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第一章 王都絢爛

29.騎士団

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「侍女の客人に用があるなら、代わりに承ろう。私は、テノリア王国第3王女リティアである」


 アイカたちの背後になった通りの奥から、リティア達が馬を引いて戻ってきた。クレイアに奪われていたアイカの視線が、リティアの冷たい微笑に移る。

 リティアに従うアイラが、アイカの視線を一瞥した後、前に出た。


「お前たち、見た顔だな。ノクシアスの手下か?」


 西街区の無頼たちが、明らかに怯みを見せた。――アイラじゃねぇか。北の元締シモンの娘だ――と、口々に言い合う。

 無頼たちの動揺に、ビア樽男の身が引けると、もう一人の従僕が口を開いた。


「これはこれは、第3王女殿下。お会い出来て光栄です」


 と、中肉中背の従僕が、ビア樽男とは違って滑らかに舌を回し、リティアの前で片膝を付いた。


「私どもは、マエル様の使いの者でして、そこの踊り巫女を迎えに来ただけなんでございますよ」

「ほう。そうは見えなかったが?」

「殿下におかれましては、王都の治安を守る『無頼の束ね』の御役目、ご苦労さまでございます。ですが、私どもとしましても、マエル様の御用を邪魔されたとあっては『隊商の束ね』でいらっしゃる王太子殿下に、マエル様から申し出ることになってしまいます。そうすると、殿下の御立場を悪くするのではないかと心配しているところなんでございますよ」

「なるほど。では、兄上には私からお詫びするとしよう」


 リティアの両脇を護るクロエとヤニスが、腰に差していた剣を鞘ごと抜き、身体の前方にかざした。


 ――ふぉぉぉ! かっけえ。かっけえよ!


 サイボーグのように無機質な表情で直立する二人の衛騎士に、アイカは目も心も奪われた。そして、リティアも同じ表情を浮かべた。


「お前たちには、下げる頭も無くなることだしな」


 ――これっすわ! 騎士団、これっすわ!


 アイカが、心の中で大拍手を贈るや、従僕2人が腰に手を回して身構えた。

 すると、街路の端で身を伏せていたタロウとジロウが立ち上がり、アイカの両脇に近寄って唸り声を発する。

 西の無頼たちが、たまらず大声を上げた。


「俺たちは降りる!」


 なにい? と、従僕2人が西の無頼たちを威圧した。

 2人の目には、相手は女性ばかりと小柄な少年、せいぜい手強そうなのは第3王女の後ろに立つ初老の騎士だけと映っている。

 しかし、西の無頼たちは、彼らのことをよく知っていた。


「あれは衛騎士だ。並みの騎士なら100人いてもかなわねぇ。しかも、無頼姫の狼もいる」


 従僕たちは腕に覚えがあるのか、それでも構えを解かない。

 ビア樽男が太い腰に短い腕を窮屈そうに回して、プルプルしながら凄んでいるのを、アイカは見れば見るほど頬が緩んでしまう。両手を当てて、頬を引っ張った。


「無頼姫は、本当にやる」


 と、無頼の1人が従僕2人を諭す。


「指図に従わなかった無頼たちを討伐し、300人を撫で斬りにした。俺の弟も斬られた」 

「それで、なんでやり返さねぇんだ?」


 ビア樽男は嘲るように煽ったが、無頼はむしろ、敬うような視線をリティアに向けた。


「賭場と妓館の整理に反発した無頼を相手に、無頼姫は三度譲って、四度目に討った。14の小娘と侮って、欲をかいた連中が斬られた」


 と、無頼が従僕たちに、鋭い視線を向けた。


「三度譲るのは、俺たち『聖山の民』の無頼の伝説、アレクの大親分が遺した作法だ。王族が無頼の作法に則り、無頼が無頼の作法を破って討たれた。弟は自業自得だ」

「じゃあ、俺たちにも譲ってくれよ」


 という、まだ納得のいかないビア樽男の言葉に、リティアが冷厳な言葉で応じる。


「即座に斬らなかった。お前たちの話が終わるのを待った。そして、今それを説明した。既に三度、譲った」


 クロエとヤニスが、身体の前方に突き出した剣の柄に手を掛けた。リティアの背後を護るジリコも、静かに身構える。

 中肉中背の従僕は舌打ちしてビア樽男の背を叩き、踵を返した。ビア樽男は、


「覚えてやがれ」


 と、定型の台詞を吐いて中肉中背の男に続いた。西の無頼たちはリティアとアイラに深く頭を下げると、人波の中に姿を消した。

 ニーナが大きく息を吐いて、ラウラをもう一度強く抱き締めた。アイラもラウラの側に寄る。クレイアがイエヴァの肩に手をやって、


「怖かったな」


 と、微笑みかけるとイエヴァは、あ、うんと、目を泳がせた。

 その頃、アイカは、ヤニスの端正な顔立ちが『無機質な表情』から『無表情』に戻ることに感銘を受けていた。その差を見分けられるのは、アイカだけかもしれない。


「怪我はなかったか……?」


 視線に気付いたヤニスが、いつもの無抑揚な調子でアイカに尋ねた。

 はいと、消え入るような声で答えて頬を赤らめるアイカを、アイラが怪訝な目で見ていた――。
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