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30.わたしが答えたとき

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「勘弁してほしいわ、ほんと……」

「けれど、カロリーナ様にとっても名誉なことですし」

「お姉様のこと、いつまでも『お姉様』なんてお呼びしてたら、私もダメですね。……ちゃんと『ご夫人』ってお呼びしないと」

「やめてよ、アマリア。……結婚もしてないのに夫人って呼ばれるの、ほんとはすこし抵抗があるのよね」


ロッサマーレに戻る途中で急使が届き、わたしは王都に呼び戻された。

ゾンダーガウ公爵の建議で、わたしが、


――ソニリアーナ侯爵、


に叙爵されることが、急遽決まった。

お母様のミカン畑につけた地名、ソニリアーナに紐づいた爵位を国王陛下が創設してくださり、わたしに下賜されるというのだ。

というのも、わたしがシュタール公爵令嬢のままロッサマーレ総督を務めると、王都政界におけるシュタール公爵家の発言権が増大し過ぎるらしい。

それを嫌ったゾンダーガウ公爵が建議し、クライスベルク公爵も同調。

伯爵にという建議を、お父様が「いや、侯爵だ」と押し返されて、前公爵閣下がご賛同。

わたしは〈ソニリアーナ侯爵夫人〉に叙爵されることになった……、らしい。

おかげで、わたしはロッサマーレに帰り着く前に、とんぼ返りすることになってしまった。

わたし個人としては〈出世〉といってよいし、シュタール公爵家の継承権を失う訳でもないのだけど、


「すこしはゾンダーガウに負けてやることも大切だ」


という、お父様からの書簡が添えられていたので、どうやらそういうものらしい。


――いっぺんに済ませてよね……。


と、思わないでもないけど、領地に紐づいた爵位の創設とは、なかなかな〈大ごと〉でもある。

諸侯国連合のようなフェルスタイン王国で、諸侯が増えるのだ。

王都ではふたたび大仰な叙爵式がひらかれ、ドレスで着飾り、にこやかに笑顔を振りまいて、

次は、馬車を最速で駆けさせて、ロッサマーレへと急ぐ。

馬車酔いしてしまったアマリアに生姜のシロップを舐めさせながら、


――結局、ゾンダーガウはわたしに、ゆっくりとした旅をさせてくれないのね……。


と、苦笑いした。

とはいえ、ロッサマーレでは、わたしの総督就任式のためにラヴェンナーノ帝国皇太子ヴィットリオ殿下を待たせている。

最速で駆けるしかない。


あと、わたしが叙爵されるついでに、わたしが保持する〈ピッツガウル伯爵夫人〉の爵位をリアに譲ることにした。


「そんな……、私ごときに……」

「いいのよ、リア。もらっておいて」

「……ですが、私に伯爵夫人の爵位を購入できるほどの蓄えは……」

「バカ、タダであげるわよ。『これまでの功績に報いる』ってヤツよ」

「しかし、それではあまりにも恐れ多いことで……」

「それにね、リア。……リアが伯爵夫人の支配人になってくれたら、わたしになにかあっても、当座はリアに総督職を代行してもらえるわ」

「そんな、カロリーナ様に〈なにか〉など……」

「もしもの話よ。……もしものことがあったとしても、わたしとリアでつくったロッサマーレを、別の誰かの好きにはさせたくないの……。ロッサマーレは、わたしたちふたりでつくった港町でしょ?」

