。


「男は汗臭いのばっかだし」


 まだあまり『からみ』はないけど、王太子と第3王子のお姿を思い返す。

 歴戦の偉丈夫も、酔っ払った母親にかかれば、汗臭いで片付けられるのかー。

 側妃サフィナさんへの寵愛に憚って、旧都に退かれたって聞いてたけど、この王妃様がいる頃の王宮は、今より風通し良かったのかも、なんて思った。


「アイカちゃんは、ウラニアちゃんの若い頃みたいねっ」


 と、頬ずりを止めないアナスタシアさんの言葉を、ステファノスさんが即座に真顔で訂正してきた。


「ウラニアは、もっと愛らしかったですな」


 ――シスコンか。第2王子はシスコンか。


 お嫁に出た第2王子の妹さんがウラニアさんだったはず。お昼に会った、絵本から飛び出したお姫様みたいな、公女ロマナさんのお祖母さん。

 ロマナさんのお祖母さんなら、そりゃ可愛かったですよねー。


「いえ!」


 ステファノスさん。拳を握り締めちゃったよ。


「今も愛らしいのです!」


 いや。可愛いな、兄貴。

 奥さん、横でニコニコしてるし。

 夫婦で妹推しなのか?


「怒られちゃった」


 と、アナスタシアさんが、頬を付けたまま舌を出した。

 なんだよ!

 貴女様も可愛いでございますですわよ!
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