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第二章 旧都郷愁

38.焚火と聖山(2)

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 アイカが、眼を擦りながら焚火の側に座った。


「殿下こそ、休まれないんですか?」
 

 ひとり焚火の前に座るリティアを気遣って、自分も側に座る。そのように接して来るものは、アイカのほかにいない。この、王族の権威を知らない少女が、距離近く接してくる感覚をリティアは気に入っている。

 さりとて礼儀から外れた振る舞いをしているという訳でもない。

 身近に王族というものが存在しないところで育っただけなのであろうと感じられた。


「随分、遠くに来させてしまったな」


 と、焚火の炎を見詰めながら、リティアは微笑みを浮かべた。


「いえ。野宿には慣れてますから」


 王都に来る前は山奥で7年間のサバイバル生活を送っていた。

 まだまだ、アイカの身体には野宿の方が馴染みがある。


「そうか。山で暮らしていたんだったな」


 リティアの想像の中には、小屋程度の住まいが描かれていたが、その齟齬には気付かない。

 また、リティアの言う『遠く』には、アイカの運命を大きく変えていることの含意があったが、それはアイカに伝わらなかった。

 ただ、些細なことは焚火の灯りに溶け込んでいくような感覚もあった。


「あの……、これ……」


 と、アイカが懐から、小さな布の包みを出した。

 リティアが受け取って包みを開くと、滴型のガラスで出来た、青いイヤリングが出てきた。


「前に、東街区を案内してもらったとき……、殿下がお店でジッと見てたなと思って……」


 見られていたかと、リティアが苦笑いを浮かべてイヤリングを灯りにかざすと、混じり気なく透き通った青色に輝いた。


 ――青は、母が好まない。


 東方の商人が店先に並べた、ガラス玉のイヤリングに目が留まったが、そう思い直して立ち去っていた。

 逡巡するリティアを見詰めるアイカが、窺うような声を出した。


「て……、『天衣無縫の無頼姫』は……、ぶ、ぶ、部下の贈り物を、断ったりしないと思います、……です」


「それは、そうだな」と、リティアは優しい笑みをアイカの方に向けた。


「ありがとう。大切にする」


 いえ、こちらこそと、小さく呟いたアイカは、顔を赤らめて俯いた。

 言われてみれば、列侯からの格式に則った贈物を除けば、配下の者からなにかを贈られたことなどない。王族が身に着けるには安っぽいガラスのイヤリングであったが、世界にひとつしかない輝きを放って、リティアの心の奥に滑り込んだ。

 母エメーウの好みなど知る由もないアイカに、含むところがあるとも思えない。

 王都を出発する直前、異腹の弟である第5王子エディンが、母である側妃サフィナに連れられリティア宮殿を訪ねて来た。


「こ、これ……、ねえさまに、あげる……」


 エディンは旧都行きの餞別として、大きな青いサファイアがあしらわれたブローチを手渡してくれた。

 10歳年上の姉に照れて頬を赤らめる弟は愛らしく、眼前のアイカの姿と重なる。

 ただ、青色を選んだのはサフィナであろう。面倒なことをする。

 王宮の複雑な人間関係がなければ、この愛くるしい弟と、もっと一緒に遊んだり、抱き締めたり出来るのにと、リティアは虚しいものを感じる。


「お礼をせねばな。なにか欲しいものはあるか?」


 と、リティアはアイカに向けて、声をわざと弾ませた。

 アイカとエディンの好意だけを受け取り、その他のものは心から閉め出すことにした。


「あ……、いえ……、そんな」


 と、アイカは伏せた桃色の頭の前に手を出し、小刻みに振って謝絶する。

 小動物の求愛のダンスのようで微笑ましい。

 が、不意にアイカの手が止まった。


「なにか、思い出したか?」


 と、ゆったりと問うリティアに、アイカが顔を上げた。

 リティアがこの珍しい守護聖霊のある少女を拾ってから初めて目にする、しっかりと何かを伝えようとしている眼差しだっま。

 ほうと、内心、驚きと喜びを感じたリティアは、アイカの目を見詰め返して微笑んだ――。
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