「カロリーナ様……」


ちいさく涙をぬぐったリアは、快く爵位を受け取ってくれた。


もしも――、


わたしの転生人生が終わりを告げ、日本で目覚めることがあるのだとすると、

それは、ビットからの〈プレゼン〉に、


――はい、喜んで。


と、わたしが答えたときなのではないか。

という、まったく根拠のない予感がある。

ほんとうに根拠はない。

そもそも心身ともに都会暮らしに疲れ果て、帰郷する電車のなかでうたた寝していたわたしには、

転生した瞬間の記憶がない。

あのあとなにか事故に巻き込まれて、日本でのわたしの人生が終わってから、転生している可能性もある。

確認しようにも、問い合わせ先が分からないまま19年が過ぎた。

ただ、恋に奥手なわたしが一歩踏み出したその瞬間が〈おはなし〉のキリにちょうどいいなぁと思うだけだ。

そして、突然わたしが姿を消すことになったとしても、ロッサマーレはリアに引き継いでもらいたい。

それだけのことだ。


短い期間にロッサマーレと王都を、ほぼ1往復半することになってしまい、痛むお尻と腰とを撫でて、


――いてて……。すくなくとも夢ではなさそうね……。


と思いながら、

わたしは、久しぶりに愛するロッサマーレの地を踏んだ。


「カーニャ~~~、大変だったねぇ~」


と、ロッサマーレでわたしを出迎えてくれる形になったビットは、

いつもと変わらない軽薄な笑みで、わたしの心の壁を融かしてくれる。


「ほんと。結局、ゾンダーガウ公爵に振り回されっ放しだわ」

「でも、これでカーニャのミカン畑への領有権は、ますます誰にも手出しできなくなったし、良かったんじゃない?」


いまでは、ビットがなんらかの意志をもって〈軽薄を装っている〉ことが、ハッキリと分かる。

そのあたりの理由も〈プレゼン〉で語ってくれるものだと、わたしは期待している。


   Ψ


総督府の看板をかかげたソニア商会の本館で、ささやかな総督就任式をひらいた。

農夫の孫娘エリカをはじめ、領民のみなが口々にお祝いの言葉を述べてくれる。

シュタール公爵家から〈総督軍〉に移籍してくれた騎士たちや、アマリアまでもが、わたしと領民たちの距離の近さに目を丸くした。


――これが海上交易の町、港町ロッサマーレの流儀なのよ?


と、わたしが微笑んでみせると、田舎育ちのアマリアは嬉しそうに笑みを返してくれた。


就任式のあとは、ロッサマーレすべての住民を、寒さの緩んできた総督府の前庭に招待し、ガーデンパーティをひらく。


「うわぁ~~~っ! アマリアさんのされてるイヤリング、カワイイですねぇ~!」

「そ、そう……? 手づくりなんだけど、ひとつ差し上げましょうか?」

「ええ~~っ!? アマリアさんがつくられたんですかぁ~!? 買います、買います! 買わせてくださいよぉ~!」


アマリアはさっそくエリカと仲良くなっていたし、新旧の住民が交流できるいい機会になった。

ちなみに新住民たちからは、港町ならではの〈とれたて海鮮バーベキュー〉が大好評だった。わたしも好きだ。

そして、ちょうどカーニャ号もカーニャ2号もロッサマーレに帰港していて、ガテン系お姉様の女船員さんたちに、日頃の労をねぎらうこともできた。


「総督ご就任、おめでとうございま~すっ! これ、船員のみんなからで~す!」


と、船長のルチアさんから大きな花束をサプライズで贈ってもらったり、ささやかながらも賑やかなパーティは、夜遅くまで続き、

ロッサマーレ全体に、わたしを祝福してくれる笑顔があふれた――。


   Ψ


新船であるカーニャ2号の船長を務めてくれているルチアさんから、


「カーニャ号の船長アウロラと、しばらく船を交換したい」


と申し出があったので、


――後輩の仕事ぶりを確認しておきたいのかしら?


くらいに思い、快く許可した。

そして、久しぶりにわたしもシエナロッソに向かおうと、カーニャ号の次の航海に同行することを決めてから、

絶句して、

リアにボヤいた。


「まさか……、ビットが〈プレゼン〉会場に、カーニャ号の貴賓室を指定してくるとはね……」

「おふたりの思い出の一室ですからね」

「ルチアさん……、急に船を交換したいだなんて、このせいだったのね」

「ふふっ。ルチア船長は、おふたりといちばん長い付き合いのおひとりですからね。おふたりの……〈商談〉の行方は、気になって仕方のないところでしょう」

「……リアも、グルなの?」

「さあ、どうでしょう?」

「むう……」

「〈プレゼン〉を準備されるヴィットリオ殿下の〈リサーチ〉に、ほんの少しだけ、協力させていただきましたが……」

「むう……」


この調子では、船員のお姉様方もみんな〈プレゼン〉開催を知ってるな……。


――これは商談。商談なのよ。


と、自分に言い聞かせながら、カーニャ号に乗り込んだ。


のだけど――、


い、いや、だから……、

船全体がソワソワしてる感じ、やめてほしいんだけど……。


「う……、うわぁ~~、 お姉様の船って、ほっ、ほんとに大きいんですわねぇ~~」


宝飾デザインをシエナロッソで学ぶために同行する、アマリア。


――あなたも、知ってるわね。


アマリアもビットの〈リサーチ〉に協力したのだろうか?

態度がどことなく浮ついている。

そして、船の護衛に雇っている帝国騎士から、海戦を学ぶために乗る、アマリアの夫コンラート。

チラチラと、こっちを見過ぎですよ?

愛する妻のまえで、はしたない。

総督海軍で護衛を請け負えるようになれば、帝国騎士に払ってる護衛料が、そのままロッサマーレの利益になるのです。

コンラート提督の任務は重大なのですよ?


――今日、あいつ告白するんだってよ!?


という、なんだか日本の学生時代に覚えのある空気感に包まれて、カーニャ号はロッサマーレを出港した。


――こ、これって……、逃げ場のないヤツね。


裏門からソッと下校して告白イベントを回避するようなことも出来ない甲板から、つぼみをつけ始めたミカン畑を眺めた。

わたしが4度目のミカンの花を見る頃には、〈商談〉が成立しているのだろうか――。
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