上 下
33 / 33

最終話.ミカンの花を見上げた

しおりを挟む
ロッサマーレからシエナロッソに向かうとき、

ソワソワとした視線で、わたしとビットを見守ってくれていた船員のお姉様方。

帰りの船では、ハラハラとした視線になっていた。


――待たせすぎだ。


と、自分でも思う。


――どうせ、みんな聞いてるんでしょ?


と、苦笑いしながら、甲板の真ん中でビットを呼び止めた。


「……プレゼンのお返事だけど」

「う、うん……」

「ロッサマーレに帰ってから、お母様のミカン畑でさせてもらったのでもいい?」

「も、もちろんだよ! ……た、楽しみにしてる」

「ふふっ。……ビットの気持ちに沿えるものだといいんだけど」

「カーニャが真剣に検討してくれた結果なんだから、どんな答えでも僕には嬉しいよぉ~」


甲板のそこかしこから聞こえてくる、船員のお姉様方が漏らすため息。

ちゃんと返事するんだという安堵と、この航海の間には聞けないんだという――、


「……ガッカリさせちゃったかしら?」

「いいんじゃない?」


と、ビットが軽やかに笑った。


「ちゃんと期限を切って考えられるのは、カーニャの優れた商才の一部だと思うしねぇ~?」

「……あら? わたし、ビットにそんなところを見せたことあったかしら?」

「お母様の手で植えられたミカンの樹が寿命を迎える30年か40年。その間だけでもミカン畑を守りたいって言ってたよ」

「……そうね」

「ずっととか、永遠にとか、無責任なこと言わないのは、カーニャの美徳だよねぇ~~~。惚れ直しちゃうなぁ~」


歌うように言いながら、ビットは船室に帰って行き、お姉様方は仕事に戻られた。

とりあえずカーニャ号の船内は平静を取り戻し、いつものように航海を楽しもうとふり返ったとき、頭上から視線を感じた。

見上げると、船橋の手すりにアゴを乗せてうなだれるルチアさんの小麦色の可愛い顔があった。


「……お返事されるところは、見せてもらえないんですねぇ~」

「え、ええ……」

「……アウロラに、船長まで代わってもらったのになぁ~」

「な、なんか、ごめんなさいね」

「……ミカン畑について行ったらダメですよね?」

「それは遠慮してもらいたいわね」

「ですよねぇ~~~」


ルチアさんったら、恋バナ、好き過ぎでしょ?

いつも元気で逞しいルチア船長の意外な一面が見れて、クスリと笑ってしまった。


「ちゃんと報告しますから」

「ほんとですか!?」

「ええ。ルチアさんたちには、お世話になりっ放しですから。ちゃんと報告させてもらいます」


それで機嫌を直してくれたのか、船橋から駆け降りてきたルチアさんと堅い握手を交わした。


「約束ですからね!?」

「ええ。契約成立ですわね」

「はい!」


考えてみれば、一国の皇太子の恋愛沙汰だ。

お相手は異国の女総督。

ビットの軽薄な振る舞いのおかげで意識せずにこられたけど、

女子のハートをくすぐる、一大ラブロマンスではないか。

船員のお姉様方から次々に約束の握手を求められ、結果報告会の開催を決められてしまった。

なんだか、外堀を埋められてる気もするけど、みんながわたしたちの幸せを祈ってくれているのは、

シンプルに嬉しかった。


   Ψ


――そんなことが出来るの?


と思ったけど、ルチアさんたちの逸る気持ちが風に乗ったように、

帆船カーニャ号は、予定より1日早くロッサマーレに帰港した。

わたしの心の準備も、1日前倒しになってしまった訳だけど、


――こういうときは、考えすぎたらダメ。


と、すぐにビットをミカン畑に誘った。

どの樹も葉っぱがツヤツヤ。手入れが行き届いている。

つぼみはどれもパンパンに膨らんでいて、いまにも弾けて花開きそう。

ミカンの樹を一本一本、愛でるようにしながらミカン畑を登って、

お母様手植えのミカンの樹の隣にあるベンチに、ビットと並んで腰をおろした。

ロッサマーレの港からメインストリート、市街地、ミカン畑まで一望できる。

ちいさな街だけど、みなが賑やかに働いている姿が見えた。


「……ビット」

「うん」

「お返事をさせていただきます」


わたしもビットも、きっとミカンの実くらいに顔を赤くしている。

いちばん最初にビットから「結婚しよう」って言われたのは、いつのことだっただろう?

何回も言われ過ぎて、まったく記憶にない。

わたしの〈ファーストプロポーズ〉だったというのに、まったくひどい話だ。

だけど、そんなビットのことが大好きだ。


「ビット」

「なに?」

「結婚しよう」

「……え?」

「わたしと結婚しよう」

「……はい、喜んで」


どうしても言えないなら、言ってもらえばいいのだ。


ふんっ。


と、わたしは大きく息を吐いた。


「ははっ……。カーニャ、またなにかすごい〈工夫〉をしたね?」

「あら? わたし、なにかしました?」

「ふふっ。嬉しいよ……」

「それは、わたしもよ」


どうしてわたしの口が「はい、喜んで」のひと言を発してくれないのか、謎は解けない。

だけど、わたしの謎を解くために、わたしが人生を浪費するのは馬鹿馬鹿しい。

どうしても解きたくなったときには、ビットとふたりで解けばいいのだ。

ざまあみろ、わたし。


「あっ!!」


と、ビットがわたしの膝越しに身を乗り出して、お母様のミカンの樹をのぞき込んだ。


「……な、なに?」

「これ……、今年最初のミカンの花じゃないかな?」

「ほんとだ……」


ちいさくて白いミカンの花が、一輪だけ咲いていた。


「きっと、カーニャのお母様が喜んでくれてるんだよ!?」

「……ビット?」

「なに?」

「なんでも話せることは大切だけど、言葉にしない方が、こう……、胸に迫ることもあるのよ?」

「ほんとだね。……むずかしいなぁ~」


わたしの膝の上に覆いかぶさるような姿勢のビット。

この距離が、もう気恥ずかしくはなかった。

そのまま、わたしに顔を向けたビットと見つめ合い、

わたしたちは言葉を交わすことなく、2度目のキスをした。

それから勢いよく立ちあがったビットは、港の方に向ってまっすぐに立った。


「僕とカーニャ――――ァ!!」

「ちょ……、ビット?」


わたしが止めるのも間に合わず、


「結婚しまぁ――――――っす!!」


ぁす、ぁす、ぁす――……


と、街中に木霊するビットの声。

ピタッと、街の喧騒が止まった。

次の瞬間、街中の人たちが通りに出て来て、フライパンを鳴らしたり、木箱を叩いたり、

ミカン畑のわたしたちを見上げて、祝福の音をかき鳴らしてくれた。

港に係留している帆船のなかでも、船員さんたちが飛び上がって手を打ってくれている。


――大げさね……。


と、苦笑いしながら、

大きく手を振って応えるビットの横に並んで、わたしも手を振った。


――もう、結婚式はいらないんじゃないかしら?


と、そういう訳にもいかないのだけど、

お母様のミカン畑の真ん中で、街中のみんなからお祝いされたこの景色を、わたしは一生忘れないだろう。

ついにわたしは、恋に奥手から一歩踏み出すことができて、

一歩踏み出したところは、最高の〈ハッピーエンド〉だったのだ――。


   Ψ


もちろん、わたしの根拠のない予感はあたらず、

わたしの転生人生は終わらなかった。


「絶妙にカロリーナ様らしいお返事でしたわね」


と、先に報告したリアは微笑んでくれた。

これからリアは、ラピスラズリの安定供給を交渉してもらうため、王国東方に向けて旅立つ。

場合によっては、アルアミル王国まで足を伸ばしてもらう必要があるかもしれない。

きっと近々、またふたりで、


――ボロ儲けじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!


と、ささやかな雄叫びを上げることができるだろう。

船員のお姉様方への結果報告会は、かつてキャンプファイアーを楽しんだ広場で、夜明けまでつづいた。

何故かルチアさんが大泣きで、すこし困った。

アマリアはさっそく、わたしが結婚式で身につけるアクセサリー製作を始めるのだと、はりきってくれている。

お父様には、ビットとの結婚の意志をつたえる書簡を送り、すぐにお父様は王都政界への働きかけを開始してくださった。

ラヴェンナーノ帝国との接近を嫌うゾンダーガウ公爵から、また横やりが入るかもしれない。

けれど、どんな〈工夫〉をしても乗り越えよう。

ビットは帝都の皇帝陛下に会い、わたしとの結婚に許可をいただくため、一度、ロッサマーレを離れる。

もう何回目か数えるのをやめたキスを交わし、次は結婚式での再会を約束した。

ビットがシエナロッソに帰って行くカーニャ号を、満開に咲いたミカン畑のなかから手を振って見送る。

水平線にカーニャ号の姿が消え、

わたしは、ミカンの花を一輪一輪眺めながら、ミカン畑を降りていく。

あの日、この斜面を駆け降りたときから、わたしとビットの〈おはなし〉は始まっていた。

きっと、まだまだ続くわたしたちの〈おはなし〉も、軽やかで笑顔に満ちているに違いない――。

帆船がならぶ港まで歩き、山一面に咲き誇るミカンの花を見上げ、微笑んだ。


             ― 完 ―
しおりを挟む
感想 29

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(29件)

ケイトク
2024.09.20 ケイトク

一気に読み切りました!面白かったです^^

三矢さくら
2024.09.20 三矢さくら

感想いただきありがとうございます!
お楽しみいただけたようで、とても嬉しいです!
最後までお読みくださって、ありがとうございましたm(_ _)m

解除
ケイトク
2024.09.19 ケイトク
ネタバレ含む
三矢さくら
2024.09.19 三矢さくら

感想いただきありがとうございます!

あとあと上手くいった結果を知っているか予想してるとそうなのですが、あの時点でカロリーナの船の購入目的はミカンの輸出だけでした。
また、ビットの側としても、得ている情報は、海上交易はおろか、港湾施設を整備したことも、大型帆船の運用経験すらない国で描かれた地図だけです。
万一、行き着けない、もしくは行き着いても着岸できず引き返すしかないという事態も想定しています。

初航海は予想より到着に時間がかかりますが、食糧が問題になっておらず、引き返す場合も想定した充分な食糧を積んでいた……、という設定でした。

また、不確実でもまずは船で行くことを選択したのは、陸路でビット(もしくは部下)が確認に行くと往復3ヶ月かかるためです。
そのような、まずは新航路開拓に重点を置くべきと判断したビットですので、カロリーナに交易品を積むことは勧めませんでした。

……ということの描写を、いろいろ考えて割愛しましたm(_ _)m

不親切でしたら、申し訳ありませんm(_ _)m

お読みいただき、ありがとうございました!

解除
ねず
2024.09.09 ねず

完結お疲れ様でした

読み始めたらとまらなくて
一気に読んでしまいました

テンポ良く次々引き込まれてしまう
内容 
情景が頭の中に浮かび上がって
すごくワクワクしました

是非ともコミック化もしくは
アニメ化していただいて
視覚からも楽しみたいと
思ってしまいました

次の作品も楽しみにしています
最高の作品 
ありがとうございました😊

三矢さくら
2024.09.09 三矢さくら

とても嬉しい感想をいただきありがとうございますm(_ _)m
次の作品も頑張りたいと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜

神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。 聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。 イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。 いわゆる地味子だ。 彼女の能力も地味だった。 使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。 唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。 そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。 ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。 しかし、彼女は目立たない実力者だった。 素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。 司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。 難しい相談でも難なくこなす知識と教養。 全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。 彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。 彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。 地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。 全部で5万字。 カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。 HOTランキング女性向け1位。 日間ファンタジーランキング1位。 日間完結ランキング1位。 応援してくれた、みなさんのおかげです。 ありがとうございます。とても嬉しいです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。