25 / 307
第一章 王都絢爛
22.晩夏の草原
しおりを挟む――あぁ。あの人は、感じ悪かったな。
不意に、アイカは王宮の中庭で出くわした王族のことを思い出した。
タロウとジロウを怪訝な目で見て「ますます嫁の貰い手がなくなるぞ」と、リティアに言い放ったのは第4王子のサヴィアスだった。額に長く垂らした銀髪が印象的な、父譲りの偉丈夫で『聖山戦争』終結の翌年に生まれた21歳。
側妃サフィナの長男で、『盾神アルニティア』を主祭神に戴く、アルニティア騎士団を率いる。
「ずっと陛下にお仕えできるなら、それはそれで本望ですよ」
と、笑い飛ばすリティアを、忌々しげに鼻で笑い立ち去った。
異世界に来てから、初めてヤな感じの人に会ったとアイカは眉を曇らせた。『悪い人』には最初に出くわしたが、攻撃的な振る舞いをする人は初めてだった。
――それだけ、初日はリティアさんが守ってくれてたんだ。
と、アイカは改めて思う。
それに、あの威張った第4王子が、タロウとジロウに触れて満面の笑みを浮かべた第5王子エディンの、母を同じくする兄とは、にわかに信じることができなかった。内気で「カワイイ」の結晶のような第5王子と、尊大で嫌味な第4王子。随分、歳も離れている。
サヴィアスは国王の寵愛を独占する側妃サフィナに甘やかされ、思いやりに乏しく自尊心の強い傲岸な男に育った。
自分には任じられない『束ね』の役目を賜ったリティアのことが、激しく気に障る。しかも自分には、リティアのように社会の中で必要な役目を自ら見出し、王に献言できるような才覚も備わっていない。そのことがサヴィアスを余計に苛立たせた。
『天衣無縫の無頼姫』の名声が高まる度、精悍な外見から離れ、性情が曲がっていく最中にあった。
――側妃サフィナはバシリオス殿下を王太子から廃し、サヴィアス殿下を次期国王に就けることを目論んでいる。
という噂話があると、アイカは教えられた。
それは噂を広めたということではなく、むしろ、触れてはいけない禁忌ということなんだろうと、アイカは理解した。
「弓は……」
ヤニスの声に、アイカの思考が呼び戻された。
「……どう引く?」
それだけ言うと、顔を背けて黙り込むヤニスに戸惑うアイカを見て、カリトンが言葉を継いだ。
「それは、私も気になります。引き絞ってから放つまでが、速いような……」
カリトンは千人の兵を統率するのに、部下の一人ひとりを理解し率いるタイプで、ヤニスの性情を理解し始めていた。
ただそれだけに、不心得者を出してしまった心の傷も深かった。
アイカは、カリトンの問いに、ゆっくりと考えながら応えた。
「それは……、あまり力が強くないので……、一番力のかかるところに来たらすぐに放すようにしました……」
「狙いは……」
と、ヤニスの質問は断片的で要領を得ない。
アイカは意図を汲み取れず、ヤニスとカリトンの顔を交互に見て、カリトンが微笑むと顔を赤らめる。
「引いてすぐ放つのですね。引いた状態で固定しないと、狙いが定めにくいのではないかと思うのですが、それはどのように?」
「それは……」
アイカは山奥のサバイバル生活で、誰に教わることもできず、記憶を頼りに弓矢をつくり、使い方も自分で工夫して身に付けて行った。
「そうか……」
完全に自己流の技術を、ひとつずつ思い出しながら、初めて言葉にしていく。
「引く方の手で……、操作、できるように、練習しました……」
ヤニスとカリトンは同時に、ふむと同じような響きで唸った。聞いたことのない技法を耳にし、考え込んでいる。少し離れたところに座るクロエとジリコも聞き耳を立てている。
肉を口にしたい一心で編み出した。とは、アイカは言わなかった。
最初にツノウサギを仕留めたときの達成感を覚えている。山奥で一人きりになった後、異世界転生でも異世界召喚でもなくて、単に山で遭難したんじゃないかという疑いを一発で晴らしてくれたツノの生えたウサギ。
焼きはしたものの、恐ろしく生臭い兎肉が、格別に美味しく感じられたことも鮮明に覚えている。血抜きの練習を始めたのは、少しあとのことだ。
リティアは、キョロキョロと忙しいアイカを眺めて微笑んだ。
――年の頃は16歳のヤニスの方がお似合いだが、ややカリトンの方に気がいっているかな?
出会ったばかりの3人に気の早い話だが、周囲の者が幸せになる想像は悪くない。
ヤニスは、父の急逝で没落寸前の家庭にあった。剣の鍛錬に打ち込んでいたヤニスに、リティアが『庭園神ボルティム』の守護聖霊があることを見出し、衛騎士に抜擢した。
そういえばそんな神様もいたなと、誰もが思った稀な神で、祀る列候領もない庭園神がヤニスにどのような適性を与えているのか分からなかったが、とにかく剣の腕は確かだった。
――衛騎士として活躍もしてほしいが、自分の幸せも見付けてほしい。
ひとつ年上の少年にも、そう考えるのがリティアに身に付いた気質だった。
タロウとジロウがアイカの側に来て寝そべった。草原で駆けてじゃれ合い、満足できるまで遊んだようだ。アイカを囲む若い腕利きの騎士2人と、白と黒の大きな狼たち。アイカは相変わらず、ヤニスとカリトンの顔を、頬を赤らめながら熱心に見比べている。
リティアは、ふふっと笑いをこぼして、涼しい風が吹き抜ける草原に立ち上がった。
「今日は、母上のいる北離宮に立ち寄ろう」
衛騎士たちが続いて立ち上がり、慌ててアイカも立ち上がる。
リティアが、アイカの耳元に顔を近付け、
「私の母上は、美しいぞ」
と、他の者には聞き取れないような、小声で囁いた。
えっ? と、金色の瞳を白黒させるアイカに、悪戯っぽい笑顔を向けたリティアは自分の愛馬の元に歩き始めた――。
78
お気に入りに追加
417
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる