38 / 307
第一章 王都絢爛
35.秘密の天幕(3)
しおりを挟む「せっかくだから、私たちも見に行こう。ニーナの踊りは見応えがある」
と、アイラは立ち上がりながら、アイカに伝えた。
山脈がどいて急に開けたアイカの視界の先に、目深にフードを被って顔を隠した2人組の女性の姿が映った。
そのうちの1人の頬に垂れる、黄色と言ってもよいような鮮やかな金髪に見覚えがあった。
――セヒラさん?
ニーナについて裏庭に行こうとするもう1人の女性の腕を掴んでいるのは、側妃エメーウの侍女長セヒラだった。
セヒラに引き留められ、不貞腐れたように美しい顔を上げた女性と目が合った。
――え、エメーウさんじゃん……。
飾り気のないローブで身を隠していたが、そこにいるのは間違いなく、リティアの母親、美貌の側妃、エメーウだった。
エメーウは慌てた様子で、フードを被り直して顔を隠す。
――なにやってんだ? え? 病気だって言ってたよね。
ぞろぞろニーナに付いて裏庭に向かう人波の中、セヒラになにやら耳打ちしたエメーウは、観念したように顔を上げて、アイカに手招きをした。
護衛役であるヤニスに怪訝な目で見られながら、アイカは樽を置いただけのテーブルに近寄った。飲み干されたワインのボトルが、何本も並んでいる。
フードの奥から声が響く。
「内緒にして」
確かにエメーウの声だった。
ツンと、酒の匂いが鼻についた。
アイカは手早く、伝えるべきを伝えた。
「クレイアさんもいます。ヤニスくんも」
2人のフードが揺れたかと思うと、何事もなかったかのようにスッと立ち上がり、ありがとうと言い残し出口に向かった。
「誰だ?」
ヤニスが近寄って、アイカに尋ねた。
「し、知らない人。……と、トイレの場所を聞かれて」
「トイレは反対だ」
「うん、そうなの。ならいいって、出て行っちゃった」
苦しい言い訳だと思ったが、ヤニスはそれ以上問いを重ねなかった。
――くぅ。推しのために、推しに嘘をついてしまった。
エメーウの秘密を守るため、美少年のヤニスに嘘を吐いてしまったことに、アイカは軽く拳を握った。北離宮にエメーウを訪ねたのは昨日のこと。娘のリティアも、義孫の内親王たちも、エメーウの病を気遣う様は演技とは思えなかった。
――詐病?
残された空のワインボトルの数は、病人のそれとは思えない。王宮の禁忌を教えられている身で、教える側もまだ知らない禁忌を知ってしまった。
――刺客が飛んできたりしませんように。
アイカが心の中で日本の神に祈ったとき、裏庭からワッと歓声が上がり、店内に残っていた客も腰を浮かせた。
「始まったよ」
少し青ざめ緊張したような顔付きで立つアイカを、クレイアが迎えに来てくれた。
裏口に目をやると、人垣の隙間からニーナの小麦色をした腕が、激しくしなっているのが見えた。その僅かに見える肢体の描く流線に、アイカの心は早くも奪われて、ふらふらと裏庭に向かって歩き始めた。
――いいです!
金色の瞳に、熱は一瞬で戻ってきた。
――ダンスって初めて直に見ますけど、いいものですね! 美しいです! 興奮します!
観客の輪の中から手招きしているアイラの元に小走りで駆けて行くアイカを、クレイアは可愛い妹を見るような目付きで見送った。
もしも、天上から神様がアイカとアイラとクレイア、3人の心の内を見比べていたなら、そのあまりの落差に呆れ果てていることだろう。
ただし、3人が3人とも、楽しく充実した時間を過ごしていた――。
40
お気に入りに追加
417
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる