36 / 307
第一章 王都絢爛
33.秘密の天幕(1)
しおりを挟む――で、でけえ。
小柄なアイカが、アイラと並んで座ると、顔の真横に大きなお胸がきた。
遮られて店の中の様子が見えず、リティアが同行を命じたクレイアとヤニスの様子もうかがえない。騒がしく響く大勢の客の声だけが、アイラの胸越しに聞こえる。
昨日の今日で早速、クレイアを通じて親分の娘アイラから呼び出しがかかった。
「語り合おう。同志よ」
という、アイラの言葉が頭の中で繰り返し鳴り響き、昨晩のアイカはなかなか寝付けなかった。
天幕に覆われたサーカス小屋のような食堂に案内され、それとなく一番奥の席に座らされた。
アイカが思わず生唾を飲み込んだ大きく張り出す曲線の向こう側には、クレイアとヤニスの他に、アイラが誘った踊り巫女たちと、夕陽が落ちようとしていた道中でクレイアが誘った孤児の姉弟も同席しているはず、である。
店の喧騒にまぎれて、クレイアと踊り巫女ニーナの親しげな声がかろうじて聞こえる。
と、アイカの視線を遮る神の造形物が、大きく顔の方に寄せられた。
――近い、近い、近い、近い、近いって!
「ここなら、却って誰も他人の話を気にしない」
体を寄せて耳打ちするアイラの言葉に、アイカは眉に力を込めて頷いた。
『聖山の民』が信仰する『美麗神ディアーロナ』の呪いを恐れぬ背神者たちの、秘密の会合が初開催されようとしていた。
誘ったアイラが口火を切った。
「まず私は、リティア殿下の小さな鼻が好きだ」
――そこですかぁ!
「宝石のように輝く大きな瞳も、上品で甘美な唇も、絹のような質感の頬も、あの小さく高く上を向いた鼻で、お顔全体の輝きを増していると思うんだ」
――な、なるほどー!
アイカはまだ、心の中の相槌を言葉にして吐き出すことが出来ない。ただ、脳内ストックの、リティア・ライブラリーに素早く全検索をかけていた。
――最初に出会った、暴漢に襲われた土間。逆光で美しく輝いてた。
――衛騎士を従えて草原を馬で駆ける、凛々しいお姿。
――大浴場で背中を流してくださる笑顔。
――焼き立ての鹿肉の美味しさに驚くリティア。
――万騎兵長議定でマッチョたちに君臨する、悠然としたお姿。
出会ってまだ4日という短い期間で、アイカは永久保存版を無数にゲットしていた。あの優しい美少女に出会い、救われ、アイカの異世界ライフは7年ぶりにスタートを切った。いや、人生そのものが光り輝き始めたかのようにも感じている。
「わ、私は……」
これまで、数々の美男美女を愛でてきた自負のあるアイカだったが、言葉にして誰かに伝えるのは初めてだった。
「まっすぐな……眼差しが……、美しいと思います……」
うん、確かにそれは重要な要素だと、アイラが小さく頷いた。
――言った。言えた。本当の想いを、言った。
自分の推しの美しさを、赤裸々に語り合える友人をつくることは、アイカが異世界に転生する前から、長年抱いてきたささやかな夢であった。
目の付け所がいいなと、アイラに褒められ、かつて味わったことのない自己肯定感に満たされた。
――キレイなものをキレイと言って、褒めてくれる人がいた!
ただし、アイカは、アイラのことも美しいと思っている。
アイカの言葉で堰を斬られたように、滔々とリティアの美しさを褒め称え続けるアイラのことも、愛でている。
――美貌のオタクとか、控え目に言っても最高です!
推せる。
愛でたい。
アイカは賑やかな食堂の片隅で、アイラとの間に浮かぶリティアの姿と、実際に目の前にいるアイラの姿と、心をフル回転に働かせて、この世のすべてを愛でているような、恍惚としたものを感じ始めていた。
それは、ひょっとすると生まれて初めて、自分自身がこの世に生まれたことを祝福できる時間だったかもしれない――。
77
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?
海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。
そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。
夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが──
「おそろしい女……」
助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。
なんて男!
最高の結婚相手だなんて間違いだったわ!
自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。
遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。
仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい──
しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。
黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。
ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。
というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。
そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。
周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。
2022/10/31
第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。
応援ありがとうございました!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる