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第一章 王都絢爛
19.恐ろしい信仰 *アイカ視点
しおりを挟む「これから、たくさんの人に会ってもらうことになる」
昨日、タロウとジロウと狩りに行った帰り道、リティアさんに声をかけられた。
だけど、こんなにいきなり、偉いさんがズラリと並ぶ荘厳な場に立たされるとは思ってなかったですよ。
リティア宮殿の貴賓室。マジ綺麗。マジ広い。
――万騎兵長議定。
王国各地を治める三六〇列侯さんたち全員が王都に集まる『総侯参朝』での警備や受け入れ体制を、各騎士団の実戦指揮官が集まって話し合う会議――なんだそうで、マッチョなイケメン全員集合! みたいなところで、前に立たされてる。
――王宮の者や街の者にも、早めに見慣れさせよ。
と、王様の言葉を思い出す。
そうですよね。狼二頭、連れて歩くんですから、ご挨拶が必要な人いっぱいですよね。
「みな、ご苦労」
リティアさんの声に『偉丈夫』という言葉がピッタリくる男の人たちが、ザッと頭を下げる。
「今年は『万騎士兵長議定』の主宰を、私が初めて務める。至らぬことも多々あろうが、力を貸してほしい」
「はっ」という声が、そろって響く。
広い楕円形のテーブルを囲む一番遠くの席に、赤黒髪の千騎兵長ドーラさんが座っているのを見つけた。紅一点だ。
上座にリティアさんが座り、その後ろに私とゼルフィアさんが立っている。
侍女長のアイシェさんが「私、堅苦しい場所は似合わないんだよねーっ」と、ゼルフィアさんに笑って押し付けるのを見てしまった。確かに体育大会とかの方が似合いそうだ。
リティアさんが、厳かな調子で言葉を続けた。
「さて、開会の前に皆に紹介しておきたい。こちらに……」
と、リティアさんが私に目で合図する。
キタッ! と、カチコチに緊張した身体でぎこちなく前に出て、リティアさんの横に並ぶ。
「ア、ア、アイカですっ」
と、裏返って変な声が出た。
皆さんが一瞬、虚をつかれたような顔をして、すぐにリティアさんが吹き出した。
「アイカ、ありがとう。それは、今から私が言うところだったんだ」
リティアさんにつられて、皆さんも白い歯を見せる。
私は顔に火がついたけど、空気は和んだっぽい。
「皆も聞き及んでいるだろうが、陛下の御意を得て、我が第六騎士団所属となった狼たちの……、その、なんだ……、姉だ」
姉――。なんだか妙にしっくりくる表現をもらった。
タロウとジロウは家族で、家族なら弟だ。
弟か。弟、いいよね。
「そして、アイカは私の侍女でもある。狼たちは後ほど、彼らの負担にならないよう遠目にお目にかける。それぞれ騎士団での周知をお願いしたい」
続いて、皆さんが、口々に名乗って挨拶してくださる。
――い、一度に覚えられるとは、とても思えん。
7つの騎士団の『筆頭騎兵長』という人と、『儀典官』って人がいるらしいのだけど、15~16人から次々に名乗られても……。でも、せめて、皆さんの美しいお顔を「見たことある」くらいにはしときたいと、愛でる……。
女性はドーラさんだけか。やっぱ、軍隊は男社会なんですね。
ドーラさん、カッコイイです。
「王宮での生活はどうですか?」
と、赤髪長髪端正面長胸板厚め美形貴公子という呪文を唱えたくなる、ヴィアナ騎士団のピオンさんと名乗った筆頭万騎兵長さんが声をかけてくれた。
一番最初に挨拶してくれたし、カリトンさんがいる騎士団で聞き覚えがあった。
「あ、はい……」
皆さんの目力が強すぎて、視線がおずおずと下がってしまう。
「美人さんばかりに囲まれて、し、幸せです……。へへっ」
なに言ってんだ、私……。他に言いようが……。
――あれ?
反応がない。皆さん静かだ。
恐る恐る目線を上げてみると、皆さんがすごく変な顔をしてる。なにか変なこと……、言ったな。言った。
ゼルフィアさんも、いつも細めているような目を見開いてこっちを見てる。
と、リティアさんが、弾けるように笑った。
「はははははっ。とまあ、アイカは本当に何も知らない訳だ。皆、なんとかよろしく頼む」
あれ……? ん? どういうこと?
「アイカよ」
と、リティアさんがこっちに向き直って、微笑みかけてくれた。
「私たち『聖山の民』は『美麗神ディアーロナ』の嫉妬を恐れて、人の容姿を褒めないんだ」
あ、え?
「ディアーロナは聖山に住まう『美の女神』で、自分が一番美しいと思っている。だから、自分以外の者の容姿を褒めた者も、褒められた者も呪ってしまう」
褒められた方も? なんて心の狭い女神さまなんだ。白雪姫の魔女かよっ。
「だから、容姿を褒める言葉は心の中で思い浮かべることもない。他の民族も私たちの信仰を知っているので、口にすることはない」
お、恐ろしい信仰だ……。
美人さんの美しさを表現してはいけないなんて……。
「王国に名高い一騎当千の騎兵長たちが、皆そろってあんな顔をしているのを初めて見せてもらった。アイカの初陣だな」
偉いさんたちは和やかな笑いに包まれてるけど、私の心の中は大戦争だ。
いつか仲の良い友達が出来たら、王宮で出会うすべての方々の美しさについて、夜通し推し語りするという、私の仄かな夢は崩れて消えた。
そうかぁ……。出来ないのかぁ。
「人間以外の見かけの美しさを称賛するのは差し障りない。狼のタロウとジロウの毛並みは、私も美しいと思うぞ」
「あ、ありがとう……、ございます……」
衝撃が大きすぎる。
王宮に来てから心の中ではずっと、皆さんのことを散々褒めちぎってきたし……。
「さて、皆で『美麗神ディアーロナ』への敬仰を確認出来たところで、『万騎兵長議定』を正式に開会しよう」
リティアさんが、姿勢を改めた屈強な皆さん方に向き直って、厳かに宣言した――。
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