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第一章 王都絢爛
4.二頭の狼
しおりを挟む「アイカよ。この森で間違いないか?」
リティアの問いに、アイカは「呼んできます」と、森の中に駆けて行った。
「変わった娘ですな」
と、ジリコがアイカを目で追いながら馬を寄せてきた。
白髪が目立つ初老のジリコは、父王がリティアの衛騎士に選んでくれた聖山戦争歴戦の勇士だ。主君の紋章があしらわれた幟を掲げて背後から衛る、旗衛騎士を務めている。
リティアは笑顔で応じる。
「おもしろいな」
侍女のクレイアは思案顔で、アイカの駆け入った森の方を眺めていた。
「狼も王宮に連れ帰るのですか?」
「私の宮殿内なら、陛下もお許し下さるだろう。なにより、離れ離れにはさせぬと約束した」
王家にある者が一旦、口にした約束を取り下げることはまずない。あるとすれば国王の命があるときだけだ。
「とはいえ、まずは見てみないことにはな」
主君の矛たる右衛騎士のクロエと、主君の盾たる左衛騎士のヤニスも周囲を固めて離れない。
リティアが父たる国王に願った第六騎士団が創設され、まもなく丸一年になる。自らを衛る三衛騎士と共にあることがリティアには誇らしい。
貧民街から侍女に取り立てたクレイアも、今では頼れる側近に育った。殊に市中の情報収集では、無頼の元締の娘であるアイラと共に重宝している。
――それにしても、メラニアが審神けられないとは。
リティアは晴れ渡った空を見上げた。
聖山三六〇列候をすべて王国に参朝させた『聖山の民』の統一戦争、『聖山戦争』が終結して既に21年。伝統と秩序に重心を移しはじめた主要騎士団では手に余るはみ出し者、変わり者、荒くれ者を寄せ集めてつくったのが第六騎士団だ。
そういった者たちには、まれな守護聖霊があることが多い。
父王と祖母王太后が選んでくれた専任の審神者、メラニアがこれまで審神けられなかったことはなかった。
「たしかに彼女には守護聖霊はありますが、御名は聞き取れず姿も確かではありません」
薄い褐色の肌をしたメラニアは、申し訳なさそうにリティアに報告した。
「王宮審神長のジアン様か、旧都テノリクアにおわす王太后陛下ならば、あるいは……」
メラニアにも審神けられないほど珍しい守護聖霊がある少女。リティアの興味は掻き立てられる一方だった。
と、森の中から狼の遠吠えが響いた。
「これは、しっかり狼だな」と、快活に笑うリティアだが、衛騎士たちの緊張が緩むことはない。
――大きいな。
森の中からゆったりと歩き出てきた白狼と黒狼の顔は、小柄なアイカの頭より高いところにあった。騎馬よりは一回り小さいか。
二頭の狼に挟まれたアイカが、モジモジと口を開いた。
「あの……、ほんとに大丈夫ですか……?」
「アイカの友達なのだろう? 私は既に離れ離れにはせぬと言った」
リティアはニコリと笑って騎馬を降りた。衛騎士たちも続く。
「美しい毛並みだな」
人間でなければ容姿を褒めても『聖山の民』の礼儀からは外れない。
「撫でても良いか?」
「おすわり!」
と、アイカの掛け声で、二匹の狼は後足を降ろした。
「はははっ! よく躾けられてる。良犬のようではないか」
「狼は犬の仲間だって聞いたことがあったので……、教えてみました……」
リティアは両脇を衛騎士に護衛されながら、狼たちに害意のないことが伝わるようゆっくりと近づいた。そして、背を撫でた。
ふと、リティアは何かに気が付いて、本当におもしろいなと、小さく呟いた。
「名はあるのか?」
「白いのがタロウで、黒いのがジロウです」
「変わった名をつけたな」
回りくどいことはせず、このまま陛下の前に連れて行くのが良さそうだな。と、素早く決断したリティアは、ジリコの掲げる幟を狼たちの胴に巻いてやるよう指示した。
「さすがの私でも、狼たちをそのまま連れて街区を抜けたら騒ぎが大きくなり過ぎるだろう? 我が紋章を纏っていれば、幾分かは和らげられる」
西域からもたらされたベルベット生地の幟を巻かれて、狼たちも誇らしそうに見えた。
「ははっ! なかなか似合うではないか」
と、リティアが笑うと衛騎士たちの緊張もやや解けた。
リティアが振り返ると、草原の向こうに王都ヴィアナが見えた。秩序が無秩序に増殖しているような街並みの中心に、青白い王宮と神殿が対になってひときわ大きくそびえている。
「よし、王宮に戻るぞ。陛下にお会いする」
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