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第二章 旧都郷愁

43.旧都の高台(2) *アイカ視点

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 リュシアンさんが、軽く頭を左右に振って続けた。


「クレイア殿も、今は自然に受け入れられているご様子だが、私が最初に狼を連れた娘を目にした時の驚きときたら」

「それは、私もそうでした」


 飽きたのか寝そべっているタロウとジロウを見て、2人が笑いあう。


「まさか、陛下の御意を得て王宮に暮らすようになるとは、世の中まだまだ何があるか分かりませんな」

「ほんとうに」


 確かにその通りだ。

 リュシアンさんに遭遇したとき、思い切って道を尋ねた。とにかく言葉が通じたってことが、なにより安堵できた。自分の言葉が、異世界こっちで通じなければ、詰む。

 山奥に戻って、ひとり寂しく過ごすしかないと、ビクビクしてた。

 私を召喚した眼鏡のお姉さんが話す言葉が聞き取れたことだけが、心の支えだったけど、なにせ7年前の出来事だ。お姉さんは、すぐに身体ごと消滅してしまったし、言葉が通じる確証のないままサバイバル生活に突入した。

 リュシアンさんとは3日ほど一緒に歩いて、異世界こっちの事情をそれとなく探らせてもらった。

 私の呼ばれた異世界に『魔法』や『魔術』はなくて、『魔王』も『勇者』もいないことは、ちょっと残念だった。

 7年のサバイバル生活中に、


「ステータスオープン!」


 って、10万回は言った。弓矢が上手になったり、レベルアップしたんじゃね? と、思うたびに叫んでみてた。

 無駄だったかぁ。

 眼鏡のお姉さんが私を召喚した『術』がなんなのか謎は残ったけど、リュシアンさんの紫がかった銀髪と真っ赤な瞳は、これから始まる異世界生活に期待を膨らませるのに充分だった。

 そして、第3王女さまに出会い、王宮暮らしが始まり……、本当に異世界世の中何があるか分からない。

 ただ結局のところ、私が異世界に召喚されて転生したことに、特別な目的や目標があるわけでないことは、今や認めざるを得ない。

 ミッションも冒険もない。

 世界も救わない。

 たぶん。


 ――何にも束縛されず、自由に生きて。


 眼鏡のお姉さんが言い残した言葉の通りだった。

 この身体の名前も教えてくれず、日本で付けられた名前をそのまま名乗ってる。

 日本で何か特別な技術や知識を極めたりしてたら、チートな異世界生活ってやつを謳歌できたかもしれないけど、『将来、私は異世界転生する』と、思って生活などしてない。


 ――ただ、


 和やかに大人の談笑を続けるリュシアンさんとクレイアさんを、改めて見上げた。


 ――めっちゃ、刺激的ですけどね!


 美形さんばかりに囲まれて、愛で放題!

 手を打って大きく広げたくなるヤツですわ。

 めで、ほうだいっ!

 のアイラさんも出来た。

 言うことない。


「まもなく『総候参朝』に、王国中の吟遊詩人が王都に向かいます。次は王都で遭えますかな?」


 と、言い残したリュシアンさんが、やはり優美にお辞儀して立ち去った。


「リュシアン殿は、王都でも人気の吟遊詩人だ」


 と、クレイアさんが、少しはにかんだ様子で説明してくれた。

 あ。そんなミーハーな一面もお持ちなんですね。「まあ」って言ったときの笑顔で、なんとなく察しがついてましたけど。


「『総候参朝』の最終日に、王族方が選ばれた詩がひとつずつ披露される。それが『王都詩宴』で、昨年、リュシアン殿は王太子殿下のご指名で、『農耕神チェルメーデ』の哀切な恋の物語を詠われたんだ」


 クレイアさん、早口になってる。


「へぇ。すごい人だったんですね」


 ……容姿を褒めずに詠う恋の詩って、どんなのだろう?

 ていうか、どうやって恋愛するんだ? この美しい顔の人たち……。キレイとかカワイイとかカッコイイとか言って貰えないのか。

 クレイアさんは早口になったまま、話し続けてる。


「王太子妃のエカテリニ様は『農耕神チェルメーデ』を主祭神に祀るチュケシエのご出身で、妃殿下への深い愛情が感じられる選定と相俟って、王都中が感動に包まれたの」


 クレイアさん。ロックスターに憧れる少女の視線になってます。

 それも、いいです! とても、いいです!


「今は『聖都大詩選』の期間だから、一年間に収集した詩を『詩人の束ね』たる王太后陛下に奉納するため、王国中の吟遊詩人が旧都に集まってるのよ。他にも人気の吟遊詩人に会えるかもしれないな」


 頼り甲斐ある先輩のクレイアさんも、年齢でいうとまだ17歳。夢見る乙女な一面があってもおかしくないよね。

 しかし、クールビューティ美人がはにかむ笑顔も破壊力抜群だな、おい。

 さっきお会い出来た、第2王子のステファノスさんと奥さんのユーデリケさんも素敵なご夫婦だった。

 私に笑顔を向けてくれる人たち。

 私を大切にしてくれる人たち。

 異世界せかいを救う役目も、悪の魔王を倒す役目も、私に特別なことは何もないかもしれないけど、そんなのいたって普通のことだ。

 今は出会いに感謝して、美貌を崇めて、笑顔に応えられる人間になりたい。

 なんだ。私、目標あるじゃん。


「おい、アイカ。タロウとジロウが……」


 クレイアさんの声に、え? っと振り返ると、リュシアンさんに付いて行くタロウとジロウのお尻が見えた。


「ちょっと! タロウ! ジロウ! 私と一緒に居てよぉーっ!」


 お日様が照れたように赤みを帯び始めていた。
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