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第一章 王都絢爛

31.西域の大隊商

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 東街区の巨きな商館の一室で、ビア樽のような体躯の男と中肉中背の男が、直立不動で立っていた。


「まあいい」


 と、不愉快げに従僕の報告に応えたのは、西域との交易を行う隊商の中で、最も規模の大きな隊商を率いるマエルであった。

 恰幅の良い身体に、白い髭が長く伸びる老境の男である。


「第3王女が出張ってきたのなら、ルカス王子も諦めるだろう」


 マエルはビア樽男にだけ下がるように命じた。ビア樽男は、一瞬、不満げな表情を見せたが、大人しく部屋から出て行った。

 マエルは残った中肉中背の男に、話しかけるともなく呟く。


「とはいえ、やられたままというのも業腹だ」

「仰る通りで」

「お前の裁量で、胸のすく思いをさせてもらえるといいのだがな」


 と、マエルは狡猾に煽った。露見しても自分一人の責任で、なにか嫌がらせをしてやれと言っている。

 中肉中背の従僕は、自分にだけ特別な仕事を与えられたことに気を昂らせて部屋を出て行った。


「あんなこと言っていいのかい? 旦那」


 と、部屋の奥から声がした。豪勢な意匠を施されたソファの陰から、野心が服を着て歩いているような青年が現れる。西街区の無頼の元締、ノクシアスであった。


「ふん。ただの余興よ」


 と、マエルは、何の感興もないといった表情で、ノクシアスの前に腰を降ろした。

 ノクシアスはソファの背もたれに身を逸らして、話を続ける。


「こっちはこっちで始末があるもんでね」

「そうだろうな。ワシには関係のない話だが」

「王都の無頼は皆、無頼姫に心酔してるからな」

「お前はどうなんだ?」

「もちろん、心酔してるさ。ただ、秩序は俺達を押さえ付ける」


 と、力でのし上がりたい若者特有の眼差しに、マエルにしては珍しい老婆心を示した。


「そうとは限らん」

「へぇ。そうかい?」

「自分の都合で秩序を作った者は、伸び放題に伸びる」


 マエルは、内戦の混乱と荒廃を壮年期に経験し、手段を選ばず成り上がった。その言葉に、ノクシアスは無視できない重みを見付け、思いを巡らせた。

 マエルは野心家の若者の心の内に、王国を乱す小さな種を蒔けたことに満足し、話題を戻した。


「ルカスの隠れ宿に、妓館の女を送ってくれ。『草原の民』で豊満なのがいい」


 ノクシアスは、へっと、短く苦笑いをした。


「あいつら草ばっか食って、痩せたのが多いんだよな」

「難しいか?」

「やるよ」

「秩序を作るなら、まずは今ある秩序を乱さないとな」


 ノクシアスは立ち、分かった分かったというように腕を振りながらマエルの部屋を出た。

 先ほど感じた重みは、既に年寄りの繰り言としか受け止められなかった。


 ――だから、使いやすい。


 と、口の端を歪めたマエルは、既に陽が落ちた新月の夜の闇に視線を向け、目を細めた。
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