上 下
21 / 307
第一章 王都絢爛

19.恐ろしい信仰 *アイカ視点

しおりを挟む

「これから、たくさんの人に会ってもらうことになる」


 昨日、タロウとジロウと狩りに行った帰り道、リティアさんに声をかけられた。

 だけど、こんなにいきなり、偉いさんがズラリと並ぶ荘厳な場に立たされるとは思ってなかったですよ。

 リティア宮殿の貴賓室。マジ綺麗。マジ広い。


 ――万騎兵長議定。


 王国各地を治める三六〇列侯さんたち全員が王都に集まる『総侯参朝』での警備や受け入れ体制を、各騎士団の実戦指揮官が集まって話し合う会議――なんだそうで、マッチョなイケメン全員集合! みたいなところで、前に立たされてる。


 ――王宮の者や街の者にも、早めに見慣れさせよ。


 と、王様の言葉を思い出す。

 そうですよね。狼二頭、連れて歩くんですから、ご挨拶が必要な人いっぱいですよね。


「みな、ご苦労」


 リティアさんの声に『偉丈夫』という言葉がピッタリくる男の人たちが、ザッと頭を下げる。


「今年は『万騎士兵長議定』の主宰を、私が初めて務める。至らぬことも多々あろうが、力を貸してほしい」


「はっ」という声が、そろって響く。

 広い楕円形のテーブルを囲む一番遠くの席に、赤黒髪の千騎兵長ドーラさんが座っているのを見つけた。紅一点だ。

 上座にリティアさんが座り、その後ろに私とゼルフィアさんが立っている。

 侍女長のアイシェさんが「私、堅苦しい場所は似合わないんだよねーっ」と、ゼルフィアさんに笑って押し付けるのを見てしまった。確かに体育大会とかの方が似合いそうだ。

 リティアさんが、厳かな調子で言葉を続けた。


「さて、開会の前に皆に紹介しておきたい。こちらに……」


 と、リティアさんが私に目で合図する。

 キタッ! と、カチコチに緊張した身体でぎこちなく前に出て、リティアさんの横に並ぶ。


「ア、ア、アイカですっ」


 と、裏返って変な声が出た。

 皆さんが一瞬、虚をつかれたような顔をして、すぐにリティアさんが吹き出した。


「アイカ、ありがとう。それは、今から私が言うところだったんだ」


 リティアさんにつられて、皆さんも白い歯を見せる。

 私は顔に火がついたけど、空気は和んだっぽい。


「皆も聞き及んでいるだろうが、陛下の御意を得て、我が第六騎士団所属となった狼たちの……、その、なんだ……、姉だ」


 姉――。なんだか妙にしっくりくる表現をもらった。

 タロウとジロウは家族で、家族なら弟だ。

 弟か。弟、いいよね。


「そして、アイカは私の侍女でもある。狼たちは後ほど、彼らの負担にならないよう遠目にお目にかける。それぞれ騎士団での周知をお願いしたい」


 続いて、皆さんが、口々に名乗って挨拶してくださる。


 ――い、一度に覚えられるとは、とても思えん。


 7つの騎士団の『筆頭騎兵長』という人と、『儀典官』って人がいるらしいのだけど、15~16人から次々に名乗られても……。でも、せめて、皆さんの美しいお顔を「見たことある」くらいにはしときたいと、愛でる……。

 女性はドーラさんだけか。やっぱ、軍隊は男社会なんですね。

 ドーラさん、カッコイイです。


「王宮での生活はどうですか?」


 と、赤髪長髪端正面長胸板厚め美形貴公子という呪文を唱えたくなる、ヴィアナ騎士団のピオンさんと名乗った筆頭万騎兵長さんが声をかけてくれた。

 一番最初に挨拶してくれたし、カリトンさんがいる騎士団で聞き覚えがあった。


「あ、はい……」


 皆さんの目力が強すぎて、視線がおずおずと下がってしまう。


「美人さんばかりに囲まれて、し、幸せです……。へへっ」


 なに言ってんだ、私……。他に言いようが……。


 ――あれ?


 反応がない。皆さん静かだ。

 恐る恐る目線を上げてみると、皆さんがすごく変な顔をしてる。なにか変なこと……、言ったな。言った。

 ゼルフィアさんも、いつも細めているような目を見開いてこっちを見てる。

 と、リティアさんが、弾けるように笑った。


「はははははっ。とまあ、アイカは本当に何も知らない訳だ。皆、なんとかよろしく頼む」


 あれ……? ん? どういうこと?


「アイカよ」


 と、リティアさんがこっちに向き直って、微笑みかけてくれた。


「私たち『聖山の民』は『美麗神ディアーロナ』の嫉妬を恐れて、人の容姿を褒めないんだ」


 あ、え?


「ディアーロナは聖山に住まう『美の女神』で、自分が一番美しいと思っている。だから、自分以外の者の容姿を褒めた者も、褒められた者も呪ってしまう」


 褒められた方も? なんて心の狭い女神さまなんだ。白雪姫の魔女かよっ。


「だから、容姿を褒める言葉は心の中で思い浮かべることもない。他の民族も私たちの信仰を知っているので、口にすることはない」


 お、恐ろしい信仰だ……。

 美人さんの美しさを表現してはいけないなんて……。


「王国に名高い一騎当千の騎兵長たちが、皆そろってあんな顔をしているのを初めて見せてもらった。アイカの初陣だな」


 偉いさんたちは和やかな笑いに包まれてるけど、私の心の中は大戦争だ。

 いつか仲の良い友達が出来たら、王宮で出会うすべての方々の美しさについて、夜通しするという、私の仄かな夢は崩れて消えた。

 そうかぁ……。出来ないのかぁ。


「人間以外の見かけの美しさを称賛するのは差し障りない。狼のタロウとジロウの毛並みは、私も美しいと思うぞ」

「あ、ありがとう……、ございます……」


 衝撃が大きすぎる。

 王宮に来てから心の中ではずっと、皆さんのことを散々褒めちぎってきたし……。


「さて、皆で『美麗神ディアーロナ』への敬仰を確認出来たところで、『万騎兵長議定』を正式に開会しよう」


 リティアさんが、姿勢を改めた屈強な皆さん方に向き直って、厳かに宣言した――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...